結婚する約束をしていた幼なじみですが、勘違いだったみたいなので離れます。――今さら後悔しても遅いです
ふたりは所謂、幼なじみだった。
隣り合うふたつの伯爵領は、古くから友好を結び、代々争いとは無縁だった。
春になれば互いの庭園を行き来し、夏には川辺で涼を分け合う。秋には収穫を祝い、冬には暖炉を囲んで談笑する。両親たちが親しげに盃を交わせば、その足元で子どもたちもまた、無邪気に笑い合っていた。
「あら、見て。あの子たち……本当に仲が良いこと」
暖炉の前で並んで座り、同じ絵本を覗き込む姿を見て、母親たちは目を細める。
父親たちはグラスを傾けながら、どこか誇らしげに頷いた。
「爵位も釣り合っているし、相性も悪くなさそうだ」
「ええ。いずれは正式に婚約を発表しましょう」
両家の晩餐の席で、父親同士が穏やかにそう言ったのは、もう何度目だっただろう。
リリアナとエドガーが結ばれる未来は、当たり前のように決まっていた。
「リリアナ、エドガーくんと結婚するのはどう思う?」
父にそう問われ、少女はぱっと顔を輝かせる。
「うれしい! だって、エドガーのことすきだもん!」
真っ直ぐで、曇りのない声。
その無垢さに、大人たちは笑みを深める。
「エドガーくんはどうだい?」
視線を向けられた少年は、一瞬だけ言葉に迷い、わずかに唇を尖らせてから答えた。
「……べつに。けっこん、してもいいよ」
素っ気ない返答。
けれどリリアナは、照れ隠しだと疑いもせず、彼もまた嬉しいのだと信じていた。
「エドガー、すきよ! ずっといっしょ、やくそくね!」
「……うん」
当たり前のように交わされた未来。
疑いようもなく、約束された約束。
……だからこそ、年を重ねるごとに、彼の態度が少しずつ冷えていくことに気づいても。
触れ合う指先が、いつしかすぐに離れるようになっても。
きっと大丈夫だと、思っていた。
***
それから幾年かの歳月が流れ――
ふたりは貴族の子息子女が通う王立学園に通う年頃となった。
王立学園の校舎は、春の空を切り取るようにそびえていた。
入学して一カ月。新しい制服にも、鐘の音にも、石畳を踏みしめる感触にも、少しずつ慣れはじめた頃。
環境は変わっても、ふたりの関係は変わらない――はずだった。
少なくとも、リリアナはそう信じていた。
エドガーは、見違えるほどに成長していた。
幼い頃はどこか無愛想で、感情を表に出すのが苦手な少年だった。言葉は少なく、視線もそっけなく、それでも時折見せる不器用な優しさが、彼女にとっては何より愛おしかった。
だが、今は違う。
すらりと伸びた背、広がり始めた肩幅。整った顔立ちは、少年の面影を残しながらも、確実に「男」のそれへと変わりつつあった。
学業も優秀であり、なにより伯爵家の嫡男。将来を約束された立場は、彼自身の資質と相まって、いやでも人目を引いた。
廊下を歩けば、ひそやかに囁かれる。
「ねえ、エドガー様よ」
「やっぱり素敵……」
「今年の新入生で一番の当たりじゃない?」
貴族令嬢たちの視線は、遠慮なく彼を追う。
だがエドガーは、それを煩わしがることも、あからさまに退けることもなかった。
そんな彼の姿に、リリアナはほんのわずかな不安を覚えた。
***
そして、新入生を祝うために開かれた、学園主催のダンスパーティー。
天井のシャンデリアが無数の光を散らし、弦楽器の旋律が優雅に流れる夜だった。
エドガーは誘われるままに、令嬢たちと踊った。
その腕に導かれ、令嬢たちは頬を染め、夢見るような笑みを浮かべる。くるり、とドレスの裾が花のように開く。
その光景にショックを受けたのはリリアナだった。自分の知らない彼が、そこにいた。
「え、エドガー?」
「何だ」
素っ気ない返事。いつもならエドガーの態度にも気にしないのに、今夜のリリアナはその冷たい声に焦りが募った。
「何だ、じゃないわ。どうして、他の女の子と踊るの。わ、わたしという婚約者がいるのに……」
言葉は思うように整わず、語尾が震える。
エドガーの眉が、わずかに寄る。
「……まだ正式に婚約は結ばれていないだろう」
確かに書類はまだ交わされていない。
他の兄弟たちの縁談との兼ね合いで、在学中にいずれと先送りにされていた。
「学園は勉強だけをする場所じゃない。他の貴族と交流を図るために来ているんだ。将来のためにな。……婚約者でもないお前に責められるようなことはしていない筈だ」
「……」
婚約者“でもない”。
幾度となく交わされた、幼い頃から語られてきた約束。
巡る春のように、必ず訪れる未来。
そう思っていたのは、自分だけだったの?
唇が乾く。それでも、聞かずにはいられなかった。
「エドガーは……わたしとの婚約、嫌なの?」
問いかけは、思ったよりも小さく、頼りなかった。
彼はしばし黙り、ゆっくりと視線を逸らす。楽団の音が、遠くに聞こえる。
「はあ……。嫌とか、そういう問題じゃないだろ。俺たちの婚約話は両親たちが決めたものだし……。せめて学園生活ぐらい、自由にさせてくれよ」
それだけ言って、エドガーは背を向けた。
迷いのない足取りで、燭光きらめく華やかな輪の中へと戻っていく。笑い声と音楽が彼を迎え入れ、その背中はすぐに人波へと溶けた。
リリアナは、その後ろ姿をただ見送るしかなかった。伸ばしかけた指先は、空を切った。
それからというもの――
エドガーは様々な生徒と積極的に交流するようになった。
以前の、不器用で素っ気ない少年が嘘だったかのように、談笑の輪の中心で軽やかに言葉を交わしている。
低く落ち着いた声。時折見せる柔らかな笑み。その隣には、同級生の男子生徒だけでなく、華やかな令嬢たちの姿もあった。
楽しげに語らう姿を遠目に見るたび、リリアナの胸はひそやかに痛む。
それでも――
リリアナは、信じ続けた。
あの背中は、いずれ自分の隣に戻ってくるのだと……。
彼女だけが、変わらぬ未来を信じていた。
***
大好きなエドガーとまた仲良くしたいと、リリアナは諦めずに彼に話しかけた。朝の登校時、門の前で姿を見つければ小走りに追いつく。
「おはよう」と微笑みかければ、返ってくるのは短い「……ああ」だけ。それでも、隣を歩ける、そのほんのわずかな時間が嬉しかった。
昼休みには、勇気を振り絞って誘った。
「ねえ、エドガー。一緒にお昼を食べない?」
中庭の木陰、幼い頃のように並んで座れるのではないかと、淡い期待を胸に。
けれど彼は視線を逸らし、「先約がある」とそっけなく断る。
それでも翌日には、また声をかけた。
相変わらずつれない態度だったが、めげなかった。きっといつか昔のように戻れると、信じていたから。
そんなある日の午後。
陽光が高窓から射し込み、淡い金の帯を落としていた石造りの廊下。
授業が終わった直後に、リリアナは声を掛けられた。
「リリアナ嬢、少しだけ宜しいですか」
穏やかな声が、すぐ近くから届く。
柔らかな光を受けて微笑むのは、子爵家の嫡男のローガンだった。
落ち着いた物腰と、丁寧な言葉遣い。派手さはないが、確かな聡明さを感じさせる青年だった。
「ええ、大丈夫です。何の御用ですか?」
「この論文のことで……ここ、少し計算がずれているかもしれません」
差し出された紙に目を落とし、リリアナは小さく息を呑む。
「本当? あ……ほんとだわ。ありがとうございます」
「いえ。あなたの論文を読ませて頂きましたが、着眼点が素晴らしいと思いました」
まっすぐに向けられる視線。その視線に、下心も優越も混じっていない。
真正面から、きちんと評価してくれた。ただ、純粋な敬意だけがあった。
それが、ひどく新鮮だった。
「あ、ありがとう……」
頬に淡い熱が宿るのを自覚しながらも、不思議と嫌な感覚ではなかった。
「いいえ。こちらこそ面白い論文を読ませていただき、有難うございました。では、また次の授業で……」
そう言って、ローガンが去っていった。
「ええ、またね」
その背を見送り、ふと――背筋に冷たい気配が走った。
ゆっくりと振り向くと、エドガーが立っていた。
「……リリアナ」
無表情。だが、その目は冷たい。
他の令嬢たちへ向ける表情に比べると、なんと不愛想なことか。
「なに、エドガー?」
それでも、リリアナは笑みを浮かべて応えた。
彼の眉がわずかに寄る。
「……今の、あいつと何を話していた」
「論文の指摘をしてもらってたの。計算に誤りがあったみたいで」
「ふん」
短い鼻音。
だが視線は鋭いまま。
「……随分楽しそうだったな」
「え?」
「お前は誰にでも愛想がいいんだな」
低く、押し殺した声。
リリアナは一瞬、言葉を失った。
「……それ、どういう意味?」
「そのままの意味だ。ああやって簡単に笑うから、誤解される」
胸の奥で、何かが軋む。
「誤解って……」
「だから……あの男、お前に気があるんじゃないか」
「親切なクラスメイトのことを、変なふうに言わないで」
「……好きだと言ったのはお前だろう」
「は?」
脈絡のない言葉に、眉が寄る。
「そんなふうに誰にでも愛想を振りまくと、軽い女に見られるぞ」
その瞬間。
リリアナの内側を、氷水が流れ落ちた。
「わたし、そんな人間に見えていたの?」
声は震えていなかった。
むしろ、驚くほど静かだった。
「……別に。見られるって忠告してやっただけだろう」
「本気で言ってるの?」
問い返した声は低い。
自分でも知らない温度を帯びている。
忠告? そうじゃないでしょう。
それは――あなたが、わたしを対等に扱っていたら、出てこない言葉よ。
喉元まで込み上げた言葉を、ゆっくりと整える。
「……学園は他の貴族と交流を図る為の場所でもあるんでしょう。あなたにそんな風に言われる必要はないわ」
つくづく感じていた。
確かにわたしはエドガーが好き。
ずっと、好きだった。
視線が合えば嬉しくて、
名前を呼ばれるだけで胸が熱くなった。
でも、この人はわたしの好意に胡坐を掻いて、
わたしが離れないと信じて、
わたしが傷つかないと信じて、
わたしが許すと、どこかで決めつけて、
だから、こんな酷い態度も取れる。
だから、こんな言葉が出るんだ。
「リリアナ……ッ」
エドガーの声が、背中に縋るように届く。
けれどリリアナは、振り返らなかった。そのまま一歩も迷わず、歩き出す。
「この人はわたしを下に見ている」「決して、大切にはしていない」と認めた瞬間、
はじめての恋が終わる音がした。
***
結局――エドガーの言葉は、半分は正しかった。
あれからローガンと話す機会は、格段に増えた。図書室で、講義の後で、時には中庭のベンチで。
逆に、以前のようにリリアナ自身からエドガーを探すことはなくなった。用もないのに顔を見に行くことも、彼の機嫌を窺うこともない。
その変化を、ローガンは見逃さなかった。
「……少し、よろしいですか」
いつもの穏やかな声。
だが、その奥にわずかな躊躇いがある。
「エドガー殿と婚約者だと聞いたのですが……、本当ですか?」
リリアーナは一瞬だけ目を伏せ、それから顔を上げた。
「ううん。幼なじみではあるけれど、婚約者ではないわ。両親同士でそんな話が出たことはあったけれど……正式なものではないの」
言いながら、胸の奥が妙に静かだった。以前なら、こんな風にはっきりと答えられなかっただろう。
けれど今は。
「そう、でしたか」
ローガンは、ほっとしたように、しかしそれを悟られまいとするように微笑む。
その微細な変化に、リリアナは気づいてしまう。
ああ、エドガーの言った通りだった。
ローガンは――きっと、わたしに好意を抱いている。
「リリアナ嬢……」
迷いを飲み込みながら、彼は続ける。
「……あなたがエドガー殿の婚約者であるなら、僕はこの思いを隠し通すつもりだったのですが……。違うと知って、僕は――」
わずかな沈黙。
決意を固めるように、真っ直ぐ見つめてくる。
「僕は、あなたが好きです」
その眼差しは熱を帯びていた。
とくん、と胸がなる。……好きと言われるのは、生まれて初めてだった。
「はじめは、論文の着眼点に心を奪われました。けれど、言葉を交わすうちにそれだけではなくなった。……あなたの内面を知り、惹かれている僕がいました」
緊張しているのだろう。
普段は淀みなく語る彼の声が、わずかにかすれる。
「唐突だと承知しております。ですが、曖昧なままに距離を縮めるのは、あなたに対して不誠実だと思いました。もし、あなたが許してくださるなら……正式に、ご両親へ婚約の打診をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「ローガン様……」
「も、もちろん、今すぐお返事をとは申しません。あなたが、ご自身の意思で選ぶまで、僕は待ちます」
あくまで希い、選択権は、リリアナに委ねている。
わたしの返事を、わたしの意思を、待つと言う。――その態度はリリアナを敬い、大切にしてくれていると彼女は感じた。
これまでの恋は、追いかけるものだった。
相手の気分ひとつで揺れる、不安定なものだった。
けれど今、目の前にいる人は。
わたしを一人の人間として、対等に見ていてくれている。
リリアナは気づけば返事をしていた。
「はい……喜んで。あなたからの婚約の打診を受けます」
***
数日後。ローガンは本当に、約束どおり動いた。
ローガンから婚約の打診が来たことに両親は驚いた。
「リリアナ、これはどういうことだ」
「あなたは、エドガーくんと結婚するんじゃ……」
動揺する両親に、リリアナは静かに告げた。
「別に、誓いあった訳じゃないよね? ……学園に通い始めたら結ぼうって言ってたけど、まだ正式に婚約してないわ」
父は戸惑いながら問う。
「……お前はいいのか? あれほどエドガー君との結婚を望んでいたのに」
「……実はね。エドガーは、あまり乗り気じゃなかったみたいなの」
リリアナは小さく苦笑した。
「そんな事はないわ。エドガーくんはあなたの事を好きなはずよ」と言う母親に首を振る。
「……わたしも結婚するなら、愛し合える人としたいと思ったの。ローガン様との婚約を許してくれる?」
「……好きなのか?」
「まだ、好きとは言えないけれど。でも、わたしを大切にしてくれるの。……好きになれると思う」
しばらくの沈黙の後、父は息を吐いた。
大切にしてくれるという言葉に、思い当たる節があったからだ。エドガーはあまりに不器用で、素直ではなかった。
「……お前が自分で選んだのなら、反対はせん」
母も静かに頷く。
こうして、リリアナは自分の意思で、ローガンとの婚約を選んだ。
次に会った時、ローガンはいつになく真剣な面持ちで言った。
「あなたに選ばれたことを、誇りに思います。……必ず、後悔はさせません」
リリアナは笑った。
「後悔なんてしないわ! ……わたしが、あなたと結婚したいって思ったの」
互いに選び、選ばれたという事実が、ふたりの胸を静かに満たしていく。
きっとローガンとなら――互いを尊重し合って、今度こそ対等に付き合える。エドガーとも、昔はそうだった筈なのだけど……。
リリアナはゆるく頭を振った。ローガンと並んで歩く未来を思うだけで、自然と笑みがこぼれた。
かつては、学園に入る前にエドガーと正式に婚約していればよかったと後悔したこともあったが――、今ではただの口約束だった事に、心から感謝した。
そう、永遠だと思っていた約束は、
こんなにも簡単に破られてしまうものだったのだ。
春は巡っても。
あの日の恋は、もう戻らない。
***
エドガーは、確かにリリアナを好きだった。
それは、彼自身が否定しようとしても覆せない、紛れもない事実だった。
物心ついた頃から、隣にはいつも彼女がいた。
気づけばそこにいて、よく笑い、些細なことで頬を膨らませ、それでも最後にはまっすぐな瞳で「好き」と告げる少女。
誰よりも近く、誰よりも当たり前の存在。
だから――好きだなんて、今さら言う必要がないと思っていた。
つい素っ気ない態度を取ってしまうのも、ぶっきらぼうに言葉を返してしまうのも、ただの照れ隠し。
好きだからこそ、素直になれないだけ。彼自身、その自覚はあった。
両家の親たちもまた、その不器用さを分かっていた。
顔を合わせれば口喧嘩のようなやり取りをしながら、結局は互いを気にかけているふたりの姿を、微笑ましく見守っていた。
だから、「はは、若いな」「いずれ落ち着くでしょう」と笑いあって、ふたりが将来結ばれることは、すでに決まった未来のように扱われていた。
その未来をエドガーも疑っていなかった。
――だが。
学園に通い始めてから、エドガーは変わってしまった。
廊下を歩けば、令嬢たちの視線が集まる。名を呼ばれ、微笑みかけられ、さりげなく距離を詰められる。
伯爵家の嫡男という肩書きだけではない。伸びた背、整った顔立ち、常に上位に名を連ねる成績。
有り体に言えば、エドガーは人気があった。
「エドガー様、今度の講義をご一緒していただけませんか?」
「剣術の腕前、本当に素晴らしかったですわ」
柔らかな声と、熱を帯びた視線。
最初は、どう応じればいいのか分からなかった。だが、当たり障りなく優しく返せば、彼女たちは嬉しそうに微笑む。
そして、その様子を見たリリアナの顔がわずかに曇った。
きゅっと唇を結び、視線を逸らすあの仕草――焼きもちを焼いているのだと、すぐに分かった。
それが、妙に嬉しかった。
自分が誰かに取られるかもしれないと、彼女が不安になる。それほど想われているのだと、実感できる。まるで「好きだ」と、改めて告げられているようで……。
だから、つい。
もう少しだけ、彼女たちに優しくしてみた。もう少しだけ、距離を近づけてみた。
そのたびに、リリアナがどんな顔をするのか確かめるように。
それに、学園に通い始めた途端に人目を引くようになり、周囲に持て囃されていることで調子に乗っていた。自分は選ぶ側なのだと、そんな優越感さえ覚えていた。
どんなに冷たくしたって、お前が好きなのは俺なんだろう?
俺が誰と話しても、結局戻ってくるのはお前だろう?
そう、どこかで決めつけていた。
それがどれほど幼稚で、残酷な振る舞いか――そのときのエドガーは、まだ気づいていなかった。
素直に「好きだ」と言えばいいだけだった。けれど、それを口にするのは負けのような気がした。
好きなのは、リリアナの方だと思い込んでいたから。だから不愛想になる。わざと冷たい言い方をする。
彼女を傷つけても——
それでも離れないと、高を括っていたのだ。
本当は心配で仕方がないのに。
リリアナがローガンと話している姿を見たときも、嫌な気持ちになった。
だからエドガーは、言った。
「軽く見られるぞ」なんて。そんな事思ってもいないのに。
違う。本当は。
――俺以外を見るな、と言いたかっただけだ。
「他の男と話すな」と、ただ一言告げれば済んだ話だった。
好きなのに。好きだから、他の男を見てほしくなかったのに。
嫉妬しているのは、本当は俺のほうなのに。
令嬢達と笑いながら、視線の先で落ち込む彼女を確かめる。
その幼稚なやり方でしか、気持ちを確かめられなかった。
そして気づいたときには。
リリアナはもう、エドガーを好きではなかった。
最近顔を合わせないのは、ただ拗ねているだけだと思っていた。少し時間が経てば、またいつものように戻ってくると。
――だから。
両親からリリアナの婚約について知らされた時、すぐには理解できなかった。
「リリアナ嬢が、子爵家のローガン殿と婚約を結んだそうだ。双方の家も合意済みで、正式なものらしい」
耳鳴りがして、世界が遠のいた気がした。
「……は?」
間の抜けた声が、やけに大きく響く。
「え、リリアナが俺以外の奴と? なんで?」
理解が追いつかない。追いつきたくない。
喉が勝手に言葉を吐き出す。
「……俺と結婚するって約束だったのに」
好きだと言ったのはリリアナの方だった。
幼い日の記憶が、脳裏に浮かぶ。
小さな手を絡めて、笑いながら交わした言葉。
“ずっと一緒だよ”
それは、あまりにも当たり前で。
疑う余地もない未来だった。
「……嘘だろ」
乾いた声が零れる。怒りとも、困惑ともつかない感情が、胸の奥で渦を巻く。
裏切られた、と思いかけて。すぐに、別の声が囁く。
「裏切ったのは、どっちだ?」って。
好きだと、一度でもきちんと伝えた事があっただろうか。
彼女の好意を当たり前だと胡坐をかき、失わないと信じ込み、そのくせ試すようなことばかりして。
約束は永遠ではない。
守ろうとしなければ、いとも簡単にほどけてしまう。
そして今、彼の手の中には――何も、残っていなかった。
調子に乗った男が痛い目を見る話が好きです。
もし「面白い!」「スカッとした!」と思っていただけましたら、ブックマーク&広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】から評価していただけると励みになります……!
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また連載作品『悪役令嬢の葬式――断罪された姉の為、妹は復讐を誓い真実を暴く』が完結しました。
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