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第十二話 U剣道

ケツが痛い

第十二話 U剣道



 蘇土の睡眠時間は平均して一日一時間程度だ。

 たった一時間で常人が七時間眠るのと同じだけの疲労回復効果がある。

 安価な戦争用兵士の試作品、唯一の完成例であった。


 夕食を取った後に映画を見た。

 映画館にまで足を運ぶのは億劫で、ネット経由で購入した動画で妥協した。

ホロディスプレイの3D映像技術が確立される以前の、二世紀も前の映画である。

 世界一有名な吸血種の女優、エリザベート・リフォンがヒロインを演じていて、二世紀前から変わらない美少女吸血鬼の演技力に驚かされる。

 探偵が追われている貴族の少女を守るために奮闘する、よくある内容だ。

 敵の弾は当たらない。探偵の弾はここぞという時に必ず当たる。

 三部作を見ていたら空が白んできた。

 タフな探偵はいつだってハードボイルドを崩さない。

 蘇土はそれを見習いたいと思っている。

 遺伝子乖離率37.2%。

 六割だけ人間で、どれだけの寿命があるのかも分からない。

 名義上の母は蘇土をデザインした科学者で、設計上の寿命は八年から十二年程度らしい。

 二十一年生きて、今の自分が老人なのか青年なのかも分からない。奇妙な話だ。



 カトーからのメールは仕事の依頼だった。

 朝食のバナナを腹に放り込んでから確認すれば、長期かつ危険が無く住居スペースを一部貸し出すことで成立する、という意味不明の条件が書き連ねてあった。

 家族向けの部屋であるため、一部屋は空いたままだ。条件的には問題無い。

 昼過ぎにカトーの喫茶店に行くことを了承し、それまでの数時間を蘇土はトレーニングに費やすことにした。


 カブキ町へは電車で出て、カトーの喫茶店に向かった。

 怪しげなビルの二階。ドアを開ければゾンビ娘が出迎えてくれる。

「いららっしゃいままませ、ソドさま、奥へへへへどうぞ」

 脳の不具合は続いているようで、言語がおかしい。ウエルニッケ野の増設脳は高価なのに効果は博打だ。

 カトーの趣味で内装は驚くほどに金がかかっている。こんな場所じゃなければ洒落た店だとマスコミに紹介されてもおかしくないほどだ。

 本日の店内音楽はビル・エヴァンスのピアノソロが流れていた。

「カトーちゃん、昼飯出してくれ」

 カウンターで何やら仕込みをしていたカトーは向き直らずに口を開く。

「ああ、いいぞ。そっちのテーブル席で待ってろ」

「パンチの効いたやつな」

「まかせろ」

 水は自分で用意してテーブルで待つ。

 携帯端末でピコピコ時間潰しをするのは嫌いだ。ロマンが無い。

 だから、蘇土は煙草を飲む。

 煙草を咥えてから、ライターが見つからない。センターに置き忘れてきたのか、よく覚えていない。

 コートのポケットを探ると、いつか買ったまま忘れていた文庫本が出てきた。ペーパーメディアの文庫本はいやに値段が高い。データ販売の十倍はするのだけれど、その値段にはロマンがある。

 二百年も前のハードボイルド小説だ。栞も挟んであったが内容はさっぱりで、また最初から読み直すことにした。

「おい、できたぞ」

「ああ、夢中になってた。オムライスか」

「ああ、好きだろ」

「ああ」

 ああ、と言い合ってから目の前に置かれたオムライスを見やる。

 鏡面仕上げのステンレス皿に盛られた大盛りの黄色いそれにスプーンを一刺し。

 チキンライスを口に運べばいやに美味い。

「すげえ美味い」

「だろう?」

 ドヤ顔のカトーを無視して食べ進む。

 自家製のケチャップは酸味が強く、それだけなら美味いとは言えない。が、玉子と合わせると食欲をくすぐるエッセンスになる。チキンライスのケチャップは表面のものとは種類が違う甘味の強いものなのに、玉子の甘味を引き立てていた。

 カトーちゃんは汎用調理師資格二級を持っている。そして、蘇土も同じくそれを取得しているが、こんなものは作れない。

「ははは、どうだ、これが経営者の味だ」

「感心するよ。俺には無理だ」

 蘇土の返答にカトーは怪訝な顔をしたが、いつもの乾いたものではない、彼には似合わない人間臭さのある苦笑を浮かべた。

「調理師講習はやめとけ。蘇土、お前はお料理教室で一度初心に返るべきだ」

「そういうもんか」

「そういうものだ」

 蘇土は調理師資格一級を取るため講習に通って三年が経つ。が、八度受けた試験は全て落ちた。技術は満点だと思うのだが、いつも実技で落ちる。

 なんにしても美味い。すぐに食べ終えてしまった。

「参考になったよ、ごちそうさま」

「いただきます、も言うべきだったな。今日はオゴリにしてやる」

「ありがとうよ。んで、依頼人はいつ?」

「ブラッバーでも飲んでればじきに現れる頃合いだな」

 と、カトーはわざとらしくエプロンから伝票を取り出した。ブラッバー、またの名をコーヒーは有料らしい。

「甘いヤツ頼むわ」

「ふむ、ならミシシク式ブラッバーを出そう」

 皿を下げていくカトーを見送って、蘇土は文庫本の世界に戻る。

 探偵は商売女の子供を捜して州を三つ跨いだ街に向かっていた。州というのはフォーシエットから遠いシンティナ大陸の貴族領を示すものらしい。また一つお利巧になった。

 ミシシク式ブラッバーというのは、練乳と蜂蜜をまぜて飲む風変わりなブラッバーであった。あまりの甘味に胸焼けを起こすかと思いきや、滋味のある素朴な味である。

 ハードボイルドな探偵はいつだってブラックで、甘味なんて好まない。


 ミシシク式ブラッバーを楽しんで暫時。

 テーブルにやってきたのは詰襟の海軍士官制服のようなものに身を包んだ金髪青目の青年であった。二十歳そこそこであろう。腰に電磁塗布サーベルを佩いていた。

「蘇土さん、ですか」

「ああ」

「こちら、座っても?」

「どうぞ」

 士官制服を着ているということは外部軍関係か。面倒な話は避けたい。

 蘇土の様子を伺っていたカトーもすぐにやって来る。蘇土の反応を楽しんでいたらしく口元が僅かにひきつれていた。

「蘇土、こちらが依頼人のアレクシス・ローズウッド君だ」

「初めまして、蘇土隆明です」

「はじめまして」

 対面に座りながら、お互いに頭を下げた。旧ニホン式の挨拶は未だにフォーシエット市に根付いている。

 蘇土が何か言う前にアレクシスが口を開いた。

「蘇土さんは腕の良い警備稼業者だと聞いています。私の弟をアシスタントにして頂けませんか」

 従事者ならどこかの子飼いで、稼業者だとフリーという意味になる。

「それが依頼、ですか?」

「その通りです。場数を踏ませてもらいたい」

 金が貰えて従業員を雇える。夢のような話だが、実際には子守だろう。カトーが受けたいと思っているのなら違法な話ではあるまい。

「俺が問題あると判断した仕事には関わらせません。それから、深夜勤務もありますが」

「問題ありません。こちらで契約書はまとめてあります。カトーさんには事前に確認頂いてます」

 ちらりとカトーを見やれば、小さく頷くだけだ。

「フリーの俺に預けるってのは、何か別の厄介事でも?」

「厄介は厄介ですが、こちらの属する組織での権力抗争です。そちらに迷惑はかけませんよ」

「組織のお名前は?」

「はは、これですよ」

 腰のサーベルを叩いてみせたアレクシスは自嘲的な笑みを浮かべた。

「ああ、U剣ですか」

 なるほど、それなら問題ない。

 権力を巡る内部抗争というのは組織によって内容が違う。

 ヤクザなら集金力。会社員なら手柄。剣術家は個人の強さでしかそれを勝ち取れない。

「最強車椅子がいる限り、できても三番か四番の椅子を争うだけです」

「ご依頼、承ります」

「ありがとうございます。弟は道場にいますので、手加減はしないでやって下さい」

「了解しました」

 契約書にサインをして、従業員とやらを使うことに少しの不安を覚えた。しかし、男同士なのだし、そこまで緊張することでもあるまいと考え直す。




◆◆◆


 U剣道。

 アルティメット剣道とかアンリミテッド剣道とかウルトラ剣道とか、それらを全てひっくるめた総合剣術団体である。

 フォーシエット市に落下現象が始まった最初期の落下者が組織した道場破り集団で、様々な流派を傘下にし、落下者の習得している流派をも飲み込んで成長した総合剣術流派なのだが、現在はスポーツジムの経営から警備業に有利な剣術講習塾まで手広く経営する大企業として存続している。

 フォーシエット市のアカザ区にその総本部は自社ビルをかまえていた。


 U剣道本部道場では、本日幹部会議が行われている。

 地上三十階のフロアにある特別道場である。鏡張りのフロアはアカザ海浜公園が見下ろせる華やかなものなのだが、代表である老人リュウゴ・アカシマを上座にして幹部たちは正座で押し黙るという異様な雰囲気がそれをぶち壊していた。

「遅いですな」

 傍らに曲刀を置いた中年の男が言葉を発すれば、他の数名がため息のようなものを漏らした。同意であるらしい。

 アカシマ老は座したまま手前の羊羹を頬張っていた。その傍らには日本刀がある。

 U剣道代表、リュウゴ・アカシマは小柄な老人だ。

 マスコミ用に刀を使うが、徒手空拳の腕前がよく知られていた。人を転がすように投げ飛ばす奇跡の老人である。が、今は作業着のようなものを着こんでいて刀以外にそうとは見えない。

 道場入口の引き戸が開かれて、皆の視線が集中する。

 藤野美耶子がお盆に羊羹とお茶のお代わりを持って笑みを浮かべていた。お茶のお代わりを皆に配っていく。

「三十分が過ぎますが、最強殿はまだのようですね」

 メイスを傍らに置き、合金鎧を着こんだ女が棘のある調子で言う。

「ん、じゃあ、先にはじめよ」

 アカシマ老は二切れ目の羊羹を食べ終えたのか、茶を飲んでから言った。すると、場の雰囲気がにわかに改まる。

「んー、今日呼んだのはアレだ。ここの藤野美耶子三段を、今日で本部道場の師範にするから」

 ざわりと、そこに居合わせた者たちから殺気が立ち上った。

「本部道場の師範にその人は早すぎるでしょう。それに実績が無い。お運びさんに何を言っておられるのですか」

 口火を切ったのはメイスを持った合金鎧の女だ。さらさらの金髪を振り乱して怒りを露わにしている。

 彼女はサンドラ・ローズウッド。騎士剣やメイスなどを使う流派に属する女傑だ。当代随一のメイス使いとして知られている。U剣道認定段位六段という実績を持つ。

 余談だが、彼女は兜を被らない。マスコミ受けのために頭部をサイバーウエアで補強し、秀麗な顔立ちを隠さないようにしているからだ。

「ああ、うん、藤野さん。ちょっとお茶のお代わり」

「はい、お待ちを」

 サンドラを無視して美耶子は一度退室して急須を取りに行った。

 激昂しているように見せているサンドラは、その間も美耶子を注視していた。足運びや重心にブレは無く、それなりの腕前であるのは確かだろう。だが、強者の持つ覇気のようなものは無い。

(そこそこやるみたいだが、怖くはない)

 戦いに慣れた者は本能的に勝てない相手を知ることがある。サンドラ自身もその嗅覚と呼ぶべきもので幾度も助けられてきた。

「サンドラ、一回、手合せしてみぃよ」

「先生、怪我をさせるかもしれませんが」

「いい。いいよ」

 アカシマ老からはいつもの不気味な気配が伝わるだけでその真意は測れない。サンドラにとって戦いたくないと思わせるのは『最強車椅子』とアカシマ老の二人のみである。

 戻ってきた美耶子は、立ち上がってメイスを握っているサンドラを無視してアカシマに茶のお代わりを入れた。

「フジノさん、立会いということになったのだが」

「はあ、それは、どうかお手柔らかに」

 サンドラは今すぐ襲いかかるか迷った。各支部の師範代が集まるここでの振る舞いは考えねばならない。

「得物はどちらか」

「私は竹刀でお相手致します」

 美耶子は壁に立てかけられていた竹刀を手にした。

「ほお、面白いな」

 ここで初めてサンドラは美耶子の顔をしっかりと見た。知り合いに似ていて驚く

「ええ、おかしいのですか?」

「いや、知り合いに似ていてな」

「へえ、そうなんですか」

 応じた美耶子に、どうしてかサンドラは不穏なものを感じた。

 U剣道で竹刀は子供の練習用かエクササイズの道具として使われる。実物を振る訓練に相当しないからだ。

「名乗っておこう。サンドラ・ローズウッド、電基都市道場を預かっている師範だ」

「藤野美耶子と申します。ハドルシティでジムインストラクターをしておりました」

 舐めているのか。と、本当に怒りかけたサンドラはすうっと大きく息を吸い込んだ。

「では始めるか」

「はい」

 奥の車座になっている所から離れて、壁際、海の見下ろせる光の刺し込む所で向かい合った。足元は板張り。美耶子は足袋を、サンドラは高度硬化樹脂の使われた鉄靴もどきを履いている。

 サンドラはメイスを正眼に構えて、はやまったか、と内心でつぶやいた。

 竹刀を同じく正眼にして待ちの姿勢にある美耶子は、まるで実体の無い紙切れのようだ。たしかにそこにあるのに、存在の重さを感じ取れない。

 剣の試合において、ある程度以上の強さを持てば相対しただけで相手がどれほどか分かるという。サンドラもそれを信じている。しかし、今はそれが恨めしく思えた。

 相手は強いのだと思う。不気味な気配であるゆえに。

 美耶子が一歩踏み込んだ。

「ジャァァオ」

 裂帛の気合を込めてサンドラはメイスを横凪ぎに振るう。

 今となっては自身の射程に入ったものを打ち抜くより他に無い。ごく軽い手応えがあり、美耶子の竹刀を弾いたのだと理解できた。

「はっ」

 側頭部に美耶子の掌打が吸い込まれるように打ち付けられた。

 サンドラの目の前が歪んで、体は意に反してぱたりと倒れた。

 サイバーウエア。人工の頭蓋骨で脳を守っているというのに、それを無視して脳を揺らす恐るべき打撃であった。

 まいりました、と言うべきだが、言葉にはならなかった。

 これを見ていた者たちもまた、美耶子の実力を理解していた。師範の多くは強さだけなら負けると考え、少数は真剣でやりたいと考えている。

 血の気の多い何人かが「次は(わたくし)が」と言おうとした所で、道場の引き戸がするりと奇妙に滑るようにして開かれた。

「ごっめーん、遅れた。バリアフリーじゃなくって不便でさ」

 そう言って現れたのは車いすの女である。

 車椅子は最新の技術で造られた最高級品である。自走可能、カーナビ付きで背もたれと庇のついたベビーカーを大きくして車いすと混ぜたような代物だ。技術の粋を集めて造られたハイテク品である。

 滑るようにして車いすは道場を進む。いや、実際には車輪がつかぬよう数センチ宙に浮いて進んでいるのだ。

「よう来たね、小夜子」

「おじいも久しぶり。みんなも久しぶり」

 鳴髪小夜子(なるかみ・さよこ)、通称を最強車椅子。

 痩せぎすで真っ白な肌。瞳は色素の抜け落ちた不吉な色合いの赤である。腰まであるという黒髪は、不健康な他の部位に比べて異様な艶があった。

 顔つきはまるで幽霊のよう。美しいが、どこか凄絶な恐ろしさがある。

「はじめまして、藤野美耶子です。本日から、鳴髪さんと同じく本部師範になります」

「へえ、おじいの言ってたのってあなたね」

「はい」

 二人は見つめあう。

「うん、あたしは人に教えるの苦手だから、よろしく」

「はい、がんばります」

 小夜子と美耶子は倒れ伏しているサンドラには見向きもしない。

U剣道、強くなりたいとか考えている連中は皆、負け犬になど見向きもしない。

「今度ごはん食べにいきませんか」

「あー、女性同士で師範ってないもんねー。女子会っていうの?」

 他愛のない会話をしながら、バケモノめ、と師範二人は内心を同じくして互いを認識していたのである。




◆◆◆



 蘇土はU剣道が苦手だ。

 なぜなら、あの組織に所属している連中は高確率でケンカを売ってくるからだ。

 アレクシスと共に向かった本部ビルで、早くも好戦的な視線を浴びせかけられている。俗にいうメンチ視線である。

「モテますね、蘇土さんは」

「嬉しくはないですよ」

 三十五階建て本部ビルの一階、総合受付でアレクシスは弟を呼びに行くと言って蘇土と別れた。

 道場だというのに、三階までは一般道場とスポーツジムを併設していて、受付だって一流企業のように綺麗所をそろえている。仕事で訪れているのかスーツ姿の者も多い。

 普通と違うとしたら剣だとか刀を佩いている者が多いというところか。

 ぼんやりと待ちながら、メンチを無視する。

 何か言おうものなら喜んで殴られにくるのが格闘家とか剣術家というものである。

 しばらくして、アレクシスは小柄な少年を連れて戻ってきた。

「紹介します。私の弟で、アルマート・ローズウッドです」

「はじめまして、アルマと呼んで下さい」

 蘇土は言葉を発するのが遅れた。

 アルマート・ローズウッドは少女と見まごうほどの美少年だった。ゆったりとした服を身に着けて体の線を隠していて確証はないが、男装している少女に見える。

「……、蘇土隆明だ。悪いが、身分証を一応確認させてくれ」

「あ、なるほど、警備稼業者ってそういうこともするんですね」

 どこか嬉しそうにして、アルマは財布から市民IDを取り出した。

 電基都市マガツの市民IDである。端末のアプリで探査したところ本物で、性別は男と記されている。

「確認した。しばらくよろしく頼む」

「はい、こちらこそ」

 アルマの差し出した手は握手を求めるもので、蘇土は一瞬ためらいをみせたがそれに応じた。ごつごつとした、鍛え続けている者特有の硬い手だった。

「アルマ、蘇土さんの言うことをよく聞いて勉強してきなさい」

「はい、お兄様」

「蘇土さん、弟をよろしく頼みます。では、私はこれで」

 アレクシスは軽く頭を下げるとエレベーターへ向かっていった。

「アルマくん、でいいか」

「はい、そう呼んで下さい」

「とりあえず仕事は今日は無いから俺のトレーニングにでも付き合ってもらうが、それでいいか?」

「はい。あ、でもその前に引っ越しの立会いをしないと」

 なんとも段取りの悪い話だ。が、仕方ない。

「ああ、じゃあ明日からかな」

「え、蘇土さんの所に住むってことになってるんでしょう。早く行かないと業者の方が荷物を入れられないんじゃ」

 蘇土は懐から契約書を取り出して文面に目を走らせる。

 依頼人とは同居のこと。同居が嫌なら物件を蘇土が用意するようにと記されていた。

「あ、く、くそ、カトーのヤツめ」

「あの、何か不味いことが」

「いや、いいんだ。とにかく引っ越しだな。案内するよ」

 金はあるが、家賃から光熱費まで出してやってたら赤字になる。

 一人で住むには持て余していた部屋だが、こんなのと一緒に住むとは聞いていない。近所に変な噂でもたったらどうしてくれる。

 目をぱちくりさせているアルマは女の子にしか見えなくて、さらさらの金髪がエアコンの風に揺れていた。




 この日の夜半のことである。

「サンドラがひどい目にあうなんて、そんなに強かったんですか」

 サンドラ・ローズウッドは対面に座る女性に苦虫を噛み潰したような顔でうなずいた。

 ここは中央管理塔にほど近いフォーシエット市行政区と呼ばれるオフィス街にある高級レストランだ。

 オフィス街といってもこの街のトップが集まるような場所で、一般サラリーマンの入れるような店は少ない。ここもその一つだ。

「あなたに似た顔立ちの人でね。驚いたよ」

 サンドラがアツミキシ貝のパスタにフォークを入れて口に運べば、本場のものに近い味がした。

「あら、変な偶然ですわね」

「おかげ様で、食事に味がしないよ」

 医師の診断ではサイバーウエアに損傷を与える特殊な打撃が使われていて、もう少し力を入れられていたら脳が溶けていたという。手加減されるほどの力量差があったということだ。

「ふふ、そんなに強いなんて、この街は変な所ですね」

「私もそう思う。最強車椅子も落下者だというしな」

「そう、落下者なんですよね。この街を富ませているのは」

 対面に座る女は、あの藤野美耶子によく似ていて、知らずサンドラの言葉に棘が浮いていた。

「ああ、すまないな」

「いえ、いいんですよ。来週にはその親玉に質問状を突き付けるのですから」

 落下者保護法の改正と、商業連合の落下関連に対する秘匿情報の開示、それを求める団体がある。

 帰還派、と彼らは呼ばれている。

「落下現象を富のために使うのは間違っているのです」

「あ、ああ、そうだな、うん」

 帰還派の言う所、商業連合は落下現象を食い止めようともせず落下者を金儲けに使い、中には戦争利用としている。落下者を元の世界線に帰還させるために努力するのが筋ではないか。そもそも落下者に対する差別意識はオークション方式の人身売買のようなことを認める商業連合が、云々というものである。

「商業連合、ひいては世界は歪な世の中を変えるためにその力を振るうべきなのです」

「お、おう」

 サンドラの対面に座る女は食べる手を止めて熱弁を振るう。

 清柳院絹江(せいりゅういん・きぬえ)は帰還友愛派と呼ばれる政治活動家である。

 四十代に手が届く人間種だというのに美しく弁が立ち、人気のある反商業連合派の論客だ。二児の母で元俳優でもあり、彼女の出版する政治本と育児本はベストセラーになっている。

 サンドラは彼女の人気にあやかるためにフォーシエット行きに同行した護衛である。彼女もまた、剣術家の副業としてスポーツタレントとして芸能界に身を置いているのだ。

「よいですか、サンドラさん。世界の十三パーセントの地域で紛争の傷痕が残り、未だに紛争を続けている地でも、その武器を売り続けているのは商業連合なのです」

「あの、食事、冷めるから」

 絹江の一人議論はヒートアップし続け、ろくに食事を取れそうにない。

 打算づくだが、彼女の友人になるのは失敗だったかな、とサンドラは冷めていく料理を見ながら思うのであった。



◆◆


 故買屋が一人なますにされて死んだ。

 犯行は故買屋である大島清造の営むリサイクルショップで行われ、大島はなんらかの刃物でなます斬りにされていた。

 遺留品は無く物色の形跡もない。大島はカーメン式魔術を修めていたが、反抗する間もなく斬られていたようだ。

 プロの殺し屋の犯行とみられ、私設警察イーストエンドソーサラーズが捜査を進めている。


強烈なケツの痛み。

痔である。


引継ぎ確定組

高野

ギュクスト

ルーミー

葛葉珠子

ライアーローズ

他は考え中


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