第84話 禁忌の召喚実験
博士が手元の魔道具に触れると、それはやわらかな光を帯び始めた。
光が彼の体を包み込む中、博士は懐から一本の金色のペンのような道具を取り出す。
無骨な外見の中に、不思議な気配を湛えたその道具を手に、博士は静かに台の上の少女へと向き直った。
「……結論から話そう。人の体の中には、魔法陣なんて刻まれていなかった」
「え……?」
ユークが思わず声を上げる。
「じゃあ……どこにあるのよ……?」
アウリンも不安げな声で問う。
「そこで僕は、別の可能性を考えた。肉体じゃなく、魂に刻まれているんじゃないかってね」
ヘリオ博士は薄く笑みを浮かべながら、手にした金のペンを軽くひと振りする。
「魂……に?」
アウリンの目が驚きに大きく見開かれる。
「そう。僕には、魂に関わる魔法の知識が少しあったんだ。それを元に、魂を見るための魔法を自分で作ってみた」
「魂に関わる魔法って、まさか……召喚魔法!?」
「察しがいいね」
博士は頷き、少女の胸元へとゆっくりとペンを向けた。その仕草は、一見ただの観察のようにも見えたが――何かを“書き込んで”いるような、不思議な緊張感が漂っていた。
「でも、召喚魔法って召喚師のジョブを持ってなきゃ使えないはずでしょ!」
アウリンが反射的に言い返した。
「その通りさ。だから僕のような召喚師は、普通は国の管理下で、召喚用の魔道具を作るだけの日々を送る。でも、あの生活にはもう飽き飽きしていた。だから、逃げ出したんだよ」
アウリンは言葉を失ったまま、博士の顔をじっと見つめる。
「そのとき、いくつかお土産も持ってきた。その一つが、これだ」
博士は手にした金色のペンを掲げる。
「これは神の筆ペン。古代に作られた魔道具で、現代ではもう再現できない貴重な遺物さ。使い方は失われていたが……僕はようやく解明した」
そして、少女に向けたペンの先を静かに動かす。
「この筆はね、魂に刻まれたジョブ、つまり魔法陣を書き換えることができるんだ」
「ジョブを……書き換える……?」
ユークが信じられないものを見るような目を、博士へむける。
その視線の先で、博士のペン先は見えない何かに触れ、確かに意味のある動きを描いているように見えた。
「そうさ。その技術を使えば、彼のような存在を作り出すこともできる」
博士の視線を追い、ユークとアウリンも自然とある人物に目を向ける。
そこにいたのは、ドラゴンとなったカルミアだった。
「彼らはその完成形だ。魂に特殊な召喚魔法陣を刻み、自身の肉体に上書きする形でモンスターを召喚できるようにした。しかも、意識を保ったままでね」
「でも、そんな……ドラゴンの召喚魔法なんて、どうやって……?」
アウリンの声には、はっきりとした動揺がにじんでいた。
「国から逃げるときに、《《レベル五十のドラゴンを召喚できる魔道具》》をひとつ、持ち出したんだ。その魔法陣を利用したのさ」
博士は淡々と頷いて見せる。
「なっ……!」
アウリンの瞳が大きく見開かれる。
レベル五十のドラゴン。それは、小国であれば一国を滅ぼすほどの力を持つ存在。
そんな魔物を、個人が使っているなど、到底常識では考えられなかった。
「とはいえ、素体となる人間と召喚するモンスターとの相性というものがあるし。残念ながら、この技術だけでは、僕の望む結果には至らなかった」
博士は深く息を吐き、わずかに肩を落とした。
「そんなとき、彼らが接触してきたんだよ」
博士の視線の先には、膝をつき無言で祈りを捧げている信奉者の姿があった。
「彼らは、僕がちょうど欲しかったものを持っていた。そしてその見返りとして、ある計画に協力してほしいと求めてきたんだ」
「ある計画……?」
ユークが疑わしげな声で問い返す。
「さっき彼が口にしていたことさ。魔族の復活——かつて人間との戦争に敗れて滅んだ魔族を、再びこの世界に呼び戻そうという計画だよ」
博士は淡々と語った。
「そんな……」
アウリンが言葉をのみ込み、表情をこわばらせる。
「彼らはどこからか、魔族が封じられた魔石を手に入れていた。そして言ったんだ。僕の技術で、人間の肉体を核にして魔族を蘇らせたいとね」
博士の口から語られた内容に、アウリンの顔が青ざめていく。
「でも、僕の技術じゃ限界がある。たとえモンスターの肉体を呼び出せても、意識までは戻らない。操っているのは、あくまで人間の側なんだ」
「……でも、俺が前に戦ったやつは明らかに魔物そのものだったぞ。ブレイズベアって名前のモンスターで、人間の気配なんて一切感じなかった!」
ユークが割って入る。
「それは、おそらくモンスターの闘争本能に引きずられていたんだろう。意識が残っていたとしても、自我を保てるとは限らないからね」
博士は首をかしげながらも、冷静に答えた。
「そこから、ひとつの仮説にたどり着いた。魂には、ジョブを得た時点で魔法陣が刻まれる。つまり、ジョブを持っているということは、魂そのものに固有の魔法陣が描かれている状態というわけだ」
そう話しながら、博士はゆっくりとユークたちに視線を向ける。
「僕は今まで、その魔法陣の一部を利用して召喚の術式を組んでいた。だけど、魂に刻まれた魔法陣は、どうしても持ち主の意識を守ってしまう」
博士の声は静かだったが、語られる内容は重みを増していく。
「だから考えた。もし、まだジョブを持っていない——つまり、《《固有の魔法陣の描かれていない魂》》があれば。そこに、持ち主の意識を守らない召喚魔法陣を直接刻めると思ったんだ」
淡々とした口調のまま語られるその内容に、場の空気が凍りつく。
「まさか、それって……」
アウリンが震える声を漏らした。
博士は小さくうなずく。
「実際に試してみたら確かに手応えはあった。子どもの魂であれば、召喚された存在——つまりモンスターの意思を優先させることが可能だった。ただし、技術は非常に不安定で、完全な成功には至らなかった。だから……何度も練習を重ねるしかなかったんだ」
その言葉を聞いた瞬間、ユークが声を上げた。
「……あの檻の中にいたモンスターは、さらわれた子どもだったんだな……!」
その問いに対して、博士は一言も返さなかった。
静寂だけが、その事実を認めていた。
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ユーク(LV.25)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:想像していたよりずっとヤバい情報で恐怖を感じている。
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アウリン(LV.26)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:魂に刻まれた魔法陣とやらを見てみたいと思ってしまっている自分が嫌になる。
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カルミア(LV.13)
性別:男
ジョブ:荳顔エ壼殴螢ォ
スキル:蜑」縺ョ謇(蜑」縺ョ蝓コ譛ャ謚?陦薙r鄙貞セ励@縲∝殴縺ョ謇崎?繧貞髄荳翫&縺帙k)
備考:召喚の魔法陣のせいで本来の魔法陣が機能不全を起こしている。
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ヘリオ(LV.??)
性別:男
ジョブ:召喚師
スキル:??
備考:一度キャンバスに描いた絵を消して何度も使い回すことを良しとしない職人気質が、今回の大量誘拐事件を引き起こした。
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