第94話 二十階層の番人
《賢者の塔》十九階
全身が金属でできたモンスター、アイアンゴーレムの剛腕が振り下ろされる。
しかしヴィヴィアンは構えた盾で正面からそれを受け止め、微動だにしない。
「よしっ! 動きに違和感も無いし、問題なく動けるわ〜」
ヴィヴィアンは笑みを浮かべ、軽やかに前へと踏み込む。
以前であれば、衝撃を完全には逃がせず、少しずつ疲労を溜めていただろう。
だが今の彼女は、鉄の巨体の攻撃を真正面から受け止めながらも、その足取りには余裕すら漂っている。
それは装備の性能だけによるものではなく、確かにヴィヴィアン自身の成長の証だった。
「すごいわね……」
「すごく重そうなのに、あんなに素早く動けるのか……」
ユークとアウリンが、思わず声を漏らした。
そんなふたりの驚きをよそに、セリスが疾風のように駆け出す。
狙うは、ヴィヴィアンが押さえ込んだアイアンゴーレムの胴体。
魔槍を構え、一直線に突き進む。
「やぁっ!」
閃光のごとく振るわれた刃が、アイアンゴーレムの身体を斜めに断ち切る。
上半身が滑らかな断面を見せながら崩れ落ちた。
「……すごい。ぜんぜん力を入れてないのに斬れた……ちょっと怖いくらい」
セリスが手にした魔槍を見つめ、戸惑い混じりに呟く。
その切れ味は、彼女の想像をはるかに上回っていた。
断ち切られたゴーレムの破片が、光の粒となって消えていく。
残されたのは、小さな魔石がひとつ、地面に転がっているだけだった。
セリスはひとつ息をつき、魔槍を握り直す。
こうして新たな装備を確かめた一行は、次なる階層――ボスモンスターが待ち受ける二十階を目指して、静かに歩みを進めていった。
《賢者の塔》二十階──
巨大な扉の前に、四人の影が並んでいる。
「ついに……次はボスか」
ユークが静かに言い、扉へ手を伸ばした。
その指先が触れた瞬間、扉は重く軋みながらゆっくりと開いていく。
内部はほの暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。広々とした空間には、音ひとつなく、異様なまでの静けさが支配している。
「……誰もいないのか?」
ユークが辺りを見回しながら、声を落とした。
四人は警戒を緩めず、慎重に一歩ずつ中へ足を踏み入れていく。
だが、異変はない。
まるでただの空き部屋かのように、静けさだけが満ちていた。
「みんな、油断しないで──」
ユークが言いかけたそのときだった。
「上よっ!」
アウリンの鋭い声が響く。
「受け止めるわっ!」
ヴィヴィアンが即座に盾を構えた。
次の瞬間、鋭く尖った爪が盾に叩きつけられ、閃光のような衝撃が走る。
上空から急降下してきたのは、ライオンのような姿をした巨大なモンスターだった。
ライオンの体、コウモリの翼、サソリの尾を持つ、異形の怪物。
「マンティコア……!」
アウリンが迫真の表情で呟く。
「飛ぶとは聞いていたけど、こんなに音も無く飛べるものなの!?」
アウリンが呆れ混じりの声を上げつつ、詠唱に入る。
一撃目を防がれたマンティコアは、空中で羽ばたきながら様子をうかがっていた。
普通のパーティーならば、これだけで大きな脅威となっていただろう。
だが――
「≪ヒートスチーム≫!」
アウリンの火と水の混属性魔法が完成すると、天井に設置された魔法陣から蒸気が噴き出した。
白く濃密な蒸気があっという間に空間を満たし、熱気を含んだ霧が空域全体に広がっていく。
「グルアァァァッ!!」
霧の中から響く唸り声。
マンティコアの姿はもはやはっきりとは見えないが、もがくような気配だけが伝わってくる。
翼を羽ばたかせようとするたびに、熱がまとわりつき自由を奪っていく。
「今よっ! セリス!」
アウリンの声が空気を震わせた。
セリスが意識を集中し、狙いを定める。
「――『フォースジャベリン』!」
彼女が放った魔力の槍が、まっすぐに空を裂いた。
「ガルッ!?」
マンティコアが気づいて体をひねるが、間に合わない。
青白い光が一直線に駆け、マンティコアの翼を貫く。
「ギャッ……!」
叫びを上げた怪物が、体勢を崩し始める。
だが、それで終わりではなかった。
「≪フレイムレーザー≫!」
ユークが続けて詠唱を完了させると、速度を限界まで強化された炎の矢が放たれる。
もう片方の翼を正確に撃ち抜き、激しく爆ぜた。
「ガァァァァ!?」
翼を失ったマンティコアがバランスを崩し、地面へと落下していく。
「ゴルルルル!!」
地面に叩きつけられる寸前、四足を使って着地するものの──
「逃がさないわよ~!」
ヴィヴィアンが立ちふさがるように前へ出る。
盾を突き出し、体重をかけて押し返す。その一撃が、マンティコアの動きを完全に封じ込めた。
「終わり!」
セリスが魔槍を回転させながら振り上げる。
一瞬の溜めのあと、鋭い一撃がマンティコアの首を断ち切った。
数多くの探索者を屠ってきた恐るべき番人は、その猛威を見せることもなく、静かに崩れ落ちたのだ。
マンティコアの姿が光の粒子となり、特別な魔石へと変わる。
それと同時に、部屋の奥に階段が現れた。
「……どうする?」
ユークが周囲を見回しながら問いかける。
このまま上の階へ進むか、それとも戻るか――選択のときだった。
「行ってみたいんでしょ? いいんじゃない?」
アウリンが軽く笑って言葉を返す。
「私は良いよ!」
セリスは力強く答える。
「う~ん。まあ、見に行くだけなら……」
ヴィヴィアンは悩みながらも頷いた。
それぞれの返事は軽いものだった。
普段のような慎重さは見られず、自然と足が階段へと向かう。
心のどこかで期待を抱きながら、一段ずつ階段を上っていった。
そして扉を押し開いた先に広がっていたのは――
「外……?」
ユークがぽつりとつぶやく。
そこには青く澄んだ空が、どこまでも広がっていた。
「どういうことなの……」
アウリンの声が震える。
これまでくぐってきた階層のどれとも違う、まるで別の世界のような景色が、そこにあった。
「わぁ……」
セリスの金色の髪が風に揺れる。
彼女は目を細め、空を見上げていた。
「空が……青いわねぇ……」
ヴィヴィアンがぽつんと感想をもらす。
その穏やかな声に、皆の心が静かに落ち着いていく。
《賢者の塔》の二十一階。
けれど、そこは塔の中ではなく、まるで別の世界だった。
まるで別の場所にたどり着いたかのように――四人は、言葉を失ったまま空を見上げ続けていた。
◆◆◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:今日は朝からダンジョンだったから、久しぶりの空だな。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:風が気持ちいい……
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:……おかしいわ、この時間帯なら太陽はあの位置には無いはず……
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:みんな気が緩んでるわね~ 私が気を引き締めないと……
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




