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第七話 スーパーゴリラ

第七話 スーパーゴリラ



 ようやく時間が空いたので溜まった書類仕事ができる。

 デスクに置きっぱなしのファイルを開けると、突っ込んだままの領収書が出てきて、日付は二か月も前だ。

 高野は領収書の金額に眩暈を覚えた。

 貯金残高が減っていくのを止められない。

「これは申請しても無駄かなあ」

「二か月前じゃ無理だ」

 経理の人造星素生物ゴーレム種の石人形がまるで興味もないといった様子で答えた。

「今度から夜も勤務してくれよ、経理だって夜勤はいるんじゃねえの」

「いらんよ。それは商業連合法に違反する」

 どうせ、領収書を渡した所で難癖をつけてくるくせに。

 幾つか今日中にあげないといけない書類がある。外回りばかりしているとこういう日が月に一日は回って来て、提出が遅いとなじられるだけで半日が終わる。

 デスクに投げ出してある携帯端末が鳴った。

「登録してない番号かよ。もしもし」

 この「もしもし」というのは世界線特有言語で、この世界の住人は使用しない。

『お世話になっております、わたくし紅百合企画の松平と申します』

 嫌な字面の会社名だ。

「ええと、どちら様でしょうか」

『そちら様のご管理されている松戸良太郎くんを保護してまして、お引き取りに来て頂けないでしょうか』

「おっと、アイツ、何かしでかしましたか」

『ええ、アタシらの事務所で大暴れ。うふふ、なかなかの暴れぶりでしたわよ。あなた、高野さんでしょう。早打ちの高野、さんでしたよねぇ』

「ええっと、松平さんは松平リリーさん?」

 早打ちの、嫌なあだ名だ。博打打ちでもないと知らないはずで、逆に言えばクズなら知っている名前だ。

『うふふ、事務所まで御足労願います。新入りクンをどうこうしようなんて怖いことは考えてないんで』

「その前に、良太郎とちょっと話させて下さいよ」

『ええ、どうぞ』

 ヤクザの事務所に一人で乗り込むとかアホか。せめて五人くらいでやれ。

『ごめん、ちょっと負けちゃった』

「何してんだお前。とにかく行くからちょっと待ってろ」

『ユーちゃんさらわ』

 明らかな人を殴るにぶい音がした。携帯端末が転がったのか耳障りな音がする。

『あらら、ごめんなさい。端末落としちゃったわ』と、リリーの声。

「おい、何しやがった」

『手が滑ったのよ』

「ユーちゃん拉致ったのか」

『そんな訳分かんないこと言ってカチ込んできたのよねえ。センターさんにこの子は引き渡すわ』

「二人とも返せ。センターに喧嘩売る気か」

『ケンカ売ったのはテメーんとこのガキだろうがよ。早打ちさん、あんたの誠意でなんとでもしてやるから、早く来なさいよ』

 通話がここで切られた。

 携帯端末の会話は録音してあるが、ヤクザがその程度で黙るはずがない。それに、わざわざ高野を指名してきたのだ。

「ゴーレム、悪いが部長に早退するって伝えてくれ。それから、明日になって連絡がなかったら緊急かけといてくれ」

「おい、待て」

 高野は席を立つと携帯端末をいじりながらオフィスから出ていこうとする。

「悪いな、書類は遅れる」

 ゴーレムは走り出した高野の後ろ姿に手を伸ばしたが、彼は止まるはずもない。

 石造りのゴーレムは瞳の部分から青い光を漏らして、小さく星素を排出した。




 鉄パイプがあればだいたいのヤツには勝てる。

 良太郎の持論である。

 元の世界では負けなしだったのだけど、こっちのヤクザは三割増しくらいで強い。

 事務所について最初の二人はド頭をかち割り、三人目のレスラー崩れにはハイキックからの延髄切りでキメたが、四人目がいけなかった。

「アタシって女の子殴れるタイプだけど、女ヤクザちゃんはどうする」

「んー、あたしの組でこんなことされるのはちょっとねえ。楽にはしないわよ」

 ピストルと長ドスくらいがせいぜいと良太郎は思っていたが、彼女、松平リリーは仙術系魔術師だ。

 星素変換による肉体操作術『気』を使用した手刀で鉄パイプが豆腐のごとく切り裂かれ、何かの体術であろう奇妙な組み技で絡みつかれた。

「あは、鼻が壊れてなかったらカワイイ顔してるのね。中身はどうかしら、見せて」

 ぬるりとした、奇妙な感触だった。リリーがぽかりと口を半開きにすると、その口内より黒い蛇が這い出した。

「えっ、ちょ、グロっ」

「ひふぉいふぁふぇ」

 蛇を吐きだすリリーの抗議は言葉になっていない。

 蛇はするすると良太郎の口から入っていって、腹に収まってしまった。

「うふふ、中身も健康そうでいいわねえ。それじゃあ、ケジメ取ろっか」

「おい、クソ女」

 良太郎の全身はぴくりとも動かない。あの蛇が入った時点で負けだ。

「なぁに?」

「ユーちゃんとルーミー返しなさいよ。でないと、ぶっ殺すわよ」

 きょとんとした顔で、リリーはそれを聞いた。しばしそのままで、それから口を大きく開けて笑い出した。先ほどまでの作った顔ではない、本当に面白くて仕方ないという笑いだ。だが、どこかそこに暗いものが混じっている。

「ツェン・リがやったのね。アハハハ、ああ、口惜しい口惜しいねぇ。あたしがアレを堕落させたかったのに、アレは自分で堕ちたのか。ユーリスちゃんか、口惜しいね。口惜しいよ。ツェン・リはあんなにあの娘に惹かれたのか」

 泣き笑いのようで見ていられないような悲哀に満ちた声である。見た目は二十歳ほどなのに、その様は老人のように見えた。それも、厚化粧をして夜の街に立つ老婆のような、忌まわしさがある。

「キモいってえのよ、化け物ババア」

「誰がババアだテメーっ」

 良太郎の腹に重いボディブローが入る。ご丁寧に腹の中の蛇は腹筋に力を入れさせないようにしている。

 息ができないほどの苦痛だ。

「新人には優しくする主義なのよね、天蛇会って。だから、指は折るだけ」

 しなやかで柔らかい手が、良太郎の手を握る。

「早くやんなさいよ、ババア」

「じゃあ一本ずつ。何本目で泣くかしら?」

 一本目は中指で、二本目は薬指。

 折るだけで済ませているのはヤクザなりの優しさだ。良太郎の知る一番のイカレ野郎なら、工具箱が出てきて爪から始まるか、グラインダーで少しずつ磨り潰す。

「ぜんっぜん痛くないってぇっ」

「嘘おっしゃい」

「嘘じゃないわぎゃあああ」

 不意打ちで耳を噛み千切られた。右耳の上半分である。見れば、リリーはくちゃくちゃと良太郎の耳をガム代わりに噛んでいる。

「痛いでしょうがぁっ」

 リリーの口の中で良太郎の耳は咀嚼されていた。

「いい子ね。根性があって素敵よ。折るとか噛むとかじゃあ悲鳴くらいしか出ないのね。ヤスッ、工具箱取とお料理セット持ってこい」

 あ、これはダメだ。

 ヤスと呼ばれたのは最初に良太郎が鉄パイプで頭をぶっ叩いた人間種の男だ。躊躇する理由は無い。

「姐さん、ツェンの兄貴から連絡です」

 工具箱ではなく携帯端末を持ってきたヤスは、リリーにぶん殴られた。理不尽だが、ヤクザの世界はそんなものだ。

「ハロー、ツェン・リどうしたの?」

『組長、すいませんが死体の処理をお願いしたい』

「は、ユーリスちゃんぶっ壊しちゃったってえの?」

『いえ、ついでに浚ったのが暴れましてね』

「そう、こっちにもあんたが放り出した子がきて暴れたのよ。今遊んであげてるとこだけどね」

『無鉄砲なガキが』

「新入り二人はちょいと不味いよ。早打ち高野の担当だっていうしさ。あ、いいこと思いついた。お姫様はまだ始めてないんでしょ?」

『ええ、今からです』

「じゃあさ、早打ちにやらせたらいいじゃない。ツェン・リ、早打ちの後にあんたもやりなさい」

『組長、何を』

「甘いこと言ってねえでさ。汚れるならとことんしちゃいましょう。お姫様と早打ちと、それにこのガキも、みんなでお姫様とヤらせたら面白いでしょ。ツェン・リ、分かってるだろう?」

 ツェン・リが何か言う前にリリーは通信を切った。

 悪魔じみた笑みを浮かべるリリーは、良太郎の千切れた耳から流れる血を舐め回して、口の周りを赤く染める。生臭い息が良太郎にかかった。

「あは、ちょっと濡れるわね」

「クソ変態ババア」

 良太郎の言葉にリリーはさざえのような鉄拳を顔面にぶち込むことで応えた。

 高野に通信を入れたのはこの直後のことだ。



 ルーミー・コレは瘴気障害者である。

 エーテル、マナ、魔力、これら魔術を使うためのエネルギーは出身世界線や魔術流派により名称が異なる。

 混乱を避けるために造られた公称が星素である。

 星素は大気中での劣化などで瘴気と呼ばれるエネルギーに変化する。これが特定の遺伝子に作用することで起きる障害が瘴気障害である。

 瘴気障害者はここ二十年内に産まれた者に多く見られ、世界的に瘴気が飽和しているのではないかという説があるが、詳細は解明されていない。

 瘴気障害の内容は多岐にわたり、『整形変質』『PSY』『異常筋力』など内容は様々だ。中には生まれつきデメリットの無い超人も存在する。

 ルーミー・コレは瘴気超人である。


「いいんスか、この子まだ未成年でしょ」

 と、全裸の男優が言った。

 カブキ町のラブホテルの一室である。

 男優は困った顔でユーリスの髪をいじっていて、この男優個人はヤクザの身内ではないのだろう。あまり撮影には乗り気ではない様子だ。

 ツェン・リとその手下であるヤクザが二人。カメラを構えた撮影スタッフと男優が二人の顔色はよくない。逮捕されるリスクを考えれば当然だろう。

「お前らは予定通りしてりゃいいんだ」

 と、言われたら彼らはそれ以上何も言えなくなった。

 ルーミーとユーリスは後ろ手に両手の小指を結束バンドで縛られていて、身動きはできそうにない。

 ソファに寝かされたルーミーは電磁ナックルの一撃を食らってから目を覚まさず、ユーリスは顔に力を入れて行儀よく座っていた。

「いや、でも」

 男優はユーリスの視線にたじろいで何か言いかけたが、その瞬間に向き直ったヤクザに顔面を蹴り上げられた。ツェン・リはユーリスを見てニヤニヤしている。

「同じこと何度も言わせんじゃねえよ」

「す、すいません」

 この瞬間、ルーミーの瞳がぱちりと開いて、何かが裂ける音がした。

「おはよーう」

 四本の腕は自由になっていて、驚いているヤクザの顔面に強烈なフックをからのアッパーを叩き込む。

「インシュロック千切りやがったのかよ」ツェン・リも驚いた顔で言う。

「あはは、瘴気障害のさぁ、あたしって『スーパーゴリラ』ってやつ」

 瘴気障害による生来の異常筋力、強度区分3を『スーパーゴリラ』と呼ぶ。ルーミーの腕は常よりも筋肉で膨れ血色もやや赤くなっている。

「クソガキがっ」

 ツェン・リが動く前に残るもう一人のヤクザの股間をルーミーは蹴り潰す。こういう時は手加減などできない。

「俺は元々、化け物相手が専門でな」

 ツェン・リは腰に佩いた騎士剣を抜いた。

「ヤクザは弱いものイジメが専門じゃん」

「その言葉、後悔しろっ」

「お前が後悔する番だってーの」

 軽口で挑発するルーミーだが、剣を正眼に構えたツェン・リには隙が無い。殴りかかったら斬られるイメージしか浮かばない。

「どりゃっ」

 気合と共にルーミーは部屋にあったスチールテーブルを片手でぶん投げた。異常筋力のなせる技だ。同時にテーブルを追いかけるようにツェン・リに向かう。

「甘いぜ」

 ツェン・リは動かなかった。正眼のままテーブル騎士剣の腹で叩き落とす。鉄拳を振りぬくルーミーに合わせて叩きつけようとする。が、ルーミーも早い。

 転がったテーブルを蹴り上げてツェン・リの視界を奪うと、膝の皿目がけて足を振り下ろす。膝を蹴り砕いた感触に獣じみた笑みを浮かべたルーミーだが、それは瞬時に凍りついた。

 テーブルを切り裂いた騎士剣がその勢いのままルーミーの肩口から袈裟がけに斬り下ろされる。

「ルーミーさんっ」

 ユーリスの叫び。

 ツェン・リは片膝をつきながら剣の腹をルーミーの側頭部に叩きつけて意識を奪う。どさりと、今度こそルーミーは意識を失って倒れた。

「ガキが、見事だ。俺の膝を砕くとは」

「ルーミーさんっ。貴様っ、許さぬぞ」

 ユーリスの言葉がまたしても姫のものになる。

「許さなけりゃどうするってんだよ」

 ツェン・リは片膝をついたまま倒れたルーミーを見やる。うつ伏せに倒れた彼女の血がフローリングに広がりつつあった。

 ユーリスは黙ったが、かくなるは自害も止むなし、と覚悟を決めた。ルーミーに報いねばならぬ。

「クソが、また組長にどやされちまうぜ」

 ツェン・リは携帯端末を取り出して松平リリーに通信を入れた。死体の処理には金とコネの両方が必要で、彼はそのどちらも大したものを持っていない。




 高野から通信を受けて二秒で蘇土はこう応じた。

「まかせろ」、と。

 フォーシエット市での傭兵や請負警察官は一匹狼が多い。フリーで仕事を受けるような連中は情報屋を二三抱えているものだ。

 カブキ町のオアシス通りに、一階にメイド風俗が入っている雑居ビルがある。

 客引きの不機嫌そうなメイドの横を通り過ぎて二階への狭い階段を上る。巨体を折り曲げるようにして急な階段を進み、踊場で頭を打ちそうになりながら小さな木製のドアーを開けると、耳元でドアに取り付けられたアンティークベルの澄んだ音が響いた。

 落ち着いた調度品と薄暗い照明の、昭和の洋酒喫茶風の造りである。オペラのトリスタンとイゾルテが天井のどこかに埋め込まれたスピーカーから紡がれていた。

「カトー、いるか」

「おい、叫ぶな。営業中だ」

「いいから早くしろ」

 カトーと呼ばれた店主は枯れ木のごとく痩せ細った三十代くらいの男だ。白シャツに黒スラックスでキメている。

「フ組と喧嘩するなら私にできるのはここまでだ。いいな」

「いいさ、早くしろよ」

 蘇土は懐からゴムで束ねた一万円札を取り出しカトーに押し付けた。

「多いな」

「いいから早くしろ」

「端末に地図は送信してある」

「じゃあな」

 蘇土はまた走って外に出ていく。

「ふむ、あれほどの男でも女でああなるか」

 カトーは無表情で万札の枚数を数え、貰いすぎた分は別の情報で補うことを決めた。


 ラブホテルのドアが蹴り破られて、カメラマンが殴り倒された。

 顔に包帯を巻きソフト帽を被った巨体の化け物、蘇土隆明である。

「お前ら、ちょいと痛い目にあってもらうぜ」

 ルーミーに殴られてようやく立ち上がっていたヤクザが長ドスを抜いて蘇土に突進したが、手首を掴まれてそのまま壁に叩きつけられた。

 ベッドルームに入れば、血の海に沈むルーミーと目に涙を溜めて押し黙っているユーリス。

 瞬間、蘇土は雄叫びを上げた。

「蘇土、フ組とやるかっ」

 片膝をついたままツェン・リは騎士剣を構える。この体勢からでも彼は戦える。

「もうやってんだろうがあ」

 突っ込んでくる蘇土に、ツェン・リは片膝のまま騎士剣を構えた。鍛え上げた膂力と技で迎え撃つ。

 勝てない。

 幾多の修羅場を潜ったからこそツェン・リには分かった。手負いでまともに対峙できる相手ではない。たとえ万全だったとして届くか否か。いや、届かせるしかあるまい。

 飛びかかってくる蘇土の牙がいやに輝いて見えた。魔獣と同じく首元にくる。ならば、そのまま突き返す。

 ツェン・リは死を覚悟したが、その一撃が来ることはなかった。

 蘇土の手足に無数の鎖が絡みついている。

「縛妖鎖じゃ。貴様の遺伝子には効くであろう」

 この時、新たにやってきた者たちに部屋の皆の視線が集中した。

 憎々しげな顔をした松平リリー。

 困った顔をした高野。

 傷だらけで歯を食いしばっている良太郎。

 鎖を放った魔術師を含む数名の護衛に囲まれているスーツ姿の蛇人間。天蛇会直系天組の組長、天津啓四(あまつ・けいし)である。

「蘇土さん、なんとか間に合ったみたいでよかったですよ」と、高野。

「どういうこった。なんでアンタが天津なんぞと一緒にいやがる」

 松平リリーは高野を睨みつけているだけで無言だ。

「そいつはオレが説明してやる。ああ、その前にそこの小娘を病院に運んでやれ」

 蛇人間、まさしく直立する蛇である天津が言えば、護衛の一人がルーミーに応急処置を施していく。

「傷は致命傷ではありません。相当危ないですが、すぐに運びます」

 護衛はルーミーを魔術で浮遊させると部屋を出ていく。

「オレがここにいるのはな、たまたまリリーの様子を見に来たら高野さんと鉢合わせたってだけさ」

 白々しい言いようである。が、高野は蘇土に小さく目配せをする。どういうコネかは分からないが、天蛇会の大物をアゴで呼びつけたようだ。

「天津の兄さん、どういうことか知りませんけどここはあたしらのシマです。いくら兄貴といえど、嘴を突っ込むにも程がありますよ」

 リリーはキレる寸前といった顔で言う。

「天蛇会はなぁ、フォーシエット市じゃあ新入りには手を出さねえって決めてんだろうが。リリーよ、忘れちゃいねえだろ」

「事務所にカチコミされてシノギまで邪魔されて黙ってろって仰るんですか」

「つーことだ、高野さんよ。どうケジメつけてくれんだい?」

 状況は好転などしていない。天津がいることでリリーが好き放題できなくなっただけだ。

 警察を呼べばいい、と言われそうだが、面子とやらに傷をつけられたヤクザは警察の介入程度では止まらない。高野の命かユーリスをシャブ漬けにでもしないと収まらないだろう。

「ヤクザがけち臭いこと言ってますね。面子なんて、あんたらにあるのかよ?」

 高野のそれはこの場では最悪の一言だ。

「早打ちさん、あたしら極道を舐めすぎよ」

 何か術を放つ素振りをみせたリリーに、天津の護衛が詰め寄る。

「よせよせ、事務所とこの部屋の金くらいはなんとかするつもりさ。俺の貯金じゃあ心もとないし、こんだけ人がいるんだ、博打で決めようぜ」

「舐めてんのかテメー」と、リリー。

「負けたら俺はお前らに使われてやる。落下者助成金に落下者生活保護制度、お前らヤクザの大好きな税金泥棒だ。センター外回りの俺を使ったらいくらでもシノギになるんだろ」

 落下者保護法が悪法と呼ばれる一側面だ。書類とセンターの監査をパスしたら毎月税金をかすめ取ることができる。

「リリーよ、面白いじゃねえか。オレもな、新入り二人を沈めてガキ一人殺そうとしたお前にクンロクくれてやらなきゃいけねえんだ。それも含めて全部博打で決めりゃあいい。高野さんよ、早打ちってのを見せてもらうぜ」

「その前に、ユーリスさんと良太郎はセンターに帰すぞ。蘇土さん、見届けは頼む」

「待ってよ、アタシも最後までいるわよ」と、良太郎。

「わたくしも、ここで逃げる訳にはまいりません。命をかけられるというならば、発端であるわたくしも同じく参ります」

 天津は子供たちの言葉にくぐもった笑いを漏らした。

「高野さんよ、こいつはオレからの条件だ。ガキにも見せてやんな。あんたの故郷じゃどうか知らないが、オレらからしたらこいつらは若いってだけでガキじゃねえ」

「蘇土さん、ヤクザが約束破ったら二人を守れますか」

「まかせろ」

 天津が出た時点で、ヤクザの言う所のスジを通す以外に助かる方法は無い。

「どんな博打がいい? チンチロか手本引きか、麻雀にガラフマ、なんでもあるぞ」

 ニヤニヤと笑みを浮かべて天津が問うた。

「手積みのできるパイゴウだ。イカサマは見つかった時点で箱にするってルールでいいな」

「自動の方がいいんじゃねえか」

「お前らの店が信用できるかよ」

 パイゴウとは麻雀と花札を組合わせて複雑化したような奇怪な四人打ちの遊びだ。この世界では博打の最高峰として名高い。

 天津は護衛の一人に場所の手配を行わせた。移動も天津のリムジンである。

 面子は高野、リリー、天津、ツェン・リの四人で打つことになった。麻雀で言う所の半荘勝負である。

 実にヤクザらしい高野に不利な状況だ。

 リムジンに詰め込まれて思う。

 どうしてヤクザの車というのは高級車だというのにこんなに居心地が悪いのか。いつだってケツが痛くなる。


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