ミドリムシクッキーとたんぽぽコーヒー片手に、ドラ●レ
林君は教授の部屋へ、杉本君は教育学部のレーナさん(昨日はミーナちゃん、じゃなかったかな)という方に呼ばれて出て行ってくれた。
研究室の隣の実験室には、アゴーと私の二人になる。
子供っぽくアホっぽいあだ名だが、意外と私は某有名国立大学で働くポスドクである。
私たちが所属する新領域バイオ研は、理学部と工学部が合同で使う、学内で一番高いタワーの最上階にある。
もうずいぶん遅い時間なので、フロア全体に人の気配はもうない。
この時間帯に教授陣の覚えめでたい林君が呼ばれたというのも、多分お偉いさん達との飲みの誘いだ。私は公の謝恩会以外は全て断っているうちに呼ばれなくなった。
「ミャーさん、大丈夫ですか?」
「・・・ありがと、アゴー」
私ってばいいかげん素直すぎるので、ムカっとして言いすぎやすい人生を送ってきた。でもすぐ相手を傷つけたのではないか、体面悪いのではないか、と色々後悔する。
考え過ぎが一周して自己嫌悪アホレベル。。損な性分なのだ。
今回は言わずにすんでよかった。
「いえ・・・。ほんとに呼ばれていたので。」
口元に指先だけ出した白衣の両手を持って行き、俯いてうっすら微笑むアゴー。
(〜なにその萌え仕草!かわいい!)
ここ数年、私の癒し。いつでも控えめな地味っ娘な院生、その名も吾郷萌(AGOH Moe)。
なんかすごい本名だ。
でも「萌え〜」っていうのがオタク用語になる前に産まれた世代なので、親御さんに他意はない。牧歌的で素敵な名前だと思う。
「あ〜〜!もぉお腹空いた。ちょっとお茶しない?」
アゴーの肘を引いて(手は引けないので)、研究室の机に戻る。
白衣を脱ぎ、非常食入れの引き出しからミドリムシクッキー(国産ミドリムシ500mg入り、栄養豊富で低カロリー)を取り出して半分お裾分けする。
アゴーは、私が背中を向けている間に器用にたんぽぽコーヒーを入れてくれていた。マグカップを受け取ったときにはもう片手は顎を隠している。
かじりながら、当たり前のように2人とも片手ではドラ●レを始める。
長時間遊ぶ時間はないが、5分程度でも遊べるスマホゲームは孤独と書いてヒッキー気味な研究者の間でも人気だ。
2人とも、会話しながら携帯をいじるのが平気な世代なので、こうしてお茶するときも、ご飯のときも、(ゲームの体力たまったかな〜)と思うとついやってしまう。
体力もったいない精神で。
ま、それはいいとして。
アゴーは客観的に見れば白雪姫タイプのはかなげ色白美少女なのだが、如何せん自分の名前と顎にコンプレックスがありすぎる。
多分自信もって胸を張っていればモテモテなんじゃないかと思うのだが、幼少時にからかわれたのがずっと後を引いていて、多分ご両親以外誰もアゴーの顎をちゃんと見た事がない。
いつもマスクか手かマスク+手ダブルかタートルネックかストールか長い黒髪で顎を隠しているので。
おかげでちょっぴり変な子扱いで、多分彼氏いない暦=年齢仲間だ。
エゲツナイ呼び名だと思うが、公の名字でもある。
それに本気で顎に生まれつき欠陥がある娘なら、周りも私も呼び続けないのではと思う。
アゴーは実際どうみたって美人だ。
問題は精神的なもので。
今は男嫌い気味な彼女だが、いつか本当に彼女を大切にしてくれる相手が現れたら、自信を持てるようになるのだろう。
とりあえず今は、私が守ってあげなきゃと思っているけど。
とかいってる私もだいたいひどいあだ名だ。
ミヤ。あるいはミャー。最悪のパターンはミャーミャ。
どっちにしろ不本意な愛称だ。もういい大人なので気にしてはいないけど。いや大人だからもう痛いのか?
・・・。
私の名前は、宮木美夜。
MIYAGI Miyaではなく、MIYAGI Yoshiyaだ。
女っぽいのは嫌いなので、むしろ男っぽい読み方は気に入っているが、ビミョーに難読名だし「美しい」って字が名前負けしていて子供の頃は嫌だった。
小中学校時代、ミャーミャーとからかいで呼ばれると本気で腹立たしかった。仲良しからの呼び掛けならよかったが。
ミャーとか。。。私は猫みたいに可愛くない。
ミヤ、でさえ内心小悪魔っぽい女みたいな雰囲気でいやだ。
でもヨシヤと呼ぶ人は今はいない。