俺だけが持つ、世界最強の宝
この世界には、「嘘」というものが存在しない。
誰も疑わない。誰も裏切らない。誰も言葉を曲げることをしない。
だから、言葉は神聖だった。
だから、言葉は力だった。
――そして俺だけが、その言葉の意味をねじ曲げることができた。
*
10歳の俺は、村の広場でパンを盗んだ。
腹が減って、どうしようもなかった。ただそれだけだった。
「おい、リアム。パンを盗ったのか?」
村の男が俺の前に立ちはだかる。
その声は優しいが、もし盗みを認めたなら、罰は免れない。
心臓がドクドクと音を立てる。汗が背を伝う。
(終わった……俺は終わった……)
けれど、その瞬間。
俺の口は、勝手に動いた。
「……盗ってない。」
小さな声だった。震えていた。それでも――
「そうか。なら、いいんだ。」
男は微笑み、俺の頭を撫でて去っていった。
(……え?)
俺はその場に立ち尽くした。
俺の言葉は、真実として受け止められたのだ。
*
それから何度も試した。
「俺は宿題をやった」
「先生に許可をもらった」
「怪我をしていて走れない」
すべて信じられた。
誰も疑わなかった。
そして、俺は気づく。
(俺だけが持っている……世界最強の力。それが、この“嘘”だ。)
この世界で、誰も持たない力。
言葉をねじ曲げ、真実を創り出す力。
そのとき、俺の中に炎が灯った。
(この力で……俺は、世界を手に入れる。)
⸻
俺は知らなかった。
その「嘘」という力が、世界を変え、やがて俺自身をも飲み込んでいくことを――。