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第二話 アンジェリカとネックレス

平日は辛い

第二話 アンジェリカとネックレス


 落下管理センターはいつだって人手不足で、いつだって問題が起こっている。

 一階の総合受付のパンフレットには住民票データの取得方法から落下者ローンの申請書類記入例が記されているし、泣きながら「もう生きていけない。お家に帰して」と叫んでいるオーク種の男が警備員に取り押さえられている。

 二階の一般職員詰所には落下者を保護したおりに手足をぶち折られた間抜けや、思考型発電生物種との意思疎通に難儀している職員の姿もある。

 三階はエグセクティブエリアなのだが、開かずの所長室以外はいつも会議中のフロアでいっぱいだ。

 そんなセンターに併設されている鉄格子付きの大型マンション、それが通称新人宿舎である。

 落下したばかりで行き場の無い落下者たちが住まうワンルームは、三か月から半年で退出されるという鉄の掟がある。これ以外の規則は大きく分けて三つ、『セックス禁止』『喧嘩は適度に』『喫煙は指定の場所で』というのが住人の守るべき絶対であった。

 もちろんのことだが、こんな絶対の守られた日は一日だって無い。

 だから、最初はそれが普通の喧嘩だとみんなが思っていた。


「どうかしたか?」

 ジャージ姿のアッシュブロンドをセミロングで切り揃えた女は、無表情に警備員を睥睨してから、一瞬でその腹に全体重を乗せた一撃を見舞った。

 センターの新人寄宿舎、それも一般入居者区域の警備員ではプロの体術には叶いようもなかった。

 気を失った警備員から携帯端末と財布、それから警棒を奪ったアンジェリカ・タウローズはジャージ姿のまま中庭へと走り出す。

「右は警報、庭は柵」

 小さくつぶやいたアンジェリカは中庭でバスケットに興じているリザードマンの一人に蹴りを入れて、無表情でその場にいる者に両手の中指を立てて見せた。

「おい、どういうこったよ。そいつァ」

 バスケットコートにいたのは、亜人種と呼ばれるリザードマンやミノタウロスといった獣や爬虫類の特徴を持つ一団であった。彼らは落下してからも固まって過ごすことが多い。

「きたねえバケモノがボール遊びしてんじゃねえや」

 戸惑っていた亜人たちの動きがピタリと止まる。

「アタシら人間は今日からお前らパシリにすっから」

 と、アンジェリカの言葉に亜人たちの雰囲気が変化した。有体に言うと殺気を放ったのである。

「オウ、言いやがったな毛なし猿」

 リーダー各らしき人虎が金色の瞳をぐるりと大きくして睨みつける。

「猫は暖炉で寝てな」

「お前が寝やがれよッ」

 人虎のパンチをスエーで避けたアンジェリカはその手を取って投げ飛ばす。が、人虎は中空で一回転して着地した。

「おいなにしてんだ」

 事情を知らない人間種の落下者がやって来て、近くにいた鳥人間に殴られた。

「ははっ、ここまでおいでっ、と」

 人虎が躍りかかってくるが、アンジェリカはポケットに入れていた粉末を浴びせかける。すると、虎は途端にくしゃみをして転げまわった。食堂でパクった香辛料だ。

 アンジェリカの思惑通り、いい感じに乱闘が始まっている。

 ヒートアップしている連中を避けながら、彼女はフェンスによじ登ってセンター宿舎から脱走を果たしたのであった。


 知らない街、何もかも見たことのないもので覆われた妖術師たちの隠れ里。

 アンジェリカは息を吐きながら市街地を抜けて鉄の馬なし馬車が行きかう大きな道を走っていた。

 別の世界だどうだと意味の分からないことを言って、姫様と引き離された。ここがどういう場所にしろ、来たのだから帰れないはずがない。

 走りながら、首のネックレスを握って感覚を確かめる。

「あっち」

 アンジェリカお嬢様の居場所はプラーナの反応で分かる。相当離れているが、走れない距離ではなさそうだ。

 主人の居場所を探ることのできる魔術付与物品、所謂アーティファクトである首飾りは、侍女が持っていておかしくない程度に金銀の使われた代物だ。

 センターとやらの妖術師は間抜けなことにプラーナ術自体を知らぬ様子であった。だからこそ、母の形見だと言い張って付け続けることができたのだ。

「はっはっはっ」

 アンジェリカと同じく走る、体を薄く光沢のあるぴったりとした生地の服を着た男が親しげに手を上げてきたのでとりあえずハイタッチしておいた。何やらこれでよかったようだ。

 夏の日差しの中でも、このジャージというのは適度に風を通して体もよく動く。妖術師たちの用意した服が下着を含めて素晴らしいのだけは事実だ。

 近くに井戸を探すが見当たらない。

 鉄とコンクリートの中に緑を見つけて、アンジェリカはフォーシエット自然公園へ入って行く。




 イーストエンドソーサラーズは東洋神秘魔術派魔術師組合を基として設立された複合企業であり、フォーシエット市ではイーストエンドソーサラーズ㈱にて私設警察及び警備業、魔術物品生産販売業、魔術講習塾運営、その他の多数の事業を展開している。

 私設警察業務ではフォーシエット市の35パーセントをカバーし、特に落下者管理センターでの業務を委託されている。


 タグリ・ハーバー本部長は水ときカラスバチ蜜をゆったりと喉の奥で楽しんでから、目の前で項垂れているソーサラーズの営業にパッチリとしすぎたカエル人特有の目を向けた。

「で、警察官権限を持たないとはいえそちらの警備員がただの侍女にのされた、と」

 会議室には冷たい緊張感が満ちていた。

「申し訳ありません。ただいま、こちらから腕利きを走らせています」

 ソーサラーズの営業レディ、褐色肌の櫛田サクヤはじっとりと冷や汗の流れるままに顔を上げた。

「いつもソーサラーズさんにはお世話になっているし、特殊な能力を持たない一般落下者に対してそこまでして頂けるのは有難い」

 タグリ・ハーバーは一般落下者と繰り返した。

 一撃のもとに鍛え上げた警備員を気絶させて、亜人獣人種と互角に渡り合い、街中に入ってからの痕跡を追えないようなファンタジー系侍女であっても、ただの落下者として扱えと迫っている。

「ええ、こちらの落ち度ですから、腕利きをこんなことにも行かせますとも」

 サクヤもまたぶるぶると怒りに震えながら笑みを張り付けてそう答えた。

 余談だが、ソーサラーズは数時間前にやってはいけないミスを地下大金庫で犯している。こちらは適正に調査中だが、言い訳のきかない類のミスであることは現時点で確定していた。無理があっても、この蛙男の言い分は聴かざるを得ない。

 と、ドアーがノックされた。

蘇土(そど)様がお越しです」

 艶めかしい声は事務員のリザードマン女子であった。

「ああ、通してくれ」

 乱暴にドアーが開かれて、入り口をくぐるようにして入ってきた男は、デカかった。

 身長220センチ、体重190キロ。筋肉と太い骨格による手足は女の腰ほどもあって、それの根本である肉体も同様に鍛え上げられていた。

「邪魔するぜ。カエルの旦那にサクヤちゃん、久しぶりにソーサラーズのジャケットを着たが、どんな仕事だい。奥さんの尾行からペット探しまでなんでもこいだ」

 軽口を放った首から上の頭も相応にデカい。そして、異相であった。

 ソフト帽から覗く頭髪は黒く、顔面は目鼻口以外を魔術式の記された包帯で覆っている。

 瞳は人のものだが異様に鋭く、魔術師の言う所の『恐怖』『不安』といった負の魔術関渉波を垂れ流し、口は耳まで裂けて牙が生えそろっていた。

「蘇土さん、こちらが資料です。この女性を捜して下さい。とりあえずはうちの者が奪われた端末で位置特定はしていますが、十分前から位置が動いてません。コンビニのゴミ箱にでもあるんでしょう」

 ため息をつきたいといった様子のサクヤ女史は、すっかり汗で湿ってしまったハンカチーフで額と首筋を拭った。

 資料はペーパーメディアで、蘇土は一分ほどで目を通してテーブルに戻した。

「アンジェリカ・タウローズ、な。警備員やった時の映像は?」

「公式には存在しないのでご内密に」

 サクヤは自分のタブレット端末で動画を再生する。

 営業畑のサクヤから見てもプロの動きだ。こんなに鮮やかにやれるとなれば、ソーサラーズでも一般警備部署ではなかなかお目にかかれないレベルである。

「随分と厄介な動きだな。ニンジャの類じゃねえか」

「生きて、傷つけずに、保護して下さい。多少荒っぽくてもいいですが、それは守って頂きます」

「オーケイ、請負とはいえあんたらのジャケットに泥はつけないさ。泥遊びに放り込まれてないならね」

 サクヤは口元にどこかしら邪悪な笑みを浮かべる。

「それでもプロなら汚さない。でしょ?」

「言うね。アンタらのことはそこそこ信用してるさ。警察官権限の発効を頼む」

 櫛田サクヤ女史は立ち上がるとお手本のような警察官式敬礼を一つ。そして、専用携帯端末を起動させると音声認証のため、すぅっと息を吸った。

「イーストエンドソーサラーズ㈱警備部営業一課、櫛田サクヤが承認します。一級警察官資格者、蘇土隆明氏を今より48時間の制限付きで請負警察官とし警部待遇で警察官権限を即時発効します。尚、警察官権限は商業連合法に基づきます」

 蘇土もまた巨躯を機敏に動かして同じくして敬礼を行っていた。

「請負いたします」

 サクヤの携帯から承認音がピロリンと。二人は肩から力を抜いて小さくうなずき合った。この段階を踏んで、ようやく取引先から仲間へと変わる。

「48時間も貰えるとは大事だな。ま、早めに終わらせるよう努力するよ」

「頼みますよ」

 蚊帳の外であったタグリ・ハーバーは、ソーサラーズの芝居がかった所に閉口していた。こういうノリが辛い年齢になったものである。



 噴水で水を飲んだら周りの人々に驚いた顔をされ、樹木の枝をへし折れば注意され、ホームレスのオッサンに火を借りたアンジェリカはやっとのことで目的のものを完成させていた。

 この公園に住み着くホームレス、アンジェリカは流浪の森人と認識しているオッサンに借りた鍋には各種の野草や蟲などが煮詰められ、なんとも言えない匂いを放っている。

 ホームレスから貰った竹串に煮詰められたどろどろしたそれを塗り付けて名も知れぬ野鳥に放てば、野鳥は三歩も歩かぬ内に息絶えた。

「毒はできても自然霊薬はできない、か」

 故郷の山野であればそれらも作れたであろうが、ここでは毒薬が精いっぱいだ。あれだけの量で三歩も歩かせる毒は、とてもじゃないが頼りにならない。

「姫様、お願いですから」

 殺させないで下さい。と、声に出さず続けた。

 アンジェリカ・タウローズはドナイタシス領領主により造られた守護者兼暗殺者だ。もしも、ユーリス・ドナ・ドナイタシスが他国の者と通じたら、無能とされる長男に反旗を翻したら、その時は暗殺者として彼女は働かねばならない。

「妖術師どもめ……。姫様お助けに行きます」

 ユーリスと離れすぎてはいけない。アンジェリカの首飾りに付与されたプラーナ術が彼女の行動を制限する。

 首飾りは隷属の首輪であった。



久しぶりに書くと難しい

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