君に愛されるとは思っていない!~悪役男爵に転生した俺、金で買った推しを不器用すぎるほど溺愛する~
楽しんでいただければ幸いです。
鏡に映る、下卑た笑いを浮かべた肥満気味の男。
実に感じが悪い。
実際、皆にはこう言われているくらいだ。
残虐男爵、と。
その名はガルド・バルルス。
何を隠そう、俺である。
……死にたい。
…………いや、死んだから、こいつになってるのか。
てか、何でよりによってこんなクズに転生してるんだよ!?
——さて、ここで少しだけ、俺のことを語らせてもらおう。
俺には、命を懸けていたソシャゲがあった。
『聖女の導き』というのがそのゲームのタイトルだ。
メインヒロインである聖女が、悪逆非道な義妹を成敗するという王道ファンタジーなのだが、俺の推しは聖女ではない。
その義妹の姉にあたる、ネージュというモブキャラクターだった。
実の父親、継母、そして義妹から虐げられ、使用人以下の扱いを受け、あろうことか婚約者まで義妹に奪われる。
それでも、いつかわかってくれると信じて健気に耐え続けた彼女の結末は、金と引き換えに残虐男爵ガルドに売られ、ひっそりと生涯を終えるという、あまりにも救われないものだった。
「俺なら、ネージュを絶対に幸せにするのに……っ!」
そうスマホの画面に向かって叫んだその日の夜、俺は胸が苦しくなって死んだ。
たぶんだけど。
残業をウン十日も続けれてれば、過労死するのは当たり前だ。
だというのに、何故か俺は目が覚めて、しかも残虐男爵ガルドになっていたという。
しかも最悪なことに、俺が転生した時点で、すでにネージュは俺、いや、ガルド男爵に金で買い取られ、この屋敷に到着していた。
ガルドの野郎の記憶を探れば、あいつ、街で見かけたネージュの儚げな美貌に目をつけ、
「グフフ、あの上品な顔を恐怖と絶望に歪ませてやりたいのである……!」
などというドクズ極まりない欲望を抱き、ネージュの実家である伯爵家に大金を積んで彼女を買い取ったらしい。
どう考えても最悪である。
頭を抱え、逃げ出したい衝動に駆られていると、扉が控えめにノックされた。
「……失礼いたします。旦那様」
メイドに連れられて一人の女性が入ってきた。
銀色の髪、アメジストのような瞳。
ボロボロのドレスを着ていても隠しきれない気品。
ネージュ・アシュライト。
俺の、世界で一番尊い、推し。
彼女は生まれたての子鹿のように震え、両手で自身を抱きしめるようにして立っていた。
当然だ。
残虐男爵の寝室に連れ込まれたのだから。
しかも今日は初夜!
つまりそういうことだ。
「あ、あの……わたくし……」
スマホの画面越しにしか存在していなかった推しがすぐ目の前にいて、しかもスマホ越しではなく直接俺に話しかけている!
その事実に歓喜しつつ、だが同時にこう考えた。
推しを怯えさせている原因が自分であるということ。
金で人を買うという非道な手段で彼女を手に入れたという変えられない過去。
元のガルドの業を背負いながら、俺は彼女をどうやって幸せにすればいい?
優しくする?
俺は前のガルドとは違うんだと言い訳する?
いや、駄目だ。
そんなの信じられるわけがないし、金で買われたという恐怖と屈辱は消えない。
だったら、俺にできることは一つしかないだろう!
俺は威圧的にならないよう努めながら、しかしはっきりと彼女に宣言した。
「おい、勘違いするんじゃないぞ、ネージュ! 私は、君に愛されるとは思っていないんだからな……!」
「……えっ?」
俺の宣言に、ネージュは口を開けた。かわいい。いや違う、わけがない。めちゃくちゃかわいい。
「私が大金で君を買い取った事実は決して消えないし! 君が私を恨み、軽蔑するのは当然のことだと思っている! だから、君が私に媚びへつらう必要なんか一切ない!」
「え、だ、旦那様……?」
俺は懐から、ドンッ! と金貨の入った袋を取り出し、テーブルに置いた。
「私は、君を金で買った。何のために? そう、君を幸せにするためにだ! だから私の金はすべて君のものだ! 美味いものを食い、綺麗なドレスを着て、ふかふかのベッドで眠るんだ! どうだ、わかったな!?」
「は、はい……?」
「うむ、いい声——じゃなかった、いい返事だ!」
俺は腕を組むと、彼女を見た。
驚きに固まっている姿も最高にかわいいじゃないか!
「ネージュ、今夜はもう遅い! 隣に超高級ゲストルームを用意させておいた! 君はそこで休むんだ! いいか!? 決して私の部屋には近づくんじゃないぞ? そんなことしたら——わかっているな!?」
推しが尊すぎて再び死んでしまうこと間違いなしだ!
俺はメイドを呼び、ぽかーんとしているネージュも最高にかわいい——じゃなくて、彼女を隣室へと案内させた。
扉が閉まった瞬間、俺は床に崩れ落ちた。
心臓がバクバクしている。
呼吸も荒い。
当然である。
推しと同じ空間に存在することができた。
まるで天国のような瞬間だった。
……これだけで、俺は、もう充分だ。
推しに嫌われても、愛されなくても大丈夫。
問題ない。
だから、あとはただ、彼女を全力で幸せにするだけだ。
俺の財力に物を言わせて。
豪遊生活の始まりである。
「旦那様、本日は王都で一番有名な仕立て屋を呼んでおりますが……」
「よし、店ごと買い取る勢いでネージュにドレスを作らせろ! いいか!? 彼女の肌を傷つけないよう、最高級のシルクだけを使うんだぞ! わかったな!? フハハハ!」
「はい……!」
そんな感じで。
俺は宣言した通り、ネージュのために湯水のごとく金を使いまくった。
食事は専属の一流シェフを雇い、彼女の体調に合わせた栄養満点かつ美味なものを用意した。
部屋は彼女の好みに合わせて改装し、庭には彼女が好きな植物を植えさせた。
しかし、俺自身は決して彼女に深入りしなかった。
メイド経由で一緒に食事をしたいと言われても断り続けた。
なぜかって?
俺は——ガルドは、彼女を金で買った下衆なクズ野郎だからだ。
そんな奴と一緒に過ごして、彼女が幸せになれるとは思えないからだ。
俺がしたいのは彼女を幸せにすることなんだ。
だから、ほら、これが唯一の正解だろう?
◆
ネージュは、ガルドに買われたあの日以来、戸惑いの日々を送っていた。
実家では残飯を与えられ、罵倒されるのが日常だったのに、ここでの扱いはどうだ?
『勘違いするんじゃないぞ、ネージュ! 私は、君に愛されるとは思っていないんだからな……!』
初夜にそう宣言した肥満男爵は、宣言通り指一本触れてこなかった。
それどころか、ほとんど顔も合わさない。
だが、その存在は感じることができた。
なぜか?
叫び声がするのだ。
「ネージュの今日のドレスも最高かよ!」
とか。
「ネージュの食べる姿がかわいすぎて俺の心臓が保たないんだが!?」
とか。
「おい、セバスチャン! ネージュが庭を歩く姿を見たか!? 女神が現れたかと思ったら私の妻だったんだが信じられるか!?」
とか。
……旦那様は、本当に変わった方だわ。
ネージュは、あたたかい紅茶を飲みながら庭を眺めていた。
部屋も、この庭も、何故か自分の好みを把握しているし。
最初は恐怖しかなかったのに。
いつか飽きられて、酷い目に遭わされるのだと怯えていたのに。
しかし、彼が与えてくれるのは、惜しみない財力と、そして何より、不可解なほどの尊重と、羞恥に身悶えするような絶叫だった。
実家の家族は誰もネージュを見ていなかった。
婚約者でさえ、彼女を都合のいい存在としてしか見ていなかったのに。
あの不格好な男爵だけは違う。
遠くから、まるで宝物でも見るような目でこちらを見守っている——。
◇
ある日の午後。
ネージュの実家であるアシュライト伯爵家から、使いがやってきた。
彼女の義妹が、さらに資金を無心してきたのである。
ネージュという商品の追加代金として。
応接室で対応した俺は、怒りで血管が切れそうだった。
「……つまり、ネージュが我が家で贅沢をしているから、実家であるお前たちにも恩恵を与えろと?」
「ええ、左様にございます。ネージュのような役立たずを押し付けてしまったお詫びも兼ねまして……」
「ふ、ふ、ふ」
「ふ?」
「——ざけるなァァァッ!!」
俺は机を叩き割らんばかりの勢いで叩いた。
「彼女は我が領地の、いや、世界の宝だ! 貴様らのようなゴミ溜めで枯れそうになっていた花を、私が適正価格で保護したまで! 二度と彼女に、そしてこの屋敷に近づくことは許さん! 帰れ!!」
使いを叩き出した後、俺は肩で息をしていた。
「……しまった。つい熱くなってしまった」
推しの悪口を言われたのだ。
当然のことである。
だが、少し大人げなかったかもしれない。
なんて思っていた時だった。
「あの……旦那様」
振り返れば、扉の、少し開いた隙間から、ネージュが見ていた。
話を聞かれていたらしい。
「ネージュ!? い、今のはその……すまない、大声をあげてしまって。君の実家に対する無礼は謝罪――」
「違います」
ネージュは、ゆっくりと俺に近づいてきた。
その瞳には、今まで見たこともないような強い光が宿っていた。
「わたくしを、宝だと……そう言ってくださったのは、旦那様が初めてです」
「い、いや、それは事実であって、他意は……」
彼女は俺の大きな手を、両手でそっと包み込んだ。
「旦那様は『愛されるとは思っていない』と仰いました。わたくしを金で買ったからだと。……でも、お金で買われたからといって、心を閉ざし続けなければならない理由にはなりません」
「ネージュ……?」
「わたくしに、人としての尊厳と、あたたかい居場所を与えてくださったのは、他でもない旦那様です。……わたくしは、あなたをもっと知りたい。あなたをお慕いしても、よろしいでしょうか?」
アメジストの瞳が、真っ直ぐに俺を見つめている。
ソシャゲの画面越しに見ていた、悲壮感漂う彼女ではない。
自分の意思で立ち、前を向いている一人の美しい女性がそこにいた。
「俺、いや、私なんかで……本当にいいのか?」
「はい。あなたがいいのです」
——その日を境に、男爵邸の雰囲気は劇的に変わった。
別々に取っていた食事は一緒の部屋、しかも隣同士で取ることになり、それだけでなくどこに行くにも、何をするにも、二人一緒でするようになった。
俺は少しでも彼女の隣を歩くのに相応しい男になるため、血の滲むようなダイエットと領地経営の猛勉強を開始した。
元サラリーマンの根性を見せつける時だ!
……もっとも、ダイエットだけは成功しなかったが。
だってネージュが言うのだ。
「今のままの、ふくよかな旦那様の方が安心感があってステキです」
って。
ならば全力で応えるのが俺ってもんだろう!?
のちに、ガルド男爵領は類まれなる経済発展を遂げ、彼と美しい夫人は王国一のおしどり夫婦として語り継がれることになる。
「君を幸せにできればそれでいいと、本気で思っていたんだ。だけど——」
「ええ、わたくしたち、二人で幸せになりましょう」
彼女は微笑んだ。
「愛しています、旦那様」
「……ああ、私も君を愛している」
金で買った最低のスタートから始まった俺の異世界生活は、最高のハッピーエンドを迎えられたようである。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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