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『面倒をみただけでした。』(連載版)  作者: くろめがね


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第四話 名前の重さ

4話です。

夜の風は、思ったより冷たかった。


火を囲む子どもたちは、布にくるまりながら眠っている。

小さな寝息が重なり、村はようやく静かになった。


私は残りの水を数えていた。

器の縁に指をかけ、目盛り代わりに高さを見る。


足りる。

朝までは。


背後で鎧の擦れる音がした。


「起きていたのか」


「眠くない」


彼は少し迷ってから、火の向こう側に座った。

距離は一人分。近すぎず、遠すぎない。


しばらく、言葉はなかった。

薪が弾ける音だけが続く。


「……君は」


彼が口を開きかけて、止まる。

言葉を選んでいる顔だった。


「何」


「いや、やめておこう」


珍しく、彼が引いた。


私は水の器を並べ直した。

考えごとをしている人間は、沈黙を長くする。


やがて彼が、低い声で言った。


「私は、名を名乗っていなかったな」


「聞いてない」


「聞かれなかった」


「必要なかった」


彼は少しだけ笑った。

苦い笑いだった。


「……私は、領主家の次男だ」


焚き火の光が揺れ、彼の顔を半分だけ照らした。


「名は、――」


言いかけて、止まる。


その瞬間、私は理解した。


その名前は、ここでは重すぎる。


「言わなくていい」


先に口を出した。


彼が驚いた顔をする。


「なぜだ」


「名前は順番を変える」


子どもも大人も、同じ列に並んでいる。

そこに、重い名前が落ちると、列が歪む。


彼はしばらく黙っていた。

焚き火の向こうで、視線だけが揺れる。


「……君は、本当に」


続きを言わず、首を振った。


代わりに、彼は少し身を乗り出した。


「では、君の名を教えてくれ」


「呼ばなくていい」


「私は呼びたい」


その言葉だけ、少し強かった。


私は答えなかった。

名前を渡す理由が、まだ見つからない。


沈黙が落ちる。


遠くで、誰かが寝返りを打った。

布が擦れる音がする。


彼は息を吐き、少し肩の力を抜いた。


「……分かった。今は聞かない」


納得ではない。

待つという選択だった。


そのあと、彼は小さな木片を差し出した。


削られたばかりの、粗い人形だった。

形は不格好だが、腕と足がついている。


「子どもが作れと言ってな」


「上手」


事実を言っただけだった。


彼は少しだけ照れたように視線を逸らした。


「君は……褒めるときも、静かだな」


「事実」


「それが、妙に嬉しい」


感情は彼の方で膨らんでいく。

私はそれを止めない。


夜風が吹き込み、火が揺れた。

子どもが一人、寝言を漏らす。


彼はすぐに立ち上がり、布を直した。

手つきが、前よりも慎重だった。


守ろうとしている。

でも、順番を壊さない位置で。


戻ってきた彼が、私の隣に腰を下ろした。

さっきより、少しだけ近い。


触れない距離は、守られている。


「……私は、命を救われた」


低い声だった。


「だから、君を守るのは当然だと思っていた」


私は何も言わない。


「だが、違うのかもしれない」


彼は火を見つめたまま続ける。


「君は、守られる場所にいない」


言葉が、静かに落ちた。


私は器を一つ、少しずらした。

朝の順番を思い浮かべながら。


「皆、同じ場所」


それだけだった。


彼は長く息を吐き、少しだけ笑った。


「……本当に、難しい人だな」


答える必要はなかった。


火が小さくなり、夜は深くなった。


私は思う。


この人は、やっぱり重い。

でも、前より少しだけ、置き方を覚えてきている。


それで十分だった。


誤字脱字はお許しください。

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