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第3話



 そして、今に至る。


 (む、無理だよぉ〜〜っ‼︎ 確かにロマンチックだけど‼︎ む……無理! 無理無理無理ぃ‼︎)


 隣にいるだけで十分心臓が爆発しそうなのに、これ以上のことを想像するだけで倒れてしまいそうであった。


 『陽乃ちゃん。分かってるとは思うけど、先輩のアレ、いちいち真に受けなくていいからね』


 意識をそらせる何かがないかと必死に記憶の中から探していると、あの後美紋がかけてくれた言葉が浮かんでくる。

 (そ、そうだよね。美紋ちゃん。ちょっと遅くても、自分たちのペースで進んでいけばいいよね……?)


 「……」


 とはいえ、と陽乃は目を伏せる。


 (テルくんはどうなんだろう。私と、もっと色んなことしたいって思ってくれてるのかな……)


 輝樹はグループの中で自分の意見をはっきり言う主体性があるわけではなく、どちらかというと自分を周りに合わせる柔軟性がある人だ。

 陽乃が輝樹と交際関係を始めて、二ヶ月と少し。彼女の感覚的に、何となくこういう人かな、とは分かるものの、まだまだ空白な部分が多い。彼自身から、『俺たちはこういう関係にしていこう』だとか、『これがしたい』などの欲やサインがあまりないため、考えれば考えるほど、彼の気持ちがわからない。


 テルくんは本当はもう色々なことしたいのに、奥手で緊張しいな私のせいで思いとどませちゃってるんだったらどうしよう……という不安も同時に込み上げてきて、陽乃は段々と目線が下に落ちてしまう。


 「……陽乃? 大丈夫か」


 そう考え込んでいると、いつの間にか輝樹が顔を覗き込んできていた。


 「え? う、うん! 大丈夫だよ!」

 「いや……なんか、考え事してるみたいだったから。足元、気をつけてな」

 「う、うん。ありがとう」


 駅の階段を登っている途中だったが、確かに慣れない服と靴で気を抜くのは軽率だったかもしれない、と軽く頭を振って雑念を飛ばす陽乃。


 「……あ、その。せっかくの、下駄だからな。最初に鼻緒切れちゃったら、もったいないから」

 「あ……!」


 他のことに気を取られすぎて、意識が向いていなかった。今日のお祭りに向けてお揃いの下駄を注文したのだった、と彼に言われて初めて陽乃は今更ながら思い出す。


 「あ。テルくん、サイズどうだった……?」

 「うん。ぴったりだった。履き心地も、問題ない。陽乃は?」

 「あ、うん。大丈夫。いい感じ」


 良かった、と輝樹が安堵の息を吐くのも束の間。何となく、二人で足元をじっと見てしまう。


 「なんか……いいな。こういうの」

 「うん、いいね。お揃いだね」


 照れ臭くなったのか、頬をかきながら忙しなく目線が動く輝樹。陽乃も胸の辺りがそわそわと落ち着かなくなり、口端がきゅうと締まる。


 思えばこれが、初めてのペアルックだった。買った当時はそうでもないと思っていたが、いざ揃ってるものが目の前にあると、何だかどこかくすぐったくなるような感覚になる二人。


 『──まもなく、電車が参ります。危ないですから、黄色い線の内側に──』


 悪くない居心地の沈黙が続く中、時間になったのか電車のアナウンスが流れる。立っている人がまばらにいる電車に乗り、反対側のドアと座席側の付近の空いているスペースに移動した。


 軽く辺りに目をやると、活気がある若者が多く見られる。夏のシーズンだからかもしれないが、やはりこのようなイベント事があると盛り上がるのだろう。そういえば、現地まで美紋達と一緒に行く流れにもなったが、気を遣って『折角だからお二人で』と美紋と薫が口を揃えて遠慮し辞退した事を陽乃は思い出した。


 浴衣を着て電車に乗るのも初めてのことで新鮮だったが、この時間は他の人も同じことを考えている様子。周りにちらほら可愛い浴衣を着た女の子やお祭りに行くであろうグループが散見され、思ったより疎外感はなかった。


 「……にしても陽乃、早かったな」


 隣にいる着飾った彼女があまりにも眩しいからか、気軽にその和服や身なりについて触れられずにいる輝樹。触れるにしてもワンクッション置くのは必要だろうと、自然を装った会話のデッキを切る。


 「それを言うならテルくんも。歩いてくるの大変だったでしょ」

 「いや。今日は比較的涼しかったし。楽しみだったから、ほんとすぐだった」


 (や、やっぱりテルくんも今日のこと、楽しみにしててくれたんだ……!)


 昨日までのやり取りでそれなりに伝わってはいたが、改めて本人の口から聞くとやはり嬉しさを感じる陽乃。


 「ね、私もすごい楽しみだったから、ちょっと張り切っちゃった」

 「ほんと、すごい伝わってくる。その浴衣も、マジで似合ってて可愛いし……ほんとに」

 「ちょ、ちょっと……照れちゃうよ、そんなに言われても」

 「いや。これはマジでそうだから。眼鏡外して……コンタクト? にしてるのも新鮮だし、そもそもその浴衣の黄色も陽乃って感じがして似合ってるし、髪もさ、ふわふわしててなんかすごい可愛いし……」

 「あ、ちょ、て……テルくん……ここ、電車の中、だから……」

 「ん? あ……っ」


 輝樹は稀に、こういう時がある。陽乃の私服を初めて見た時も、上から下まで感じたことを全部口に出していた。嬉しくはあるが、こうも公衆の面前で言われると流石にこそばゆくなる陽乃であった。


 「っ、ご……ごめんっ……」

 「あ、いや! いいの! すごく嬉しい、ほんとに嬉しいんだけど、その……恥ずかしくなっちゃって。ごめんね……」

 「いや、こっちこそ……その、悪い……」


 自覚したのか、尻すぼみで音量が小さくなっていく輝樹。普段は先ほどのように流暢に話さない彼ではあるが、今回の浴衣に関しては致し方なかった。それくらい、彼にとっては衝撃的だったのだ。


 まず、何といってもその浴衣。淡い黄色は彼女にとても合っており、赤い帯も差し色となってよく映えていた。浴衣に合わせて眼鏡を外したおかげか、くりくりとした丸く大きい目が普段よりよく見える。


 髪もいつものボブカットではなくウェーブがかかったふんわりとした仕上がりで、陽乃が元々持つ大人しさや小動物のような可愛らしさの魅力がさらに引き立っている。さらに、小さな顔の横に添えられた髪飾りのひまわりも全体として見た際のアクセントになっており、上から下まで『陽乃らしさ』が存分に詰まった浴衣姿がそこに体現していた。

 会話が途切れたのを好機と捉えたのか、あ……と意識を切り替えた輝樹が言葉を挟む。


 「いや、まあ。タイミングちょっとズレたけど……その。コンタクト。初めてか? 普段眼鏡だから、最初見た時ほんとびっくりした」

 「あ……うん、今日はコンタクトにしようかなって。つけるのはすごい久しぶりなんだけど、いつぶりかな。それこそ、小学生の時にお祭り行った時以来かも」

 「へえ、それって今回と同じお祭り?」

 「うん、そう。小学三年……だったかな。一回だけ、記念にって。もう、あんまり覚えてないけどね」

 「そうなんだ。今回も、陽乃が同じくらい楽しめるといいけど……」

 「……もう、超えちゃってるよ」

 「え?」

 「ううん、何でもない!」


 丁度、輝樹には電車の騒音が被ってしまい聞こえなかったらしい。元から声がそこまで大きくない陽乃にとっては、こういうふとした時に出てきてしまう本音を隠すには電車内というのは好都合な環境だったのかもしれない。


 「……」


 先ほどの会話で今回のお祭りに行くのが初めてではないと判明し、途端に気掛かりになる輝樹。


 「……テルくん?どうかした?」

 「あ……なんか。逆に、いいのかな……って。こんな可愛い子の隣を俺なんかが歩いちまって」

 「い、いいも何も! テルくんだってすごくカッコいいのに!」


 何を言ってるのか分からない、といった様子で陽乃は目を見開く。

 ベージュに灰色を混ぜたような、落ち着いた色とゆったりとした浴衣の生地は細身な彼の身体ととてもマッチしており、下ろしている後ろ髪を結っている事から、時折チラリと見え隠れするうなじが普段の彼とのギャップを生み出していた。

 加えて、彼がいつも着る服では見えない首筋と鎖骨、胸元、そして腕の一部に彼女の目はつい惹きつけられてしまう。特に、肩から腕にかけて裂けている布を千鳥がかりのように太めの糸で縫っているこの服の仕様に陽乃は心からの感謝をした。


 「え……いや。俺は、別に……」

 「そんなことないもんっ!」


 彼女にしてはやや大きな声が口から飛び出ていたと本人が気づく頃には、電車の中の雑音の中でも目立ったものとなってしまう。不意に向けられる幾つかの視線に、思わず陽乃は肩を縮こませた。


 「声、大きいの出たね」

 「い、言わないでぇ……恥ずかしいから……」


 茹で上がった顔を長い袖で隠しながら、先ほどの失態を忘れるべく話題を変える。

 「……て、テルくん、今日髪結んでるんだね」

 「あ……うん。何となく、さっぱりするかなって。そういう陽乃も、いつもと違うよな。なんかこう、ふわふわしてる感じ」

 「う、うん。私も今日の髪型どうしようかなってちょっと悩んでて。結んだり、お団子とかも考えたけど……結局この髪型に落ち着いたんだ」

 「結んだり、お団子……か」

 「え。もしかして、そっちの方が良かった……?」

 「い、いやいやいや全然! 今がベストだよ、うん!」


 あ。ただ、と輝樹は目を逸らす。

 「……その。そっちの髪型の陽乃、というか。色んな陽乃も見て見たさ……は、あるかな」

 「……」

 陽乃の沈黙。瞬間、彼の顔から血の気が引いた。


 「あ、悪りぃ……! 欲張りだよな、せっかくこんなに可愛くしてくれたのに、軽率だった。ごめん……!」


 両手を合わせ、必死に頭を下げる輝樹。対して、陽乃はその一連の様子をじっと見ていた。


 「ううん。嬉しい。ふふ、じゃあまた来年も行かないとだね」

 「……!」


 失言した焦りが大きかったからか、罪悪感から解放され輝樹は安堵の息を漏らす。ただでさえ自分には魅力がないのだから、発言にはより気をつけなければと彼は気を引き締めた。

 その一方で、陽乃は焦ってるテルくんも可愛いな……と初めて見る彼の浴衣姿を堪能していた。根本的な彼の優しさは揺るがないと陽乃は信じているため、そもそも何を言われようと彼女はそこまで気にしていないのだ。

 一テンポ遅れて、今来年も、って……⁉︎ と目を見開き発言を意識する輝樹。そんな彼と目が合ってしまい、くすぐったくなった陽乃ははにかみながら目と話題を少し逸らす。


 「そもそも私たちさ。こういうイベントごとって、あんまり行かないよね」

 「……ああ。そう、かもな。うん。そうだな」


 週に一回の通話も、大部分が本の感想会だったりすることはよくある。前のデートも図書館で本を読んで、その感想会だった。

 中学生の時は本の世界にどっぷり、受験勉強をしていたら終わっていた。高校に入った今でも、本の虫である陽乃にとってこのような催し事は何か理由がない限り、自発的に赴かないだろう。


 輝樹の方も中学受験、高校受験で主に勉強している期間が一日の中で長かった人間である。お祭り事よりも課題や予習、翌週の小テストのことに手をつけていたら高校受験が終わっていた。だからこそ友達との会話も基本的に少なく、自信がないような喋り方が高校に入っても中々直らない。


 お互い友人はいないわけではなかったが、その友人もまた進んでお祭りに行くような人たちではなかった。催事の存在は知っているがお互い行く機会がなく、そもそも行く理由の方が思い当たらなかった二人である。


 しかし、今回は。 


 今回からは、と陽乃は思う。


 「人混みとか正直、今でも苦手……だけど」

 顔を少し上げるだけで、簡単に混ざる視線。


 「でも。テルくんとなら、いろんなとこ行ってみたいなって……」

 「……っ!」


 浴衣姿からの、上目遣い。身長差の関係で彼女の顔を見下ろしていた輝樹からすれば、たまったものではなかった。

 どう返すか輝樹が必死で頭を動かしているところに、丁度降りる駅のアナウンスが入る。


 「あ。い、行こっか……」

 「あ……お、おう」


 降りる人の流れに身を滑り込ませ、やや急ぎ足になりながら二人は電車を降りた。

 


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