第91話 すこし豪華な夕食
エウレの邸宅。
「なるほど、それは災難だったね、ユーク君」
ソファに腰かけたエウレが、同情するような目でユークを見つめる。
「ほんとですよ。いきなりすぎて、もうなにがなんだか……」
ユークはため息を吐きながら、ぐったりした表情を見せる。
「どうやらギルドガードは、この前の事件で減った人員を急いで補充したらしいんだけど……やっぱり、質までは追いついてなかったようだね」
エウレは小さく息を吐いて、困ったように首を振る。
「それで、今日はどうしたんだい? アレはまだ出来上がってないが……」
「いえ、今日はこれを返しに来たんです」
そう言ってユークは、背負っていたリュックをごそごそと探り、中から一つの魔道具を取り出した。
「おお、マナトレーサーか。君の役に立ったようで何よりだよ」
エウレはうれしそうに笑いながら、懐かしいものを見るような目つきで手に取った。
「おかげでかなり助かりましたよ。あと、あの爆発する魔道具のことなんですけど……」
「おおっ! 使ったのか!? で、どうだった!?」
目を輝かせて、エウレが身を乗り出してくる。
「思ったより威力が高くて、ちょっと驚きました。まず……」
ユークは慎重に言葉を選びながら、事件の核心には触れないように使い心地を説明する。
「なるほど、表面に引っかかりがなくて滑りやすいと……」
エウレは真剣な表情に戻り、何かをメモしながらうなずいている。
「はい、それと……」
「うんうん、それは面白い意見だ。よし、次に作る時はそのあたりを調整してみよう!」
二人が夢中になって魔道具の話をしている間――。
別室では、セリスとヴィヴィアンが静かにお茶を楽しんでいた。
「なんだか話が長くなりそうね……」
ヴィヴィアンが優雅にカップを傾けながら、苦笑いをこぼす。
「でもこのお菓子、美味しいよ!」
セリスはにっこりと笑い、焼き菓子を口にしていた。
やがて、ユークとエウレの話がようやく終わりを迎える。
「助かったよ。また何かあれば、いつでも来てくれ」
エウレが名残惜しそうに手を振る。
「ありがとうございます。また来ます」
ユークがぺこりと頭を下げ、三人は邸宅をあとにする。
「転移封じの魔道具、まだ連絡来てないみたいだよ」
道の途中、ユークがぽつりとつぶやいた。
「そう……高い買い物だから、もう少し詳しい情報が知りたかったのだけれど」
ヴィヴィアンは不安げに視線を下げ、唇に指を当てた。
「ねえ、それって本当に必要なの?」
セリスが素直な疑問を投げかける。
「今さら、やっぱいらないとは言えないかなって……」
ユークが苦笑交じりに答えると、場がすこし沈黙する。
「そっか……」
「うん……」
「こ、この話はやめにしましょうか! ユーク君、次はどこに向かうの?」
その場の空気を変えようと、慌てたように問いかける。
「ギルドガードの本部だよ。アズリアさんに、二十階より先のことを聞いておきたくて」
ユークが前を向いたまま、落ち着いた口調で答える。
「そうね。アウリンちゃんの情報は、たしかに二十階までしかなかったもの」
ヴィヴィアンもうなずきながら歩を進める。
今まで頼りにしていたアウリンの情報も、いよいよ未知の領域に入ってしまった。だからこそ、事前の情報収集を行っておきたかったのだ。
しかし――。
ギルドガード本部に到着したものの、肝心の人物たちは留守だった。
「すみません、隊長たちはちょうど別任務で外に出ておりまして……」
申し訳なさそうに告げるギルド隊員に、ユークは小さく笑って頭を下げた。
「いえ、気にしないで下さい。こっちの都合で来たことですし」
肩を落としそうになる気持ちを抑えて、努めて穏やかな声を返す。
その場を離れたあと、セリスがぽつりとつぶやいた。
「結局、二人ともいなかったね……」
「まあ、今ごろ忙しいだろうし。こうなることも想定してたけどさ……」
ユークの声は少し沈んでいた。
それを受けて、ヴィヴィアンが明るい笑みで二人を見やる。
「でも大丈夫。今の私たちなら、多少の情報がなくても、きっとうまくやれるわ!」
「うん……アウリンもきっと寂しがってるだろうから、早く帰ろう」
ユークが少し元気を取り戻したように微笑む。
「ふふっ。だったら今日はちょっと贅沢しちゃいましょうか〜。美味しい食べ物でも買って帰るのよ!」
ヴィヴィアンの提案に、セリスがぱっと表情を明るくした。
「良いと思う! 私は賛成!」
「よし、じゃあそうしようか!」
ユークが嬉しそうにうなずき、三人は帰り道とは別の方向へ歩きだす。
陽が傾き始める街の中、少しだけ軽くなった足取りで、ユークたちはそれぞれの小さな楽しみを胸に、帰路についた。
そして──
「おかえりなさい!」
扉を開けた先で、アウリンがぱっと笑顔を咲かせて出迎えた。
せっかくだからと、早めの夕食を囲むことにした四人。
袋の中から取り出した料理は、まだ温もりを残していた。
「うわっ、これ……すっごく美味しい!」
セリスが目を輝かせながら、カボチャのパイにかじりつく。
口に広がるのは、ほくほくと優しい甘さ。
カボチャの濃厚な旨みと、バターが香るサクサクのパイ生地が絶妙に溶け合っていた。
「こっちのミートパイも最高よ~」
ヴィヴィアンは一口ごとに頬を緩めながら、パイを味わっている。
じっくり煮込まれた肉の旨味がぎゅっと詰まっていて、舌の上でとろけるようだった。
「このキッシュね、上にかかってるチーズがカリカリで香ばしいの」
アウリンが嬉しそうにキッシュを切り分けながら語る。
とろけたチーズが野菜の甘さを引き立て、下のパイ生地が香ばしく焼き上げられていて、見た目も美しい一品だった。
「これも見た目はすごいけど……味はほんとに面白いよ!」
ユークの手にあるのはスターゲイジーパイ。
大胆にもイワシの頭がパイの表面から飛び出しているその料理は、最初は驚くが、ひとたび食べればその美味しさに目を見張る。
イワシのほろ苦さを、ほんのり甘いかぼちゃペーストが包み込み、不思議と後を引く味わいだった。
笑い声とともに、あたたかな空気が部屋いっぱいに満ちていく。
夕食を終え、皆で後片づけをしていたときだった。
「……あれ? 誰か来た?」
控えめなノックの音に、ユークが顔を上げる。
「訪問の予定なんてなかったはずよ?」
アウリンが少し警戒しながら答えた。
「ちょっと出てみるよ」
短く言って、ユークが玄関へ向かう。
そこに立っていたのは、赤い意匠の鎧をまとい、金色の髪を腰まで伸ばした凛とした美しい女騎士だった。気品にあふれ、立ち振る舞いにも洗練された雰囲気が漂っている。
「失礼。ユーク殿でよろしいですか?」
凛とした声音で、女騎士が問いかけた。
「あ、はい。そうですけど……」
戸惑いつつも、ユークは返事をする。
女騎士は口元をわずかにほころばせた。
「よかった。私はルチル。あるお方の使いとして、こちらに参りました」
その言葉に、ユークはそっとため息を押し殺す。
また面倒ごとか……と、彼は笑顔の裏でこっそり頭を抱えるのだった。
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ユーク(LV.28)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:今日は疲れたけど、最後にこれか……
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セリス(LV.28)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:ユークのパイ、私はあんまり好きじゃないかな……
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アウリン(LV.29)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:この怪我で夕食が豪華になったなら、少しは良かったかもしれないわね。
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ヴィヴィアン(LV.28)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:ユーク君遅いわね、いったいどうしたのかしら。
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