第二話 重さの正体
第二話です。
男が目を覚ましてから、村の空気は少し変わった。
良くなったわけではない。
ただ、重さの向きが変わった。
それまでは、瓦礫と泣き声が重かった。
今は、それに加えて、生き延びた鎧が一人分、増えただけだ。
「……水を、もらってもいいか」
声は低く、遠慮がちだった。
頼み方を知っている人間の声だった。
「一杯だけ」
私は器を渡した。
順番は守る。例外は作らない。
男は両手で受け取り、こぼさないように飲んだ。
喉を鳴らす音が、やけに大きく聞こえる。
「礼を言う」
「聞こえた」
感謝をどう扱えばいいか、私は知らない。
受け取っても、返す場所がない。
男はそれ以上、何も言わなかった。
だが、視線だけが残った。
私を見ている。
ずっと。
落ち着かない理由を、言葉にする必要はなかった。
その日から、男はよく起きている時間に、私の近くにいた。
邪魔はしない。
手も出さない。
ただ、見ている。
子どもが水を取り合えば、男の眉が動く。
大人が声を荒げれば、鎧の指が無意識に腰へ伸びる。
「怒鳴らない」
私がそう言うと、男は一拍遅れて動きを止めた。
「……ああ」
納得したわけではない顔だった。
理解しようとしている顔だった。
人は、理解できないものほど、真剣になる。
「君は、皆の世話をしているんだな」
昼過ぎ、男はそう言った。
褒めるつもりの声だった。
「できる人がやるだけ」
「他にも、できる者はいるだろう」
「今はいない」
それで話は終わった。
終わらせたつもりだった。
男は黙り込み、しばらくしてから、また口を開いた。
「報酬は?」
「ない」
即答だった。
考える必要もない。
男の顔が、少し歪んだ。
痛みとは違う。困惑に近い。
「……それでは、割に合わない」
「生きてる」
それだけで、十分だと思っていた。
男は、それを受け取らなかった。
「君は、自分のことを後にしすぎだ」
「後にしないと、先が詰まる」
私が言うと、男は何も言えなくなった。
納得ではない。
押し黙るしかなかっただけだ。
夕方、子どもが一人、泣き止まなかった。
理由は単純だった。
母を失ったばかりで、夜が怖い。
抱きしめればいい。
そう思う人間は多い。
実際、周りの大人たちは困った顔で立っていた。
私は、布を一枚渡した。
「ここ」
火の近くを指す。
「ここで寝る。順番は一番」
それだけで、子どもは泣き止んだ。
完全ではないが、息が整った。
男が、その様子を見ていた。
「……それで、いいのか」
「今は」
私はそう答えた。
永遠の話は、誰にもできない。
夜になり、簡単な寝床を作った。
布の数は限られている。
男は、子どもたちの一番外側に横になった。
「そこは寒い」
私が言うと、男は首を振った。
「構わない」
構わないという言葉は、信用できない。
だが、押し返す理由もなかった。
横になったまま、男が言った。
「君は……名は?」
少し遅かった。
だが、聞き方は慎重だった。
「呼ばなくていい」
「……そうか」
残念そうだった。
それを隠そうともしない。
暗闇の中で、男の呼吸が聞こえる。
生きている音だ。
私は思った。
この人は、重い。
助けた命が重いのではない。
助けられたことを、抱え込んでいるのが重い。
夜は、まだ長かった。
誤字脱字はお許しください。




