第97話 誤解と謝罪
静まり返った森の奥で、異様な光景が広がっていた。
数人の探索者たちがロープで縛られ、地面に座らされている。
そのすぐそばに、土下座している若い女性の姿があった。
「えっと……とりあえず、立ってもらってもいいですか?」
ユークは、女性に土下座させているという状況にバツの悪さを感じながら、少し困ったようにその女性に声をかける。
「はい……」
土に額をつけていた女性は、素直に立ち上がると、膝についた汚れを手で軽く払った。
「それで……“間違えました”っていうのは、どういう意味なんですか?」
ユークは、彼女が土下座した理由を尋ねる。
「それは俺たちも聞きたい。なんでアンタが出てくる? いつもの横取り野郎どもじゃねぇのか?」
縛られている男たちの中でもリーダー格の男が、土下座していた彼女を鋭く睨みつけた。
「ええっと……私たち、このあたりを拠点にしてるグループなんです。で、今日は私のパーティが見張りの担当で……」
女性はそこで言葉を切り、視線を落とした。
「仲間が、下の階から上がってくるあなた達を見つけたんですが……今日の狩りの担当であるボルダーに報告する前に、先に私のところへ来てしまって……」
ボルダー――ユークたちを襲った茶髪の男のことだろう。
「……おい待て。俺のところに連絡が来なかったから、横殴りだと判断したんだ! 相手が新人だったとしたら、そりゃ話が違うだろうが!」
縛られたボルダーが、怒り交じりに声を上げる。
ユークは思わず小さくため息をつく。
どうやら連絡ミスによって勘違いされ、襲われたということらしい。実際に攻撃を受けた側としては、冗談では済まされない話だ。
「いや、“間違えました”で済む話じゃないんですけど……」
ユークも珍しく嫌味を含んだ口調で文句を言う。
「なあ、兄ちゃん。この階層に来たのって……今日が初めて、なのか?」
先ほどよりも冷静になった様子で、ボルダーが問いかけてくる。
「……ああ。マンティコアを倒して、そのまま上がってきたところだ」
ユークは一瞬だけ間を置き、静かに答える。
それを聞いたボルダーは目を伏せ、深く息を吐いた。
「……そうか。悪かったな。最近、横殴りの連中が増えてて、イライラしてたんだ。ちゃんと確認すべきだった」
そう言うと、ボルダーは森の奥に向かって声を張り上げる。
「おい、アンダル! 聞こえてるだろ? 出てこい!」
「は、はいっ!」
木々の間から、小柄な少年が現れた。
こげ茶色の短髪に、大きな荷物を背負っている。
「今日の分の“アレ”があるはずだ。取り出して、兄ちゃんに渡してやれ」
「えっ? 渡しちゃっていいんですか!?」
少年――アンダルが驚いたように聞き返す。
「仕方ねえよ。確認もせずに襲った俺たちが悪いんだ」
ボルダーはため息混じりに言い切った。
「わかりました」
アンダルは荷物を下ろし、中を丁寧に探る。
「……あった!」
やがて木箱を取り出し、その中からガラス瓶を確認すると、ユークの元へと歩いてきた。。
「あの……これ、です」
差し出された木箱の中には、透明な液体が入ったビンが入っていた。
「これって……?」
ユークは不思議そうにビンを見つめる。
「霊樹の樹液だ。その量なら二、三万ルーンにはなる。詫びのしるしだ。受け取ってくれ」
ボルダーは真剣な表情でそう言った。
「霊樹の樹液!?」
アウリンが思わず声を上げた。
その瞬間、地面に展開されていた魔法陣がかき消え、準備していた魔法が不発に終わる。
「……あっ!」
ユークが魔法陣の消失に気づき、小さく声を漏らす。
「えっ……あっ……!」
アウリンも少し遅れてそれに気づき、バツが悪そうに表情を曇らせた。
ボルダーは、不自然なタイミングで声を上げた二人を不思議そうに見つめている。
(……まあ、別にいいか)
ユークは小さく息を吐き、セリスに向かって声をかけた。
「はぁ……セリス、ロープを解いてあげて」
「いいの?」
セリスが首をかしげる。
「うん、もう貰っちゃったからね」
軽く木箱を掲げて見せると、セリスは頷いた。
「わかった」
セリスは縛られている男たちのもとへ歩み寄ると、槍を数度、軽やかに振った。次の瞬間、彼らを拘束していたロープが見事に断ち切られ、地面に落ちる。
「うおっ!」
ボルダーが思わず身をすくめ、自分の体を何度も確かめた。傷がないと気づくと、ほっとしたように息をついた。
「すげーな、あんたの仲間」
ボルダーは感心したようにセリスを見たあと、ユークへと顔を向ける。
「……まあね」
ユークは照れ隠しのように笑いながら、ビンを荷物にしまおうとした。
「ちょっと待て。まだしまうな……」
そう言って立ち上がったボルダーが、地面を見渡しながら何かを探し始める。
「おっ、あったあった!」
彼が拾い上げたのは、太くて短い木の枝のようなものだった。
「兄ちゃん。ちょっとそのビン、開けて持っててくれ」
「え……うん、わかった」
言われたとおり、ユークはビンのコルクを外して構える。
ボルダーは木の枝にナイフで器用に切れ込みを入れ、それをビンの口元に近づけた。枝を傾けると、切れ込みから透明な液体が流れ出し、ビンの中の液体が徐々に増えていく。
「えっ、それってもしかして……」
ユークが目を見開く。
「おう。霊樹の樹液さ。この森のトレントは魔石じゃなくて、これを落とすんだ」
ボルダーはにやりと笑った。
「よし、全部入ったな。もうしまっていいぞ」
空になった枝を軽く放り投げながら、満足げに言う。
「えっと……ありがとうございます」
まだ納得しきれない思いも残っていたが、ユークは素直に礼を伝えた。
「気にすんな。この量なら……五千ルーンってとこだな」
「「五千ルーン!?」」
思わず声をそろえたユークとセリスは、顔を見合わせて絶句した。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:思わぬ収入に心が揺れている。
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:霊樹の樹液は美味しいのか気になっている。
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:驚いて声を上げてしまい、魔法が不発になったことを反省中。
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:ユークたちが気を緩める中、一人だけ警戒を怠っていない。
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ボルダー(LV.??)
性別:男
ジョブ:??
スキル:??
備考:準備を重ねた末にマンティコアを討伐し、この階層までたどり着いたパーティーのリーダー。
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アンダル(LV.??)
性別:男
ジョブ:??
スキル:??
備考:ボルダーのパーティーメンバーで、役割は強化術士。ユークたちは各自で荷物を持つが、一般的にはパーティーの荷物は強化術士が一括して管理する。
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