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『面倒をみただけでした。』(連載版)  作者: くろめがね


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8/8

第八話 見送る側の列

8話です。

出発の朝は、妙に静かだった。


風は弱く、煙もまっすぐ上へ上がっている。

瓦礫だらけの村に、いつもなら聞こえるはずの怒鳴り声がない。


人は、別れの前だけ静かになる。


私は水の器を並べていた。

最後だから、という理由ではない。

いつもと同じことをする方が、崩れない。


子どもが近づいてくる。


昨夜まで泣いていた小さな子だった。

布を引きずりながら、私の前に立つ。


「ほんとに行くの」


「うん」


「戻る?」


少し考えた。


約束というものは、順番より難しい。


「順番が終わったら」


子どもは理解したのか、していないのか、

それでも小さく頷いた。


それから、私の手をぎゅっと握った。


小さくて、温かい手だった。


離れない。


私は無理に離さなかった。


広場の端では、兵士たちが馬を整えている。

鞍を締め、荷を積み直し、声を抑えて動く。


その動きの中に、明らかな緊張があった。


彼らにとっても、これは普通の任務ではない。


鎧の男は少し離れた場所に立っていた。


村を見ている。


焼け跡。

修理途中の屋根。

並んだ水の器。

そして、人の列。


彼の視線は長かった。


一つひとつを覚えようとしているような目だった。


やがて、村の男が歩いてきた。


年配の男だった。

声が大きく、いつも文句を言っていた人だ。


私の前で立ち止まり、腕を組む。


しばらく何も言わない。


そして、ようやく口を開いた。


「……お前さ」


声が低い。


「最初、嫌いだった」


事実の言い方だった。


「子どものくせに、偉そうでよ」


私は答えない。


男は続けた。


「でもな」


喉を鳴らす。


「助かった」


それだけだった。


それ以上、言葉が出ない顔だった。


私は頷いた。


「並んだから」


男は一瞬だけ笑った。


笑いながら、目を擦る。


「ほんと、そればっかだな」


そのころには、村人たちが集まり始めていた。


誰かが呼んだわけではない。

自然に、人が広場へ集まる。


子ども。

女。

怪我の残る男。


皆、何となく列を作る。


完全な形ではない。


それでも、並んでいる。


鎧の男が歩いてきた。


足音は重くない。

だが、周囲の空気が動く。


兵士たちが整列する。


旗が風に鳴る。


彼は私の前で止まった。


しばらく言葉がない。


彼は、何度も口を開きかけては閉じた。


そしてようやく言った。


「……本当に行くのか」


声が低い。


怒りではない。

止めたい声だった。


「順番」


私は答える。


彼は目を閉じる。


長く息を吐いた。


「君は、いつもそれだ」


責めているわけではない。


諦めと、少しの笑いが混じっている。


「私が言えることは、一つだけだ」


彼は言った。


「君を連れて行くのは、命令ではない」


兵士たちが顔を上げる。


「私の意思だ」


空気が変わる。


兵士たちの背筋が伸びる。


村人たちがざわめく。


彼は続ける。


「この村で見たものを、私は王都に持って行く」


声は静かだった。


だが、誰も目を逸らさない。


「剣ではなく、順番で人が動く場所を」


その言葉に、村の女が泣き出した。


静かな泣き方だった。


誰も笑わない。


子どもが私の手をさらに強く握る。


私はゆっくり、その手を外した。


子どもは泣かなかった。


ただ、ぎゅっと唇を噛んでいる。


私は彼を見る。


「行く」


それだけだった。


彼は一歩近づいた。


距離が変わる。


今まで守っていた距離だった。


彼の手が伸びる。


止まりかけて、また動く。


迷いのある手だった。


それでも、私の手を取った。


力は強くない。


だが、離さない持ち方だった。


村が静まり返る。


誰も声を出さない。


彼は言った。


「……預かる」


その言葉は、村人に向けられていた。


約束でも、宣言でもない。


誓いだった。


村の男が、深く息を吐く。


「……返せよ」


短い声だった。


彼は頷いた。


「必ず」


兵士が馬を引いてくる。


空が少し明るくなる。


私は振り返る。


村はまだ壊れている。


屋根も、壁も、完全ではない。


それでも、人は並んでいた。


私は思う。


もう大丈夫だ。


順番は、残る。


彼が手を引く。


私は歩き出す。


村の外へ。


旗が風に鳴る。


誰かが泣き、

誰かが笑い、

誰かが手を振っていた。


私は振り返らない。


順番が前へ進んでいる。


それだけだった。


一文を長くして、スピード感を無くすと、徐々に進行が遅れてきました。

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