第95話 包囲
二十階のボスを打ち倒し、ユークたちは達成感を胸に次の階層へと足を踏み入れた。
目の前に現れたのは、想像していた石造りの迷宮ではなく。そこには、青空が広がっていた。
「……空?」
ユークが思わず立ち止まり、空を見上げた。どこまでも澄んだ青が広がっている。流れる雲が陽の光を受けて白く輝き、頬をかすめる風は心地よかった。
足元には柔らかな草が生い茂り、その感触は明らかに土の上だと教えてくれる。
振り返ると、小さな石の建物がぽつんと建っていた。そこから延びる地下への入口こそ、彼らが登ってきた階段だった。
「風が気持ちいい……」
セリスが風に揺れる金髪を押さえながら、穏やかな声を漏らす。
「おかしいわね……今の時間帯だったら、太陽があの位置にあるはずは無いんだけど……」
アウリンは目元に手を当て、太陽の位置を確認していた。短く切りそろえた青髪が、風に揺れている。
「見晴らしはいいけど……そのぶん隠れられる場所が少ないわ。奇襲の心配は薄いけど、油断しないほうがよさそうね〜」
ヴィヴィアンは兜の奥から鋭い目で辺りを見回していた。彼女の仕草から、気を抜いていない様子が伝わってくる。
そのとき、ユークが遠くを指差した。
「ねぇ……あのでっかい木って何なのかな……」
視線の先には森が広がっていた。その奥に、天を突くような一本の巨木がそびえ立っている。遠くからでも幹の太さが異様なのがわかり、周囲の木々とはまったく比較にならなかった。
「……次の階層への道が、あれなのかも。あの木に何か仕掛けがあって、登っていけば二十二階に行けるとか?」
アウリンが腕を組みながら考え込む。眉間に皺を寄せ、真剣な表情だ。
「でも~、それだとこの階って、広すぎる気がしないかしら〜」
ヴィヴィアンが首をかしげ、不思議そうに言う。
「近くまで行ってみようよ。何か分かるかもしれないし!」
ユークが前のめりになって提案する。
「わたしも、ちょっと気になるかも」
セリスが小さくうなずいた。
「待って、ちょっと見るだけの話だったはずよ!」
ヴィヴィアンが声を上げ、慌てて引き留める。
「でもさ、今の俺たちなら危ないことなんてないって!」
ユークは軽い口調でそう返した。完全に油断しているように見える。
「ほんの少しだけ、ちょっとだけだから……」
セリスが両手を顔の前で合わせ、ヴィヴィアンを見上げた。
「だーめ! 約束したんだから一度帰りましょう?」
ヴィヴィアンは腰に手を当て、二人の提案をきっぱり却下する。
「まあ……今の状態なら体力も十分残ってるし、一戦くらいはしてもいいんじゃないかしら?」
アウリンが間を取るように提案し、結局その場で一度だけ戦ってから戻るという案に落ち着いた。
「じゃあ約束よ? 一戦したら、必ず戻ること。今回はそれで譲ってあげるわ」
ヴィヴィアンはため息をつきながらも、しぶしぶ首を縦に振った。
こうしてユークたちは森の中へと足を踏み入れる。
見た目は一見、普通の森だった。だが、耳を澄ませばすぐに異変に気づく。
「……虫の声が、しない」
セリスが低くつぶやいた。普段の森であれば、どこかしらから生命の気配が聞こえるはずだった。
「やっぱりここも塔の一部……本物じゃないってことね」
アウリンが冷静に分析する。《賢者の塔》の魔力によって生み出された、偽物の森――
しばらく進むと、視界の先に異様なものが現れた。
それは一見すると大木だった。だが、よく見ればただの木ではない。
幹は太くねじれ、枝はまるで手足のように広がっている。中央には人の顔のような割れ目があった。
そして、それがゆっくりと動き出す。
「動いた……!」
ユークの一言で、全員が一斉に構えを取った。
「トレント。木の姿をしたモンスターよ! 伸び縮みする腕に注意して!」
アウリンが声を張る。
「いくよっ!」
セリスは魔槍を構えると、一気に距離を詰めた。鋭い横なぎが、怪物の胴を真っ二つに裂く。
「なんか、弱すぎないか……?」
ユークが肩をすくめながら呟いた。
「まあ、私たちよりレベルはずっと下なんだから、当然といえば当然よね……」
アウリンが冷静に返す。だが、セリスの表情は変わらない。鋭い目で周囲を見渡し、槍を握る手にも緩みがなかった。
「はいっ! じゃあ、帰るわよ!」
ヴィヴィアンが両手を合わせて宣言した、その直後。
「囲まれてるっ!」
セリスの鋭い声が響いた。緩んでいた空気が一瞬で張り詰める。
全員が一気に構える。森のあちこちから、得体の知れない気配が忍び寄ってきていた。
「間違いない……何かいるわ。姿は見えないけど、完全に囲まれてる!」
ヴィヴィアンの声には、かすかな焦りが混じっていた。
「どういうこと……? 今までダンジョンのモンスターで、こんなふうに気配を殺して包囲してくるなんて……こんなの、聞いたことないわ!」
アウリンが戸惑いの表情を見せる。ダンジョンの常識を覆すような敵の動きに、思考が追いつかない。
そして――
前方の茂みが揺れた。
全員が構えを崩さぬまま、息をのむ。
そこから現れたのは――モンスターではなかった。
「貴様ら! 何様のつもりだッ! 横殴りとはいい度胸じゃないか!」
飛び出してきたのは、茶色い長髪を肩に垂らした男だった。鋭い眼光に、引き締まった顔立ち。その身なりは、どう見ても探索者のものだった。
敵か、味方か――判断がつかない。
新たな緊張が、その場を満たしていく。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:最近、いろいろなことが起こりすぎて、少し調子に乗ってしまっている自覚はある。
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:さすがに、人を好んで殺したいとは思わない。
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:最悪、周囲を焼き払う準備だけは、こっそりと詠唱しながら進めている。
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:囲まれていたことに気づかなかった事を、反省している。
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