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第6話


 それから、陽乃の食べたいもの全てに輝樹は付き合ってくれた。

 イカ焼き、唐揚げ、きゅうりの浅漬け、肉串、ベビーカステラ、チョコバナナを順に制覇し、締めはかき氷で口と身体を冷やした。

 一つ一つの量はそこまででもなかったが、沢山の種類をこうも短い期間に食べると流石に空いていたお腹もいっぱいになる。


 あれから食べている間も何となく気まずい空気があり、味の違うものがなかったというのもあるが、たこ焼きの時のような食べさせ合いの交換はお互い最後までできなかった。


 「……結構いっぱい食べたね〜。テルくん、大丈夫?」

 「ん、大丈夫。ここでいっぱい食べると思って昼抜いてきたから、腹減ってたんだ」


 陽乃と比べて、実は輝樹の方が少食である。同じものをここまで同じ量食べていることに陽乃は違和感を覚えていたが、こういう絡繰があったのかと納得した。


 「え、ええ! そんな、気を使わなくても……!」

 「いや。どうせならここで俺もいっぱい食べたいし。それに、なんて言えばいいか……その」


 輝樹が陽乃を見ると、当然のように彼女と目が合う。改めて認識する陽乃の可愛さと、目が合っている気恥ずかしさに負けそうになりながらも、輝樹は言いたいことを伝えた。


 「陽乃が食べてる時俺も食べてたい、というか……陽乃が美味しいって感じるものを、俺も近くで美味しいって一緒に思いたいから……」

 「テルくん……」

 「ほら。折角のお祭りなんだから、陽乃が食べたいものを食べて、やりたいことをしたらいい……と思う。うん」

 「えへへ、ありがとう。とっても嬉しいです」

 「ん……なら、良かった」


 軽い足どりの陽乃に着いていきながら、輝樹は食べ終わったかき氷の器をほぼ満杯のゴミ箱に捨てる。

 この後のスケジュールを再確認すべく、陽乃はスマホを見た。


 「えっと……美紋ちゃんたちとの集合時間って、七時二十分だったよね」


 陽乃たちは友達である美紋のグループと後に合流する予定になっている。七時三十分から始まる花火の打ち上げを一緒に見ようという話になっていた。


 「うん。それまで、もう少し時間あるな。ちょっと何かで遊んでくか」

 「うん、そうだね!」


 方針が決まった二人は、屋台が並ぶ大通りへと戻っていく。適当にぶらついていると、一際人だかりができていた屋台があった。


 「……」

 「ん? テルくん、どうしたの?」

 「いや……何でもない」


 行こう、と彼女の手を引く輝樹だったが、少し気になった陽乃は立ち止まって背伸びをする。


 「金魚……と、ヨーヨー?」


 見えたのは、水中にある景品を掬って獲得する系統の屋台。

 金魚にヨーヨー、スーパーボールなんかも景品としてあるようだ。かなり人気らしく、主な客層として家族やはしゃいで遊んでいる子供達がいた。


 「テルくん、やりたいの?さっきも見てたけど」

 「い、いやいや。もう高校生だし。流石にいいよ、ああいうのは」

 「え、そうかな。別に高校生だから大人だからって、そういうこと気にしなくてもいいと思うけどな」


 高校生は多感な時期。体面をよく見せたいプライドが余計に大きくなってしまい、純粋な衝動を邪魔をしてしまうのだ。


 「いや、その。色々あるんだけど。俺が思ってるより、俺は陽乃にコイツ子供っぽいなーとか思われたくないっぽいというか……」

 「ふふ、思わないよぉ。ほら、今通り過ぎた大人の人だって水ヨーヨーばすばすやってるよ」

 「んん……」


 輝樹が余計なことを気にしてる間、陽乃はテルくん可愛いとしか思ってないので、彼の心配は実は杞憂である。


 「……さっき、私にやりたいことしていいって言ってくれたよね。それがすごい嬉しくて。だからね、私も同じ気持ちなんだよ。私も、今日をテルくんに思いっきり楽しんでほしいんだ。テルくんに後悔、してほしくないから……」

 「陽乃……」

 「ね、行こうよ! 楽しそうだよ、私もやってみたいし!」


 弾むような声で笑顔を浮かべ、手を引っ張ってくれる陽乃。

 この時、ああ……この人と付き合って本当に良かったなぁと心の底から思う輝樹だった。


 「あの。すみません」

 「お、お嬢ちゃんたちもするかい。一回三百円だよ」


 屋台の店主に声をかけ、お金と引き換えにポイとかごを貰う。金魚、ヨーヨー、スーパーボールから好きなものを選び、ポイが破れるまでどれでも好きなものを掬っていいシステムになっているそうだ。


 「へぇ、選べるんだ! 面白いね!」

 「ん……ヨーヨーの場合は破れてないポイとクリップが付いてる釣竿を交換、か。よく出来てるなぁ」

 「じゃあ、私スーパーボールやろっかな。テルくんは?」

 「そうだな……じゃあ、ヨーヨーで」


 どうせなら一緒にやろうということで、まずは陽乃から、次いで輝樹の順番になる。

 勝負の時間は一瞬で過ぎ、結果的に二人の手元にはスーパーボール三つとヨーヨー二つだけが残った。


 「いや〜〜、結構難しかったねぇ」

 「くそ、一個しか取れなかった……」


 戦果の詳細として、陽乃は二つの小さなスーパーボール、輝樹は一つのヨーヨーを獲得した。そんな小さな戦利品を鞄にしまいながら、陽乃は近くで人だかりを見かける。


 「わ、すごい。見て。あそこ、金魚めっちゃ取ってる人いる」

 「ん……あれか。本当だ。どうするんだろうな……あんなにたくさん」

 「どうなんだろ。お店の水槽に戻すのか、それとも飼うか……あ、もしかしたら、金魚研究家の人かも」


 そんな適当なことを言いながら、二人はその場を後にした。


 「金魚掬いっていう選択肢もあったけど、軽率に持って帰れなくなっちゃったからな……」

 「確かに。そうだねぇ」


 ボールやヨーヨーと違い、金魚は生き物である。小さい頃はそこの道理がまだ不安定で、欲しいという衝動だけで動いていたが、流石にこの年になると責任を持つことの重要さを二人は理解している。


 「小さい頃兄貴がそれこそお祭りで取ってきて飼ってたんだけどさ。数ヶ月で死んじゃって」


 金魚すくいの金魚は、掬われている時だけでなく家に持って帰る間にもストレスをかけてしまう。だから家に着いてからもそこまで元気ではなかった、と輝樹は思い出しながら語る。


 「それが結構ショックでさ。兄貴と二人でお世話してた時、なんだかんだ楽しかったからなぁ……それから軽率に生き物飼うの、やめになったんだ。ウチマンションだし、難しくて」

 「そうだったんだね。偉いなぁ、テルくんは。ちゃんと責任感あって」

 「そんなことないよ。もし責任感があったら、もっとちゃんと金魚について調べてたと思うし、もっと長生きさせてあげられたからさ……」


 輝樹の目に、哀愁の影が差す。物悲しそうにヨーヨーを弾ませる彼は、少し幼く見えた。


 「それって、テルくんまだ小学生の時だったんでしょ? そんなに責めなくても……」

 「うん。だからまあ、その金魚の為にも次があればもっとちゃんとお世話するよ。ありがとな」

 「……! うん!」


 輝樹の癖として、自分を卑下する傾向がある。それが今日も何回か言動として表れていたが、今回は陽乃がフォローしなくても大丈夫そうであった。きっと、自覚した上で自分で前向きになろうと努力しているのだろう。それが今日の時間を楽しくする為の改善だと思うと、無性に陽乃は嬉しくなるのであった。


 「そういや、陽乃は何か飼って……なかったよな。確か」

 「うん、ないね。あ、いや……親が大きい犬飼ってた事あったけど、私が小さい時にもう亡くなっちゃって。そういう意味で、今はいないかなぁ」

 「それは初耳だな。じゃあ、もし何か動物飼えるとしたら……やっぱり犬か?」

 「んー、かもね。猫でもアリかな。可愛いもんね」


 陽乃も輝樹も、時間を潰す時は動物系の動画をよく見る。動物たちの愛くるしい姿や仕草は単に癒されるだけでなく、話題にもなるためお互い共通のチャンネルを登録しているのだ。


 「テルくんは犬か猫だったら確か猫派、だったよね」

 「そうそう、犬は……その。吠えられるのが苦手で……」

 テルくんは犬みたいなのに可愛いと陽乃は思ったが、あえて口にしない判断をした。


 「まあ、将来何かしらは飼ってはみたいけどな」

 「ハムスターとかなら飼えそうだよね」

 「あー、確かに。犬ほど世話も大変じゃなさそうだし」

 「ハムスターだったら吠えないし、マンションでも飼えるしね!」


 こう会話が弾んでいると、ハムスターの動画を見たくなってくる陽乃。今度二人で動物系のカフェに足を運ぶのもかなりアリだな、と密かに彼女は思った。


 「でも、二人で飼うってなったらテルくんだけにお世話させられないな……」

 「え、いいよ。俺世話するの好きだし」

 「ふふ、めっちゃ想像できる。ちっちゃい動物お世話してるテルくん」


 小さいもふもふに囲まれている輝樹を想像して、陽乃のSAN値が全回復する。このままだと妄想が止まらなくなってしまいそうなので、この危険なコンボは封印しようと決めつつ、陽乃は今隣にいる彼と会話を繋げることでそれを無理やり中断した。


 「私の家でも飼えるけど……飼うなら、どっちがどうお世話する問題はあるかもね」

 「あー。どうしような……」

 「「…………」」


 二人の脳内にイメージとしてあるのは、奇しくも同じビジョンだった。


 ((一緒に住んじゃえば、それも解決なのでは……?))


 少し大きなリビングルーム。そこの隅っこにあるケージの中で、カラカラと音を立てて回し車を回しているハム。ふとハムが足を止めたかと思うと、その回転と一緒にくるくる回ってしまったりして。

 いつも見ている動画の中のような、微笑ましい光景を二人で眺めながら、朝の支度をする。

 そんな生活を数秒妄想したところで、二人の意識は現実に帰ってきた。


 「……と、とりあえず! いつか、一緒にお世話出来たらいいね……!」

 「お、おう……!」


 まだあるとしても全然先の話なのに、こんな妄想を……! と穴があったら入りたくなっている陽乃に対し、輝樹は一人、考え込んでいた。


 (……陽乃は、この先俺と一緒にいて良いのか……)


 先ほど夢みた生活が出来たら、どんなに良いかとは彼も思う。しかし、それは果たして陽乃の幸せにきちんと繋がっているのだろうか。自分がどんなに努力しても、陽乃にとって理想的な相手はもっと他にもいるだろう。

 もう完全に黒に染まった空をぼんやりと輝樹が眺めていると、スマホを見た陽乃の声で意識を戻される。


 「わ、もうこんな時間。もう皆集まってるかな」

 「ああ、そういえば……」


 前の屋台が終わった時点で足はもう集合場所に向かっているので、時間には間に合いそうである。

 そう思った矢先に、道の奥に見知った顔ぶれが見えてきた。


 陽乃と輝樹が一緒に花火を約束をしていたのは、仲が良い同級生と生徒会のメンバー。女性陣は全員美麗な浴衣に身を包み、髪型も変わっているので一瞬判別がつかなかったが、彼女達と一緒にいる男子達は殆ど私服だったのですぐに確信が持てた。

 一直線にそのグループに向かっている二人に気づいたのか、輪の中にいる長身の男が目を細めながら浮ついた声を飛ばしてくる。


 「お、あれ輝樹じゃね⁉︎ おーい、こっちこっち!」


 彼の一声を皮切りに、他の面々も陽乃たちの存在に気づく。集まっている人数からして、陽乃と輝樹以外はもう全員いるようであった。

 長身の彼に思っているよりも早く見つけられていたのか、早速二人に洗礼が入る。


 「ヒューヒュー、さっき手繋いでたろ! アツいねえ、お二人さん!」

 「ちょっとそこ。からかわないの」


 ニヤニヤと陽乃達を見て冷やかす彼に、肘打ちと共に注意する美紋。良いところにいいものを喰らってしまった彼が脇腹を抑えながら崩れ落ちるそのやりとりを見て、あはは……と苦笑する陽乃と輝樹だった。


 「わあ……美紋ちゃんの浴衣、すごい綺麗……」

 「ふふっ、ありがとう。思ってた通り、陽乃ちゃんもすっごく可愛いよ」


 同時に、男グループに捕まった輝樹の方も盛り上がっていた。


 「輝樹、お前気合い入ってんな! 浴衣いいじゃん‼︎」

 「ああ……まあ、な。どうも」

 「……ふふ」


 照れくさそうに頬をかく輝樹を遠目から見て、なんだか胸が温かくなる陽乃だった。


 「あ〜、ヒノのん‼︎ え、マジ⁉︎ めっちゃ可愛くないっ⁉︎ ヤバ‼︎」


 その甲高い声の方を見ると、軽い足音と共に小さい先輩が浴衣にも関わらず突進してくる。


 「あ、かおるん。やっほ〜」


 ウェーイ、と陽乃とハイタッチをしたかと思うと、薫から舐め回すように全身を見る。


 「うーん、どこを見ても可愛すぎるな……。やっぱりプロデューサー薫の目に間違いはなかったですな!」

 「えへへ。美紋ちゃんとかおるんのおかげだよ。二人とも、ありがとう」

 「にひ、良いってことよっ!」


 満面の笑みとピースをする薫。美紋の方も、微笑みで返事をした。

 てか写真、写真撮ろうぜ! と薫から提案され何枚か三人で映え写真を撮った後、輝樹が視界に入ったのか、彼女の興味レーダーがそちらに向いた。


 「え、あれピ? いいじゃんいいじゃん! 浴衣じゃん!」

 「えへへ……でしょ?」


 またテンションが上がり、ぴょんぴょんと跳ねる薫。輝樹が褒められているのを聞いて、なんだか陽乃は自分のことよりも嬉しかった。


 「ってことは、浴衣でお揃いで来たんだね。ふふっ、素敵」

 「……! うん、うんっ! そうなの、すっごい楽しくてね! テルくんがね!」


 その場のテンションもあったのだろう。美紋の問いに対して完全に火がついてしまったのか、今回のハイライトをかいつまんで話す陽乃はそれはもう生き生きとしていて良かったと、後に美紋と薫は語る。


 「で、ちゅーした⁉︎」

 「ぶふぅっ⁉︎」


 一通り惚気を聞き終わった薫の口から、急に爆弾が飛び出る。

 あまりに前触れがなかったので、陽乃は思わず咳き込んだ。


 「え、なになに⁉︎ チュー⁉︎」


 どうその単語を拾ったのか、少し離れていたにも関わらず反応した男共も群がってくる。

 陽乃の困っている様子をいち早く察した美紋は、顔を顰めながら彼らを腕ではらった。


 「あー‼︎ はいはい散れ男共‼︎ 先輩もこんなとこで余計な事言わんでいい‼︎」

 「えー、だって気になるじゃーん」

 「とにかく黙ってください。ごめんね、陽乃ちゃん。後でこの人にはキツく言っておくから」


 美紋ちゃんは薫のお母さんかぃ! というツッコミを無視しながら、薫の肩を抑え遠くへ連行する。


 「……あ、陽乃ちゃん。一応花火は一緒に見ることにはなってるけど、私たちのことは気にしなくていいし、なるべくコイツらが邪魔しないように私が押さえておくから。今回、せっかくの浴衣で夏祭りデートなんでしょ。だったら、二人で楽しまなきゃ」


 薫を連れて行く時、美紋はすれ違い様に他の人に聞こえないように陽乃に話した。


 「え。美紋ちゃん、でも……」

 「いいの。保井君、良い彼氏だね」

 「……?」

 「ふふっ、後でたっぷりお話聞かせてね」


 彼女はそう言い残し、ウインクを決める。


 「え、何! 薫もそれ聞きたい!」

 「やべ。はいはい、先輩にも後で今の話しますから」


 遠ざかっていく美紋と薫の背中に、感謝の念を込めながら手を振る陽乃。

 実際ここからの予定は皆に合わせるものだとばかり陽乃は思っていたが、美紋の計らいによって花火を見終わった後も、二人で行動して良いらしい。


 美紋や他の友達と一緒にいる時間と、輝樹と一緒にいる時間に優劣をつけたくないし、全然皆と一緒の行動でも構わないと陽乃は思っている。それを美紋も輝樹もわかっていると陽乃は考えているのだが、先の美紋の一言が少し引っかかる陽乃だった。

 同じタイミングで輝樹も男連中から解放されたのか、ふぅと一息ついて陽乃の隣に戻る。


 「あ。ふふ、お疲れ様」

 その様子を見て、陽乃もはにかみながら声をかけた。


 「……ああ。まあ、無事に合流できて良かったな」

 「うん」

 「……あ。陽乃」


 彼がちょいちょいと手で招くような仕草を不意に見せてきたので近づくと、小声で耳打ちをされた。


 「これ見終わったら、その……ちょっと連れてきたいところがあるんだけど、大丈夫か」

 「え……?」


 花火が打ち上がる数秒前の出来事だった。

 


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