第一話 ユーリス様の市内行脚
昔のテンションでは書けませんでした。
第一話 ユーリス様の市内行脚
真に悲しい話だが、人には相性というものがあって合わない人間とは何があっても噛み合わない。
高野の運転する型落ちのガソリンエンジン自動車の車内は最悪な空気に包まれている。
「あんたねえ、どんだけワガママなのよ」
と、オネエ口調の松戸良太郎はどこか呆れたふうに言った。
「マツド様、わたくしはドナイタシス家の末姫として申し上げたのです。わきまえて頂くのは貴方ではございませんか」
ユーリス・ドナ・ドナイタシスもまた、ふん、とそっぽを向いたような口ぶりである。
困ったなあ、と思いつつも運転席の高野はあまり口を挟まないでいた。
発端は簡単なことで、ユーリス姫様が喫茶店で給仕の態度に手厳しい言葉を放った、というものである。ユーリスとしてはかなり優しく、こちらに合わせた物言いであったのだが、ファンタジー世界線の貴族を知らない階級社会が表向きに崩れ去った民主主義社会で育った若者にそれはあまりの無法に見えたのだ。
「まあまあ、慣れてもらうしかないって言ったろ。それに良太郎くんもアレだ、姫様の感覚ってヤツと自分のを一緒にしちゃあいけないぜ」
「でもアレはないでしょ。カフェの店員にあんな態度してちゃあいつ刺されるかわかんないわよ」
つっけんどんで横柄な客、というレベルだったのだけれど、どうにも良太郎の目にはきつく映っているらしい。
「んなことで刺されてたらその辺りで人が死にまくってるぜ」
「アタシの地元じゃそうだったのよ」
どんな地元だよ。×××な××××地域にでも住んでいたのだろうか。
「いいでしょう。確かに、わたくしは爵位も領地も失った身です。こちらで平民として暮らせと申されているのは理解しておりますとも」
後部座席の窓から見える景色を見やりながら、ユーリス様は冷え切った口調で言う。
「このように道化者に目を合わせられるのも初めてのこと。ご容赦くださいまし」
相当に頭がいいな、このお姫様は。と、高野は煙草をくわえながら思った。
ファンタジー系の人間種で貴族と言えばいつだって余りある問題行動でセンターの保護管理職員を煩わせる。無知な人間を金に変えようとする輩はどこにでもいるし、彼らはエルフ種や亜人種を見下すことが多く、自身で諍いを呼び込むことも多々ある。
ユーリスは、そんなファンタジー系人間種でも相当に頭が良い部類だ。きっと、生まれからして男児でなかったのが惜しまれるタイプだ。
「アンタねえっ、人のこと道化だなんだって」
「やめろやめろ、女の子に男は手をあげないもんだぜ」
言葉は荒げても、蹴ったりする素振りはないので言葉だけで止めておく。
「アタシは男女差別しない主義なのよ」
「そいつは見たら分かるさ」
互いに睨み合ってから息の合った具合でそっぽを向いた若者たちに、お前ら本当は仲いいだろ、と思ってしまうのは気のせいだろうか。
「とりあえず、次は良太郎くんの希望の仕事先ちょっと見にいくか」
次の信号でフォーシエット市内をぐるりと囲む市内環状高速道路へのバイパスへ車は向かう。これが中央の出張るようなVIP落下者ならVTOLか魔力飛行車なのだろうけど、一般人というのはいつも地上を這いずらねばならない。
公式名称を天使の輪、街のみんなは複雑高速と呼ぶ環状高速道路の眺めはユーリスを圧倒させるのに充分なものだった。
巨人の造った塔と言われたら納得するであろう神話のごとき眺めは、ユーリスと何一つ変わらぬ人々が作り出したという。そして、これこそが人々が幾恵にも渡り築き上げた技術だ。
女児にして算術から兵理までの学問を学び、時には教師を言い負かしてきたユーリスにとって、四則演算を全ての民が知り特別なことがなければ飢えることもないという社会は、まさしく理想であり夢想であった。
「すごい」
ぽつりと漏らしたつぶやきに、隣にいる奇妙な道化男の存在を思い出す。ちらりと見やれば、彼も口を開けて都市にかけられた壮大な橋、彼らのいう高速道路からの眺めにボア然と口を開けて見入っている。
「ははは、俺も最初に見た時は驚いたぜ。すげえだろ、震度7までなら耐えられるらしいぜ」
空に近い道路は複雑に入り組んで、塔から都市を見渡せば上空にはグリフォンやペガサスといった伝説にしか存在しない生物に跨った者たちがいる。そして、ユーリスが過ごしたセンターの建物はあんなに遠くに小さく見えて、その先には海が。
夏の日差しにきらきらと輝く海には恐ろしく大きな鉄の船があった。
いつか、見てみたいと思っていた海だ。カウマン・ギューロードの英雄伝説にあるクラーケンや片目の海賊女王、恐るべき海の武人がいたとされる海である。
「ええ、とても、とても」
あの時、馬車が『落下』しなければこの光景は見ることができなかった。そして、故郷で海に行くことはできなかったはずだ。北の辺境伯に嫁ぐか後宮に入るしかなかった身だ。
「美しいわ」
故郷の海はどれほど美しいのだろうか。
連れてこられたのは大衆向け料理店サジョウである。
「ラーメン屋じゃないの」
良太郎の言う所のファミレスっぽい国道沿いにありそうな平屋の店、である。
正式名称を西コレ清河料理、第76世界線の郷土料理である。が、高野も最初に入った時は中華料理にしか見えなかった。
「あら、ディナーには早いのではなくて?」
「いや、ここは馴染の店でね、ウエイターの話をしないと」
若者二人の背中を押すようにして店に入れば、チャイナ服っぽい制服を着た四本の腕を持つ人間種の少女がやってきた。
「いらっしゃいまっせー。って、高野サンか。どうせ客じゃねーんだろ?」
金髪の巻髪クルクル、ちょいと釣り目の美少女。と、自分で言うのがこの娘、ルーミー・コレである。
「ああ、この時間だったらヒマだろ。親父さん頼むわ、奥の喫煙席に行っとくぜ」
「あいよ、ちょっと待ってな」
去り際にぽんとおしぼりを渡してルーミーは店の奥へ消えて、三人は高野の案内で壁際のテーブル席に座ることとなった。
自分で水を注ぐというシステムに衝撃を受けているユーリスに初めての水汲みをさせて、息をついていると、コックコートを着た鼻のでかい中年男がやって来た。
「おお、高野さん久しぶり」
「最近忙しくてなかなかこれなかったんですよ」
「ヌードルで浮気はやめてくれよ」
「フォーシエット一のヌードルだって宣伝してるんですけどね」
「ははは、いやいや意地悪言ったな。あんたが紹介したいって新入りは、そっちの男前かい?」
とん、と背中を叩かれた良太郎は緊張した面持ちで頭を下げた。
「松戸良太郎です、ちょっと前にこっちに来ました」
「料理経験は?」
「ラーメン屋のバイトしてたんですけど」
「ああ、ヌードルみてえなモンですよ。俺たち同じとこから来たんで」
と、高野は意外なことに緊張している良太郎のフォローに回る。
「ホールも厨房も人手がいるから、とりあえずどっちもやってみるか。家はセンターの新人宿舎だろ。今からやってみるか?」
「はい、大丈夫です。やだ、店長って最高」
良太郎は立ち上がると親父さんの手を取って握手をした。
オネエ口調に目を丸くした親父だが、言ってしまったら実行するしかないのが男というものだ。
「お、おう。今から制服貸すからな、どんだけできるか厨房やってみっか。高野さん、宿舎までは俺らが送ってくから安心してくれや」
「法令で初心者は二十時厳守なんで、頼みますよ」
「あは、じゃあよろしくお願いします」
それからはとんとん拍子で進み、良太郎は厨房へ消えた。
オネエ口調以外は背も高くてイケメンな良太郎は人当たりも良く、一点だけが異様に残念な男である。
テーブルに残された高野とユーリスは対面で向かい合って、ルーミーにコーラとオレンジジュースを頼む。実際には別の名前だが、味はそれと同じものだ。固有名詞にバラつきがあるだいたい同じもののおかげで、この街のメニュー表はどこも分厚い。言語野をいじるというのに、固有名詞だけは変換されない理由は、説明書きを読んでも全く理解不能であったのでほとんどの人々は気にしないことにしている。
「仕事というのは簡単に見つかるものなのね」
「いや、あれは特別さ。色々貸し借りがあってね、たまたまタイミングがよかったのもあるだろうし、酷い時は泣きたくなるくらい苦労するんだ」
ユーリスは少しだけ悲しそうな顔で笑んだ。
「わたくしも、苦労しそうなのかしら」
「そうだな、生まれに関係なく敬語も使わないといけないし、手だって荒れる。それに、人から怒鳴られたりもするよ」
「……大変なのね、平民は」
「ああ、貴族様ほどストレスはないだろうけど」
これは嘘だ。
「ストレス?」
「心労って意味さ。この世界じゃ算術も読み書きもほとんどの子供が問題なくできるんだけど、お姫様のいた世界はそうじゃない」
「……」
「人より苦労はするし辛いと思うよ。ま、気長にやろうぜ」
「気楽に言ってくれるのね」
「ああ、ドナイタシスさんも気楽にした方がいい。それに、俺たちはアンタを放り出したりしないし、この街はそんなに悪い所じゃないさ」
「よしなに」
力をこめた顔をしたユーリスに、高野は目をそらす。
なんであれ、担当者を放り出すような者はセンター保護管理職員、通称外回りは務まらない。手がかかる新入りなんていうのは、トラブルの内にも入らない。
別の場所ではトラブルは進行中で、それに気づくのはもう少し後のことだ。
できるだけ週一回は更新したいと思います。
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