婚約指輪はいらないっ!
((逃げようとしませんから。
電話しないですから!!
手を離してください!!
慣れなくて辛いので肉声で話がしたいです!!))
何度も何度も念じて、無表情な王子様(ほんとに仮)になんとか手を離させた。
仮の王子は私のスマホを物質にとり、無表情のまま、エレベータと非常階段の中間方向を背にして立った。
退路を塞いでいるつもりのようだ。
逃げるにしても、情報を引き出してからじゃないとダメだ。
アゴーも連れ出さなくてはならない。
とにかく逃げる算段を考えなくてはならないときに、精神感応がハッタリかどうかはおいておいてもずっと真正面から目を合わせて両手を握られているのは問題だった。
何しろわたくし、腹芸はできない、たちなので。。。
「指輪は要りません!
それより、合意の前条件として、正確な情報提供は絶対です!
情報の内容次第では合意できませんし、アゴーにも情報を一部渡して相談させてもらいます!」
自分のペースに戻そうと、姿勢を構えて肉声でびしっと伝える。
こういうのは最初の交渉が物を言うよね。
「他国人への漏洩が法に反する事項は、本国の許可なく伝えられません」
しかし、あっさり一刀両断された。
「じゃあ。。ダメもとでとりあえず質問させて下さい」
「どうぞ」
時間稼ぎする気はない。
まず貞操と命の後に気になっていた物を聞く。
「お姫様がアゴーに着けた色が変わるピアスは何ですか?危ない物じゃないですよね?」
「あれは姫の能力で作ったアイテムで、細胞サンプルを入れた者の感情に合わせて色が変わります。
羞恥は赤、幸福はピンク、悲哀は水色、恐怖は青、怒りでは黒と変化します。
王族以外の精神感応は低いため、様々な環境下でのコミュニケーション向上のために開発されました」
それと、逃げる際に重要な事。
「GPSが付いてて所在地が分かるとか機能があったりするんですか」
「いいアイデアなので次回の技術者会議に挙げておきます」
うっ。無駄な知恵教えてしまった。
それにしてもオーバーテクノロジーすぎだ。
感情を脳の電気信号として捉える研究分野は確かにあるが、ピアスサイズの機器で感知するなんて聞いた事はない。
「・・・なんかもう、いろいろ人間わざを超えていると思うんですが」
「我々は人間ではないので」
「えっ・・・」
(それってつまり。。。人間以外?って意味で?)
一瞬、タコの触手みたいなものにぬらぬら絡めとられるアゴーを想像してしまい、血の気が引いて首をぷるぷる振る。
(いやいやいやいや、、、エロゲーじゃあるまいし。
・・・だってこの人見るからに人間じゃん?!
さすがに、『という設定』の集団心理なんだよね?
・・・お願い、そうだよね?)
それにしたって、いつも誰より最悪の想定をする私の斜め上を行く酷い設定だ・・・。
ぴるるる。。。
「!・・・失礼。姫から通信が入りました」
青くなってぷるぷるしている前で、急に仮の王子の手首のプレート状ギミックが光り出した。
通信とおぼしき一方通行の会話が始まる。
「・・・はい。 はい。 ? そのジョバンニとは何ですか?
・・・はい。わかりました、善処します。
・・・・・はい。わかりました、それも善処します。
はい?・・・・・・わかりません。それは直接指示してください」
話しているうちに、無表情のまま、だんだん怒っている雰囲気になる。
仮の王子はプチッと力強く通信を切った。
「お話中すいません。
姫が『飲物を適当に多種類1本ずつ持てる限りたくさんと、女性用ショーツM1枚を至急購入して届けるように』との仰せです。
その後も火急の仕事が詰まってしまったので、おそれいりますが今すぐ購入できる場所へ案内して頂けませんか」
「・・・・・・・・・」
『設定』の真偽はともかく、この人が姫のわがままに苦労させられている立場の人であることは間違いない。
今までの発言にモヤついていたが、上司に振り回される気分が分かる立場の身の上として・・・ほんのちょっと、同情した。
もうなんだか有無を言わせない雰囲気だし、誘拐犯が飲食物をねだるのは当たり前のことだし、ご機嫌損ねたくないしで、片道3分で行ける裏門側のコンビニに案内することにする。
仮の王子は一度改造版エレベータを呼び出し中からごついリュックを取り出し背負った後、腕のボタンを操作してからもう一度降りるのボタンを押した。
するといつものエレベータの箱が来て、普通に1階へ降りられた。
外に出ると、逃げないようにと思ったのか、動ける程度にふんわりと手首を握られて移動した。
不審人物であるだけでなく、アシメとげとげヘアで見るからに外国人美形ビジュアル系アーティストみたいな、目立つ彼に軽くとは言え手をつながれて(?)歩くのはビクビクものだった。
ほんのちょっとピリっとくるし、見た目上は初々しく照れた感じの手のつなぎ方みたいに見えるとも言え、何か変な方向でも気になる。
男の人(?中性的ではあるけど、仮の王子って言っているし)と手をつなぐのなんて、学祭のダンス以来だ。
誰かに見られて聞かれたらなんて答えよう。
いや、それなら逃げるいいチャンスなのかな?
悩みつつ歩いていたが、真夜中の学内のため誰にも会わずコンビニに到着した。
芸能人のような誘拐犯の下っ端のような、どっちにしろ普通じゃない相手との入店。
緊張して店内に入ったが、私の緊張をよそに、仮の王子は飲み物の冷蔵棚を見て私の手を離し、手元の液晶?みたいなプレートと商品を見比べて熟考し始めた。
日本での買い物は慣れないのだろうか。
今こそっとコンビニ店員さんに言ったら、警察かSEC●Mに通報してもらえるかしら。
逃げられるかもと内心思ったが、アゴーが人質なだけでなく、職場がばれているし、相手は複数だ。
今逃げるのと内情を探ってからにするのとどちらがいいか。
考えても、事件もののテレビや映画は観ないし、警察官の知り合いもいない。
全然判断がつかず、今逃げるのはやめておく。
それなら早く済ませて帰りたい。
私はとりあえず籠に女性用下着を入れて、彼の側に戻った。
「あの、よかったら選びましょうか?」
「頼みます。
姫はとにかく色々味見がしたいらしいので、小さめの物を全種類購入したいと思って来たのですが、種類が多いのですね。
ここで持つには多すぎるようです」
「・・・わかりました。
籠を持ってください。
ここに選んでどんどん入れていって、籠を持てる範囲でやめればいいですよね」
アルコールは?炭酸は?などと事務的に言葉を交わしながら、選んでいく。
「え?・・・まだ持てるんですか?」
「まだ大丈夫です」
「・・・そろそろいいんじゃないですか?」
「我々は飲み物がメインなので消費が激しいんです」
「・・・そろそろ籠が壊れると思うので」
「分かりました。とりあえずこれでいいでしょう」
両手の籠にいっぱいの飲み物を購入する事になった。
レジに向かい、仮の王子は無表情のままなんだか黒いクレジットカードを取り出した。
眠そうにぬぼーっと出てきたレジのお兄さんは、まず王子(仮)の顔を見て目をはっと見開き、次に突き出されたカードを目にしてめちゃめちゃ引きつった顔をしてから、ビクビクと会計をしてくれた。
そして、レジ袋だけだと破れてしまうと思うので・・・と、裏から取ってきた段ボール箱に品物を詰めてくれた。
段ボールは2つになった。
帰り道。
宅配便のお兄さんのように箱を肩に担ぐのかと思いきや、王子(仮)は無造作に前に抱えて持って歩き出した。
(そ、そんな無防備な持ち方して・・・。だ、大丈夫なのかな)
何かの拍子に肘の筋がびよーんと伸びてしまうような気がして、歩きながら気になって仕方ない。
不審人物相手とはいえ、世慣れていない様子にちょっと心配になる。
(・・・次があるなら、台車を持っていくことを勧めることにしよう。。)
いや、次はない方がいいんだけど。
一緒にコンビニに行っただけなのに、なんだかちょっとほだされてしまった感じがして困る。
気を引き締めなければ。
最上階に戻ると、姫とお付きの者達がまた来ていた。
「待ちかねたぞ。色々飲んでみたかったのだ」
まず姫が先に数本手に取り、他の者達にも許しを与えた。
お付きの者達も喉が渇いていたようで、手に手に好き勝手に飲み物を取っていく。
そして更なる命令が下される。
「明後日、アゴーの両親に男装して会いにいく。
明々後日一番近い役所で入籍する」
(えっ・・・)
名もなき仮の王子は、姫に勝手にジョバンニと呼ばれるようになってしまいました。
ジョバンニの元ネタは、デスノ●トという有名なマンガに出てくる『ありえないほど大変な仕事を一晩でやってくれる部下キャラ』ジェバンニからです。一文字変えました