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第二十一話 アヤ・エズリー

長らく休んでいたというか、忙しさの中にいたりヒマだったりした。

昔から読んでる人には同窓会みたいな話。

第二十一話 アヤ・エズリー



 アヤ・エズリーは見た目は二十歳程度の地味な女だ。

 ハーフエルフ種で耳は半端に長い。

 エルフとの混血は人間種と比べて青年期だけが異様に長い。十代後半から二十代半ばで老化がほぼ止まり、八十才代から再び廊下の速度が人間種並に早まるのだ。

 二十九才になったアヤは、実家暮らしだ。

 中小企業の社長を務める人間種の父と、その秘書を務める純エルフの母。

 人間種とほぼ同じ肉体で産まれた兄は父の会社に勤めていて、今は二代目社長になるための修行中だ。

 母の毎朝お弁当を作ってくれる。

「アヤ、さっさと朝ごはん食べてね」

「あ、うん」

 アヤの朝はいつもそこから始まる。

「あんたもいい年なんだから、しっかりしてよね」

「うん、わかった」

 エプロンを外した母に生返事。

 アヤは未だ眠気の抜けきらない頭で、シュミナ海藻のお味噌汁に口をつけた。

「アヤ、先に行くから気をつけてな」

 兄は両親とは別に電車で通勤する。二代目とはいえ、今は修行中だからだ。

「はい、お兄ちゃん」

「いってくる」

 兄とは二つしか離れていないのに、昔から距離は遠い。

 合わないというヤツかもしれない。それほど世間で言うところの親子らしい思い出は無い。一緒にいる人のまま三十年近くを過ごした。

「それじゃあ、私たちも行くからアヤも遅刻しないでね。戸締りしっかりするのよ」

「はーい」

 両親も慌ただしく家を出ていく。

 お味噌汁の後は冷めた目玉焼き。残りのご飯の上に持っていく。黄身が潰れないように、潰れないように。

 今日は上手くいった。

 醤油をかけて、ご飯と一緒にかきこむ。

 ごちそうさまでした。



◆◆◆


 落下物鑑定一級資格をアヤは取得している。

 勤務先はフォーシエット落下管理センターの大金庫詰鑑定課。

 落下した人間以外の物品の鑑定調査を行うことを主としている。

 呪われた剣から半実在投影式孫の手まで、何から何までのある程度を推察して価値をつけたり化学鑑定調査依頼書を作成したり、そんなこんなで一日は過ぎていく。

 鑑定課の職員は一般職員には無いオーラがあるらしく、友達はいない。

 ボディチェックの後で地下大金庫内の事務所に入ったら、昼食まで外には出られない。

 自販機コーナーにお茶を買いにいく。

「おはよう、エズリーさん」

 つん、と汗の匂いがした。

 朝から晩までセンターにいて、朝から朝までいることも珍しくない外回り職員の高野サトシだ。今日も疲れが顔に出ている。

 それなりにイケメンで、コミュ力があって、頼りになって、女性職員からは一定の人気があって、アヤの嫌いな人。

「あ、おはようございます」

「新しいお茶が出てるよ。そのシリーズの極切れ味ってヤツ、さっき飲んだら美味かった」

 毎日買う決まったお茶のペットボトル。

 よく見ているところも嫌いだ。

「じゃあ、こっち買ってみます」

 それから会釈して別れた。

 自立した大人で、みんなから好かれていて行動力もあって素敵な人。

 自分の持ち得ないものを持っている人。

 大嫌いだ。



「おはようアヤちゃん」

 腰の高さから飛んできた声は上司である特級超越技術鑑定官のドクータラオのものだ。

 緑色の皮膚を持つ小人、グリーンスキン目ナイトゴブリン種の老人だ。

 和服姿がよく似合っていた。

「おはようございます」

「急で悪いけど、中央に行く予定ができたから。引継ぎはメールに指示してあるから頼むよ」

「え、でも、急に」

「大丈夫大丈夫。危ないのは封鎖処理して奥に運んだらいいし、僕の見た限りじゃアヤちゃんはもう一人前だよ。自信を持ってくれたらね」

「……自信、ないです」

「何かあったら端末に通信入れてね。大丈夫だからさ」

 ドクターラオは言い捨てて去っていく。

 嫌だな、責任とかそういうのは。

 業務が始まる。

 都市警備や落下物収拾班から運び込まれる物品に、科学的、魔術的な簡易の検査を行って収めるべき場所に収める。

 落下者の私物に関しても危険物や用途不明品、貴金属が持ち込まれる。これらは危険度に応じて対処が変化する。

 少し前に落ちてきたメイド付きのお姫様の所持品だったという宝石類は鑑定書を書いて、後は本人が金銭に変えたいというなら出入りの業者に買い取りを依頼するだけだ。

 お姫様を遠目に見たことがある。

 何もかも失ったのに、自分の足で立っていた。

 羨ましいな、と自嘲の笑みが唇に浮く。

 お昼休みは、お母さんの作ったお弁当を食べる。

 地下大金庫は静かだ。

 センターの食堂は、人に見られているようで苦手だ。みんなが私を嗤うかもしれない。いや、人は他人など気にしていない。分かっているのに怖い。


◆◆◆


 昼過ぎ。

大金庫に物々しい警備と共に棺のようなものが運び込まれた。

 都市警備の責任者の差し出す書類にサインをすれば、早速それの解析に取り掛かる。

 黄金で出来た棺。

「ファンタジー系独特の意匠があって、金細工の細やかさに対して宝石のカットは全体的に未成熟。金については魔術的な加工技術で冶金細工されてるけど、魔術抵抗値の高い宝石に対しては通常の工具でカットされてる。魔術寄りの文明の落下物かな。掘りこまれている文字の検索はコンピューターに任せて、と」

 口に出しているのはレコーダーに記録させるためだ。

 初見で得た感覚が後になって、元世界への手がかりになることは多い。この棺にはめ込まれた宝石の価値からして、文化遺産的なものである可能性も否めない。

「化学検査でも、中身は不明。魔術的な封印? 宝箱ではないか」

 棺の意匠は、警告を示すものにありがちな様式である。

 髑髏と悪魔の意匠、それから魔術に英雄といったものを推測できる意匠が多く刻まれている。

 アヤは仕事中に独り言を漏らす。

 ドクターラオもそうだ。

 大金庫内は信用と金、裏切りの満ちる場所だ。だから、孤独に耐えかねて言葉が口をつく。

 孤独な人は性欲が強いという。

 アヤは性欲が人並みより強いのはなんとなく自覚していた。

 不意に、人の体温を感じたくなることがある。

「……魔術的封印の形式は不明。だけど、理路整然とした魔力の流れを感じる」

 感じる、とは鑑定士の持つ勘だ。

 アヤは魔術師としても高いレベルの資格を所持している。

 結界術師二級、汎用力操作一級、伝統式エルフ魔術四類二級。総合的に見て一流の生活魔術師だ。

 生活魔術とは、警察官や傭兵といった戦いの要素の薄い魔術全般への蔑称だ。

「少し危険かな。封印解除措置は中央に任せないと」

 魔力に対する親和性においてエルフ種は他の種族の追随を許さない。

 黄金の棺の中身は、恐らく何がしかのアーティファクトだ。

 ここで開くのは危険過ぎる。

 内部に対しての封印の魔力の波形を、体で感じたい。

 棺にもたれて、耳を当てる。

 内部封印の魔術式は魔術的に配置された宝石を経路として魔力を循環させる形式だ。ふと、覚えのないはずの母の胎内を想起した。

「……『あなたはどうして、それを行うの?』『理由は、なんとなく生きるのに飽きたから』」

 アヤは繰り返し読みこんで覚えてしまったセリフを暗唱する。

 実在した伝説の怪盗ライアーローズ。

 その伝説を小説化したものの一節だ。

『行いは人の業である』

 と、中に潜むものは囁いた。



◆◆◆


 毎日が過ぎ去るのが速い。

 気が付いたら、いつも帰りの電車の中にいる。

 今日は大変な一日だったけど、残業は一時間で、警察に事情聴取されたのが残業時間になった。

「あれ、何か、忘れてる気が」

 お家の鍵をかけ忘れたかな。




◆◆◆



 目の回るような忙しさが警察官の常だ。

 櫛田サクヤの職務はさらに胃痛と吐き気を加えねばならない。

「で、お前の見解は?」

 ソーサラーズ警察署では問題の部下に対する会議が開かれている。サクヤの階級ではそれに参加することはできない。

「相当に高度な魔術式で操られた可能性が高いね。センターは科学的防備は完全に近いんだけど、こっち系の術には弱いよ」

 応じたのはサクヤが呼びつけたフリーランスの傭兵で、自称探偵のバロンという人間種だ。小柄な白人男性である。

「こっち系とはどっち系だ?」

「マスター・ラネシュとか天女の使うような、その個人にしか使えない魔術かな。痕跡が異様に少ないしね、何をしたかはなんとなく分かるけど」

「……再現できるか?」

「できるけど、ぱぱっとできるような簡単なもんじゃあないよ。人の意識を操る魔術は複雑で、誰にでもできるってもんじゃない」

「やっかいだな」

 センターの地下大金庫に不正に侵入した警備員がいた。その所属はソーサラーズで、警備員自体は鑑定士に無力化されて事なきを得たが、看板は大いに傷ついた。

 センターに大きな借りができた。

 あの組織は今となっては都市の毒だ。

「相談料はいつもの口座にお願い。あと、サクヤさん、もう少し笑顔の方がいいよ」

「余計なお世話だ」

 押し入った警備員は、その時の記憶が無い。

 鑑定士は魔術師として優秀で、そんな男を無傷で無力化した。恥の上塗りだ。

「バロン、この先の予定は?」

「ごめんね、先に予定があって仕事は受けられない」

 去っていくバロンの背中に、サクヤは大きくため息をついた。

 ままならないことばかりだ。

 カトーを仲介にして誰か見繕わねばならない。



◆◆◆



 李麗華、リー・リーホァと読む。

 自称秘宝ハンターの薄汚れだ。

 国や警察の汚れ仕事を有料でやることもあれば、大規模な窃盗事件に関与することもある。

 逮捕歴は詐欺で二度、交通違反で四度、傷害で一度、どれも不起訴か執行猶予付きの軽犯罪扱いだ。

 リーホァはフォーシエット市カブキ町の一画を歩いていた。

 派手なパンツスーツ、猫のような瞳、鍛え上げられた拳。

 傭兵稼業の女に見える出で立ちだ。

 初夏の日差しに対して、目を細めている。

「こっち、か」

 リーホァは右の小指に嵌めた指輪をつるりと撫でた。くすんだ色の宝石の嵌まる指輪は、彼女のスタイルにそぐわないトライバル様式のものだ。

 リーホァは人を捜していた。

 何年もの間、捜し続けている人物である。

 黒衣の男だ。

 その男を追い詰めたのは数えるほどしかない。

 男は蛇人間だ。

 目羅博士と名乗る魔人である。

 目羅博士は片目のメイド東愛子と蛙ヅラの大男フロッグを従えている。彼らもまた、仇敵であり魔人であった。

 何はともあれ、彼らはフォーシエット市に集っている。

 裏路地を抜けると、広い空地に出た。

 ビルの解体が行われた後のようで、寒々としたコンクリートとフェンスで区切られた都会の空白地帯。

「お前もここまで来たか、リー・リーホァ」

 それは、空地の真ん中にいた。

 地面に描かれた魔法陣と濃い瘴気が何がしかの儀式を行っていたことを示している。

「痕跡があったから追ってきたけど、またアンタ? そろそろ引退したらどうなのよ、目羅博士」

 黒いインバネスを羽織り、黒い魔法使いの被るようなとんがり帽子を被った蛇人間であった。その手には、柄に水晶のドクロのはめ込まれたステッキがある。

「なに、まだまだ現役だよ。そちらこそ、願いはある程度は叶えたではないか」

「いいえ、まだまだよ。目的にはまだ遠い」

 リーホァの右手がゆらりと腰に伸びた。

 ジャケットの裾に隠したナイフの冷たい感触を指先で確かめる。

「そうか、やはり競走相手は少ない方がいいか」

 リーホァは目羅博士が大嫌いだ。

自分に似た者ほど、憎い相手はいない。

「なっ」

 リーホァは突如として襲い来る圧力に咄嗟に右手で胸を庇った。二秒先の未来が見えて、それは自身の目の前に突き出される銃剣の切っ先だ。

「加速装置ッ」

 衝撃の後に、声が遅れて届いた。

 目の前にはミニスカートメイド服にシルクの眼帯の女が体当たりよろしく自身の胸に肩からぶつかっている。

 先ほど『見た』軌道の切っ先を首を捻ることでかわして、後ろに跳んで距離を取る。

「くそっ、隙をついたってのに」

「東愛子、あんたもいたのね」

「本名で呼ぶんじゃねえっ」

 銃剣を装備したライフルが発射される前に、ビルの陰に身を隠した。

 これで、目羅を倒すのはほぼ不可能になった。

「愛子、ここはヤツに構っている場合ではない。行くぞ」

「はい、博士」

「ちょっと、せっかくなんだし決着つけましょうよっ」

「ハハハハ、また会おうリーホァくん」

 魔力反応光と共に、彼らは魔法陣の中心からその姿を消した。転移術式である。

「クソッタレ」

 リーホァは毒づいて、煙を上げて半ば溶けてしまった魔法陣を恨めしげに見つめるのだった。




◆◆◆


 夕食は一人で食べる。

 両親と兄の帰りは遅いので、夕食だけは自分で作る。

 今日はざるうどんとおにぎりとサラダ。

 キッチンを片付けたら、お風呂に入って自室に篭る。

 ライアーローズの冒険第十二巻を取り出して、読む。

 繰り返し読みこまれた文庫本は擦り切れていて、年月を感じさせる。

 真空管アンプとハンドメイドスピーカーからはジャズが流れている。

「ああ、どうしてこんなに」

 生きてるのって、明日が怖いんだろう。今だけが永遠に続けばいいのに。

 右手に嵌めたバングルの、猫の目のような宝石が真空管の鈍い光に反射してきらきら輝く。

 アヤはゆっくりと文庫本を仕舞って、端末で世界史のウイキを開くと目を通す。

 世界の歴史から、魔術史、その先は自然科学の初歩。

『これだけの月日を重ねた後に、新天地にたどりつくとは』

 黄金のバングルはきらりきらりと輝いている。




 朝起きたら、いつもの朝。

 目覚めと共に知らない天井を認識して、異世界にいるということは無い。落下なんてことがあるなら逆があってもいいのに。

 落胆してから朝の風景が始まる。

 大人になるというのはどういうことなんだろう。

 昔は、大人になったら景色が変わって自分も変わるものだと思っていたのに。

 学校が嫌だったあの時から、何も変わっていない。

 母の言うことを聞き流して、行ってきます。

 今日は早起きできたから、いつもより少し早く家を出る。



◆◆◆


「あの子、昨日あんなことがあったのに……」

 母親は不安げに言った。

「アヤは優秀だったからな。暴漢の一人や二人、今だって平気そうじゃないか。おおかた相手がヘボだったんだろう」

 父親は楽観的に笑い飛ばす。

「あいつ、相変わらずだな」

 兄は、昔から妹のことがよく分からない。



やはり時間はないが、もう少し頑張る。


怪談は不定期、色々と確認作業中。

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