第六話 連れて行くという命令
第六話です。
旗は風を切り、馬は息を荒く吐いていた。
村の入口に並んだ兵は整然としているが、その整然さ自体がこの場所には異質だった。
瓦礫と煤と焦げ跡の中で、磨かれた鎧はあまりにも浮いている。
村人たちは列を崩さないまま、しかし視線だけは揺れていた。
期待、警戒、怒り、祈り。
どれも抑えきれていない。
鎧の男が一歩前に出る。
兵士たちが一斉に膝をつく。
土が沈む音が、はっきりと響いた。
「お迎えに上がりました」
先頭の男の声は低く、震えを押し殺していた。
叱責を覚悟している声だった。
「報告は後だ」
鎧の男は短く言う。
だが、その声の奥にある立場は隠せない。
村人たちの間に、波のようなざわめきが広がる。
「あの人……」
「やっぱり……」
言葉になりきらない理解が、空気を重くする。
私は列の端に立ったまま、器を持ち直した。
水はまだ半分残っている。
先頭の兵士が、視線をこちらへ向けた。
一瞬の計測。
村の状態。
並ぶ人々。
そして、列を作った中心。
視線が止まる。
「……殿」
兵士は鎧の男へ向き直る。
「王都より命が出ております」
風が強くなった。
旗が大きく揺れる。
村人たちが息を詰める。
「生存が確認され次第、速やかに帰還を。
そして――」
兵士は、ためらった。
それでも、言わなければならない顔だった。
「この地の統治を立て直すため、
あなたを支えた者を同行させよと」
空気が凍る。
視線が、一斉に私へ向いた。
私は器を地面に置いた。
こぼれないように、静かに。
「……誰のことだ」
鎧の男の声が低く落ちる。
兵士はまっすぐ答えた。
「村をまとめ、秩序を維持した者。
殿の命を救い、列を作った娘と聞いております」
村人の一人が声を上げた。
「ちょっと待て!」
怒鳴り声だった。
押さえきれない声だった。
「何の話だよ! この子は――」
別の女が続く。
「この子がいなかったら、今ごろ皆バラバラだったのよ!」
感情が溢れ、列が揺れる。
怒り。
恐れ。
奪われるという直感。
私は言った。
「並んで」
大きな声ではない。
それでも、揺れていた列が止まる。
村人たちは、まだ荒い呼吸のまま、しかし位置に戻る。
怒りを抱えたまま、立つ。
兵士の目がわずかに見開かれる。
命令ではない。
怒号でもない。
それでも止まった。
鎧の男が、私を見た。
「行く必要はない」
即答だった。
迷いのない拒絶。
「命令だ」
兵士が言う。
だが声は強くない。
主の意思を測っている。
鎧の男は一歩前へ出る。
「この村はまだ整っていない。
私は残る」
兵士の顔色が変わる。
「王命です」
王命という言葉は重い。
それを持ち出すしかない顔だった。
村人たちのざわめきが再び膨らむ。
「連れてくって何だよ!」
「どこへだ!」
「戻ってくるんだろうな!」
怒りは正しい。
だが、怒りは順番を乱す。
私は前に出た。
「水は子どもから」
誰も動かなかった。
今は水の話ではない。
私は兵士を見る。
「いつ」
「……三日以内に」
「移動は何人」
兵士が一瞬、言葉を失う。
質問が感情ではない。
手順だと理解するまでに、時間がかかった。
「護衛を含め十」
「馬は」
「六」
計算する。
距離、時間、食糧。
鎧の男が低く言う。
「君は行かない」
私は彼を見る。
怒っている。
だが、怒りの矛先は兵士ではない。
私を奪われることへの怒りだ。
「ここはまだ終わっていない」
私は言った。
「分かっている」
彼の声が少し荒れる。
「だからこそだ。
君がいなければ、私は戻れない」
感情が剥き出しだった。
村人が息を呑む。
私は考える。
順番。
この村は、今、私がいなくても並ぶか。
列は出来ている。
水の位置も、配給の分け方も、共有された。
完全ではない。
だが、崩れない。
「三日」
私は兵士に言う。
「その間、ここを整える」
鎧の男が何か言いかける。
私は続ける。
「終わらせる」
彼は黙った。
止めたい顔だった。
だが、止める言葉が見つからない顔だった。
村人の一人が、私の腕を掴む。
「行くのか」
震えている。
「順番」
私は答える。
「今は、向こう」
それだけだった。
風が強く吹き、旗が鳴る。
世界が、村を引きずり出そうとしている。
鎧の男が、ゆっくりと私の隣に立つ。
触れない。
だが、明確に並ぶ。
「……必ず戻す」
低く、強い声だった。
約束というより、誓いだった。
私は頷かない。
ただ、器を持ち上げる。
水は、まだ足りている。
この話は、50話くらいになると思います。




