第七話 村が手放す日
第7話です。
三日という時間は、長いようで短かった。
人は、期限を与えられると急に忙しくなる。
やるべきことが増えるわけではない。
同じことを、急いでやるようになるだけだ。
村も同じだった。
瓦礫はまだ多い。
水も十分とは言えない。
それでも、人の動きは明らかに変わっていた。
誰も、ぼんやりしていない。
「そこ違う! 並び直せ!」
「袋は先に子どもだろ!」
「順番だ、順番!」
怒鳴り声が飛び交う。
怒りではない。
必死さだった。
私はその様子を少し離れて見ていた。
列は崩れていない。
水の器は、昨日と同じ場所にある。
誰も指示していないのに、順番が維持されている。
村の男が、私に気づいて手を上げた。
「見てろよ!」
誇らしそうだった。
「ちゃんと並んでるだろ!」
私は頷いた。
それで十分だった。
遠くで、馬の嘶きが聞こえた。
兵士たちは村の外れで待機している。
旗は立ったままだ。
その旗を見るたび、村人の顔は少し硬くなる。
別れは、まだ言葉になっていない。
昼頃、鎧の男が広場に出てきた。
傷はまだ完全ではない。
だが姿勢は真っ直ぐだった。
兵士たちがすぐに集まる。
整列。
動きに迷いはない。
村人たちの会話が止まる。
誰もが見ている。
男は一度だけ深く息を吸った。
それから言った。
「聞いてほしい」
声は広く通った。
命令の声だった。
だが、それだけではない。
人を正面から見て話す声だった。
「私は、この地の領主家の者だ」
ざわめきが起きる。
村人の何人かは、すでに分かっていた。
だが言葉になると重さが違う。
「戦で退いた後、この村で命を拾われた」
彼の視線が、私を通り過ぎる。
わざとだった。
「ここで見たものを、私は忘れない」
兵士たちの背筋がさらに伸びる。
「秩序は、剣では作れない」
彼はゆっくり言った。
「順番で作られる」
村人たちの顔が変わる。
誰かが笑い、誰かが目を拭く。
男は続けた。
「この村には、それを知っている者がいる」
兵士たちの視線が一斉に私へ向く。
私は動かない。
「彼女を、王都へ連れて行く」
一瞬、静寂が落ちた。
次の瞬間、村が爆発した。
「待て!!」
怒鳴り声だった。
男が一歩前に出る。
「連れてくって何だよ!!」
別の女が叫ぶ。
「この子はうちの村の子だよ!」
涙混じりの声だった。
怒り。
恐れ。
奪われる感覚。
人は、失ったばかりのとき、
さらに失うことを何より恐れる。
兵士たちが構える。
緊張が走る。
私は言った。
「並んで」
声は小さい。
それでも、止まる。
怒鳴っていた男が、歯を食いしばる。
女が涙を拭く。
列が戻る。
完全ではない。
だが、崩れない。
鎧の男が、ゆっくりと私を見る。
その目には、驚きと、誇りと、
そして少しの苦さがあった。
彼は一歩だけ近づいた。
「……君は」
言葉を探している顔だった。
私は言った。
「三日」
期限は、もう終わる。
彼は目を閉じる。
短い沈黙のあと、低く言った。
「行く必要はない」
兵士たちが息を呑む。
「王命でも?」
先頭の兵士が言う。
「王命でもだ」
空気が凍る。
命令を拒む言葉だった。
兵士の顔が青ざめる。
「殿、それは――」
「分かっている」
男は静かに言った。
その声には、覚悟があった。
「それでもだ」
彼は私を見る。
感情が、はっきりとそこにある。
「私は、君を奪うためにここへ来たのではない」
風が吹く。
旗が大きく揺れる。
村人たちが息を詰めて見ている。
私は考える。
順番。
この村は、もう並べる。
怒鳴りながらでも、並ぶ。
完全ではない。
でも、崩れない。
私は言った。
「行く」
鎧の男の目が揺れる。
「だめだ」
「順番」
それだけだった。
世界の順番が、今は向こうにある。
彼は何も言えなくなる。
怒りでも、命令でもない。
ただ、苦しそうな顔だった。
やがて彼はゆっくり息を吐いた。
そして言った。
「……なら」
声が低くなる。
「私が連れて行く」
兵士たちが一斉に頭を下げる。
村人たちはまだ黙っている。
誰も納得していない。
それでも、列は崩れない。
夕日が瓦礫の上に落ちる。
村はまだ壊れたままだ。
それでも、順番だけは残っていた。
私は思う。
ただ、面倒を見ただけなのに。
それが、こんなに遠くまで続くとは思っていなかった。
思えば遠くまで来たもんだみたいな感じに。




