第96話 森の中の襲撃者
「貴様ら! 何様のつもりだッ! 横殴りとはいい度胸じゃないか!」
森の中から現れたのは、肩まで伸びた茶色い髪の男だった。鋭い眼光と引き締まった体つき。その装いは明らかに探索者のものだ。
「だ、誰だ!」
ユークが思わず声を上げる。
その裏で、彼は小声でセリスに尋ねた。
「……敵の数は?」
「右に二人、左に一人、正面に一人」
セリスは手短に状況を伝える。
「なんだその態度は! ……よし、おまえら全員、ただじゃ済まさん!」
正面の男が剣を抜く。それに呼応するように、周囲の茂みからも人影が現れ始めた。
「セリスは右を! ヴィヴィアンは左を頼む! アウリンは魔法準備、俺が正面をやる! 命までは取るな!」
ユークの指示が飛ぶと同時に、男たちが草をかき分けて一斉に突撃してくる。
「まずはそこの女からだ!」
左側から飛び出した男が、アウリン目がけて突進してくる。その構えと踏み込みには、戦い慣れた技量がにじんでいた。だが――
「はい、そこまでよ〜」
その前に立ちふさがったのは、全身を重厚な鎧で覆ったヴィヴィアンだった。
「な、なんだこいつ……」
男は予想外の大柄な鎧姿に驚き、思わず立ち止まってしまう。
「それっ!」
ヴィヴィアンがその隙を逃さず、前方に盾を押し出した。
「ぐふっ……!」
鈍く重い衝撃が男の体を打ち据える。
彼の体は宙に浮き、そのまま背後の木に叩きつけられて崩れ落ちた。反撃の暇も与えられなかった。
「他愛ないわ〜」
ヴィヴィアンは肩の力を抜き、ゆっくりと元の位置へ戻っていく。
一方、右側では二人の男が息を合わせて突撃してきていた。しかし、セリスはその動きをすでに読み切っている。
「やっ!」
セリスが一息に間合いを詰める。
「は!?」
「な、いつの間にっ……!」
気づいたときには、槍の穂先が男たちの視界に迫っていた。
「やああっ!」
槍の石突きが一人の腹部を鋭く突く。
「か……は……」
のけ反った男は、そのまま意識を失い地に伏した。
「こ、このおおお!!」
残る一人が怒りに任せて剣を振り下ろす。だが――
「はぁっ!」
鋭く放たれた魔槍の一閃が、音もなくその剣を両断した。
「ば、ばかな……俺の剣が……!」
断面を呆然と見つめる男
「えいっ」
すかさず槍の柄が、その頭頂部に振り下ろされた。
「がっ!」
男は崩れ落ち、そのまま動かなくなる。
「はぁ……なんだったんだろう、この人たち……」
セリスは小さく息をつき、仲間のもとへと戻っていった。息一つ乱していない様子は、まるで散歩でも終えたかのようだった。
「うおおおおッ!」
茶髪の男が叫びながら剣を振りかざす。
(なるほど、速さはそこそこ……けど)
剣の軌道は鋭く、速度もある。だがユークはわずかも動じず、その一撃を冷静に見据えていた。
脳裏に浮かぶのは、かつて誘拐事件で相対した巨大な猿の姿。
(……あいつと比べれば大したことはないな)
身体をわずかに傾け、男の剣を軽やかにかわす。
「なっ……避けた……だと!?」
驚愕に染まる男の顔を前に、ユークはすでに詠唱を終えていた。
「《ストーンウォール》」
その言葉とともに、地面から石の壁が勢いよくせり上がる。
「ぐっ……!」
反応する間もなく、男の体が壁に弾かれ、宙を舞った。
「がはっ……!」
重力に引かれ、そのまま地面に叩きつけられる。
「セリスは周囲の警戒を。アウリンは魔法を維持、ヴィヴィアンはアウリンの護衛を頼む」
動かなくなった男を見下ろしつつ、ユークは即座に次の指示を飛ばす。
仲間たちは無言で頷き、迷いなく行動へ移る。
戦闘は――わずか一分もかからずに終わっていた。
残されたのは、無傷の探索者たちと、地に伏す襲撃者たちだけだった。
ロープで縛られた男たちが、列になって並ばされている。
「お、お前ら……ただで済むと思うなよ! 後悔することになるぞ!」
その中でも、茶髪のリーダー格の男は、なおも虚勢を張っていた。
「どうするのかしら~?」
ヴィヴィアンがユークに顔を向ける。
「えっと……他のダンジョンじゃ、こういう場合どうしてるんだ?」
ユークが尋ね返すと、ヴィヴィアンは肩をすくめて答えた。
「他のダンジョンでは、襲われたらその場で殺すのが普通ね。中での出来事は罪に問えないから〜」
「ひっ!」
男たちはその言葉に怯え、身をすくませる。
(……できれば殺したくはないんだけどな)
ユークは内心でつぶやいた。
「お、俺たちに手を出したら仲間が黙ってないぞ! すぐに来るはずだ!」
リーダー格の男が必死に声を張り上げる。
ユークはアウリンに目を向けると、彼女は静かにうなずいた。
魔法は発動前のまま維持されている。ユークの強化魔法の魔法陣に紛れて目立たないが、いつでも周囲を焼き尽くせるよう準備が整っていた。
「そもそも、俺たちはこの階層に来たばかりで、どうして襲われたのかもわからないんだけど……」
ユークが素直に疑問を口にすると、男は困惑したように目を見開いた。
「はぁ!? お前、何言って……」
その時、周囲がざわめき始める。どうやら、先ほどの男が言っていた仲間たちが集まってきたようだった。
「ユーク」
セリスが静かに声をかける。
「わかってる」
ユークも表情を引き締めた。
やがて、木の上から一人の女性が姿を現す。
青い長髪を編み込んだハーフアップの髪型。動きやすそうな装備に、一部だけ鎧をまとい、手には長い槍を携えている。
ユークは合図のタイミングを図り、アウリンに小さく視線を送った。額にはうっすらと汗が浮かぶ。
しかし、その次の瞬間――
「ご、ごめんなさいっ!! 間違えました!!」
女性は勢いよく地面に頭をつけて、土下座した。
ユークたちは、その場で呆然と立ち尽くす。
男たちは青ざめ、顔から血の気が引いていく。
(また、ややこしいことになりそうだ……)
ユークはアウリンに警戒を解かせぬまま、深いため息をついた。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:アウリンに大量殺人の合図を送らずに済みそうで、内心ほっとしている。
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:殺気を感じなくなり、戦いが終わったと判断して油断し始めている。
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:いつでも魔法を発動できるよう魔力を維持しており、会話ができない状態。
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:不意の攻撃に備え、周囲への警戒を怠らないよう気を張っている。
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