第87話 青空
「行ってくるね、ユーク!」
明るく響く声を残し、セリスはアズリアと肩を並べて扉の向こうへ駆けていった。
その背中を、ユークは手を振って見送る。
「……頼むよ、二人とも」
二人ならきっとダンジョンの出口を見つけて、すぐに戻ってくる。
そう信じながら、ユークは自分の役目に集中するべく思考を切り替えた。
「《ストーンウォール》!」
ユークの詠唱に応じて、無骨な石の壁が地面からせり上がる。
すでに何枚もの壁が連なり、拠点としての形を取りつつあった。
「《ストーンウォール》! 《ストーンウォール》っ……!」
声が枯れても構わない。今はそれしか考えられなかった。
「時間が……時間が足りない……!」
歯を食いしばり、ユークは石壁を作り続けた。
その背後では、ダイアスとミモルがモンスターを次々と薙ぎ倒し、変身から解放された子どもたちを抱えて戻ってくる。
「ここに寝かせて!」
ユークが床に予備の服などを敷いた場所へ誘導する。
「助かるっス!」
ミモルは息を弾ませながらも笑みを浮かべ、気を失った子供をそっと横たえた。
それだけ済ませると、休む間もなく再び外へと駆け出していった。
「ヴィヴィアン、ここの門番をお願い!」
「任せて! どんな敵が来ても、一歩たりとも通さないから!」
ヴィヴィアンが入口に立ち、鋭い目で周囲を睨みつける。
ユークは一度深く息を吐き、作り上げた拠点の中を確認した。
最低限の防御は完成した。次に果たすべきは、もう一つの役目。
「博士の研究資料……どこかに手がかりがあるはず……!」
棚、机、引き出し。あらゆる場所を探り、手当たり次第にノートや設計図を鞄へ詰め込んでいく。
ブレイズベアの時も、マーダーエイプの時も、モンスターに変身した人間は倒すと元に戻っている。
博士の語っていた内容は、少なくとも半分は事実だった。
だが、それだけでは不十分だ。
変身の原因となった魔法陣が、本当に消えているのか。──その保証は、どこにもない。
アウリンの魔法が発動すれば、この部屋も資料もすべて消える。
だからこそ、一つでも多くの証拠を探さねばならなかった。
心臓の鼓動が耳を打つ。
間に合うのか? 本当に──間に合うのか?
──その時。
「ユーク君~! アウリンちゃんの詠唱が終わったわ~!!」
ヴィヴィアンが大声で叫ぶ声が聞こえた。魔法の発動準備が終わったのだ。
ユークは反射的に叫ぶ。
「全員戻って!! 今すぐッ!!」
自身も鞄を掴み、拠点の中へ駆け込む。
直後、ダイアスとミモルが子どもを抱えて飛び込んでくる。
ユークは振り返り、最後の詠唱を叫んだ。
「《ストーンウォール》!!」
厚い石の壁が入口を閉ざし、全員が一つの空間に閉じ込められる。
空気が熱い。狭く、息苦しい空間に、皆の緊張が充満する。
そして──
「《フレイムピラー》!!!」
アウリンの叫びが空気を震わせる。
紅蓮の柱が天へと突き上がり、外の空間を一瞬で灼熱に包む。
やがて、炎が静かに消え去る。
呼吸の音すら感じさせぬ沈黙の中で、ユークは、慎重に石壁を解除した。
目の前に広がるのは、焼け焦げた床と、気を失って倒れている子どもたちの姿。
ユークは膝をつきかけながらも、顔を上げ、言葉を絞り出す。
「……大丈夫だ。みんな生きてる。意識を失ってるだけだ」
その声には、安堵と、張り詰めていた緊張が緩んだ余韻が滲んでいた。
「セリス、アズリア……急いでくれ……!」
その願いが届いたかのように、扉の奥から声が返ってくる。
「戻ったよ、ユーク!」
「出口は確保した。さあ、急ぐぞ!」
その瞬間、場の空気がわずかに緩んだ。張り詰めていた仲間たちの胸に、光が差し込む。
思わず小さく声をあげる者、拳を握りしめる者――短い歓声が自然と広がっていく。
「アウリン、大丈夫?」
ユークがアウリンへと視線を向ける。
「心配いらない。まだ動けるわ」
アウリンは一度だけ深く息を吸い、頷いた。
ユークたちは肩に、背に、気絶した子供たちを担ぎ、足早に出口を目指す。
屋敷の外に出た先は、見知らぬ廃屋だった。
「地下で……別の場所に繋がってたのか……!」
ユークが息を整えながら、呟いた。
一度では全員を運び出せない。
全員で再突入し、何度も何度も子供たちを抱えて運び出す。
泥にまみれ、服が破れ、疲労が重くのしかかる。
それでも、誰も手を止めようとしなかった。
「あと……もう一回!」
誰かのかすれた声が響く。
限界を訴える身体に鞭を打つように、仲間たちは再び足を踏み出そうとした。
そのとき、外から急な足音とともに声が飛び込んでくる。
「まずい! 外が崩れ始めてるぞ!」
屋敷の外で待機していたギルドガードの一人が、息を切らしながら部屋に駆け込んできた。
その顔は蒼白で、状況の切迫を物語っていた。
「くそっ、時間切れか……!」
ユークが悔しげに歯を食いしばり、背負った子どもを再び背中にしっかりと担ぎ直す。
仲間たちもすぐに気持ちを切り替え、最後の力を振り絞って駆け出した。
天井が大きくしなり、壁が奇妙な音を立てて波打つ。
床に亀裂が走り、その隙間が広がっていく。
「急げ! 止まったら終わりだ!」
アズリアが叫ぶ。
「間に合え……間に合えっ……!!」
出口まで、あとわずか。
そのときだった。
足が、崩れかけた床の穴に取られた。
「っ──!」
バランスを失い、体が前に投げ出される。
背の子供だけは落とすまいと、腕に力を込める。
(ああ──ここで、俺、死ぬのか?)
その時──
「ユーク!!」
手が、伸びてきた。
アウリンの手だ。彼女は入り口の縁に手をかけ、身体を投げ出すようにして、ユークの腕を掴んでいた。
「絶対に……離さない……!!」
「っ……!」
引き上げられた瞬間、背後の床が崩れ落ちた。
ユークは、地面に転がりながら、無意識に子供を抱きしめていた。
「助かった……生きてる……」
アウリンが微笑む。
「当然でしょ……バカ……」
──そして、全員が無事だった。
崩壊するダンジョンからの脱出に成功したユークは、雲ひとつない真っ青な空を見上げる。
子供たちは気絶したまま、だが命はある。セリスも、アズリアも、ダイアスも、ミモルも、ヴィヴィアンも、アウリンも──誰一人欠けなかった。
「……終わった、のか?」
彼の問いに、誰も答えなかった。
けれど、皆が同じ空を見ていた。
ユークは、拳をそっと握りしめる。
(いや──まだだ)
心の中でそう呟いた。
次に訪れる戦いに備えなければならない。
あの連中が大人しくしているとは、どうしても思えなかったからだ。
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ユーク(LV.25)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:生きて帰れてよかった……
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セリス(LV.25)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:すっごく疲れた……
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アウリン(LV.26)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:ユークが倒れかけた時は心臓が止まるかと思った!
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ヴィヴィアン(LV.26)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:みんな無事で良かったわ!
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アズリア(LV.30)
性別:女
ジョブ:剣士
スキル:剣の才(剣の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪ストライクエッジ≫
備考:子供たちは取り返したが失ったものは大きい。
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ダイアス(LV.33)
性別:男
ジョブ:斧士
スキル:斧の才(斧の基本技術を習得し、斧の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪ブレイクスラッシュ≫
備考:これからギルドガードは大きく荒れるだろうな……
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ミモル(LV.30)
性別:女
ジョブ:双剣士
スキル:双剣の才(双剣の基本技術を習得し、双剣の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪クロスエッジ≫
備考:転職を考えた方がいいかもっスね
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