第83話 博士の講義
「私たちがここで死ねば、あなたたちの偉業を伝える人がいなくなるわ! だからお願い! 私たちを生かして……!」
アウリンの声が、冷えきった大広間に響き渡った。
震える声には必死さが滲んでいたが、その眼差しはまっすぐに、信奉者と博士を見据えている。
その叫びに対し、赤いローブを纏った信奉者の男は、肩をすくめて答えた。
「……別に、どちらでもいいですよ。名誉なんて、今さら気にするものでもありませんし」
淡々とした口調には、情熱も怒りも、誇りすらも感じられなかった。
アウリンは思わず言葉を詰まらせる。
ユークは黙ったまま、二人の様子を見守っていた。
今なら詠唱をすれば、すぐにでも攻撃に転じられる。だが――。
(もし、カルミアが暴れ出したら……ここにいる全員が危ない)
ドラゴンと化したカルミアは、まるで意志を失ったかのように硬直していた。
何らかの手段で、その身体を制御されている。無闇に刺激すれば、どうなるかは予測がつかない。
その静けさを破ったのは、博士だった。
肩まで伸びた金髪を揺らし、白衣をまとった男がアウリンの方へと顔を向ける。
「確かに、名誉はどうでもいい」
その一言に、アウリンが息を呑んだ。
だが、博士の視線にはどこか挑発的な色が宿っている。
「だが、僕の素晴らしい研究が後世に残らず消えてしまうのは、少々勿体なくは感じる。……だから、君たちを少し試してみよう!」
「試す……?」
「ジョブについて。君たちは、どう考えている? どんな知識を持ち、何を疑問に思っているのか、それを聞かせてくれ」
唐突な問いに、ユークは一瞬だけ目を泳がせた。
「ジョブは……えっと、神様が魔族と戦うために人間に与えた力で、十歳になると、その人に合ったものが与えられる……。それまでの行動によって、内容やスキルが変わる、って教わりました」
言葉を選びながらも、できるだけ正確に思い出そうとしていた。
「あ、あと……血筋によっても変わることがあるって聞いたことがあります……」
「ふむ……」
言い終えると、「あってるよね?」とでも言いたげにユークはアウリンに目線を送る。
彼女も、ユークが間違ったことを言ったとは思わなかった。だが、博士の反応を見る限り、それは決して彼の望んでいた答えではない――アウリンには、そう察せられた。
このままではいけない。
そう思った瞬間、彼女の中にわずかな焦りが芽生えた。
自分が何かを示さなければならない。そう感じたとき、自然と言葉が口をついて出る。
「ジョブって、確かに神が与えるものって言われてるわ。でも……なんだか、私はそれに違和感を感じるのよ……」
博士がわずかに目を細めた。
「続けたまえ」
「私はジョブって何かの条件を満たすと、自動的に振り分けられてる気がするの。神様を見たことがないから、どんな存在なのかは分からないけど……。私には、それが心ある存在の判断じゃなくて、感情のない魔道具が条件だけで決めてるように思えるわ」
わずかな沈黙ののち、博士は小さく息を吐いた。
「……まあ、及第点といったところか。悪くはない考察だ。いいだろう、君を語りてとして認め、特別に僕の研究を教えてあげよう」
そう言って博士は振り向き、ドラゴンの姿となったカルミアに声をかけた。
「おーい、カルミアくん。目を覚ましたまえ!」
目を閉じていたカルミアの瞳が開かれる。
『……あぁ!? は、博士……?』
「そこの二人を持って、ついてきてくれ。見せてやりたいことがある。ああ、間違っても握りつぶさないように」
『なっ……!』
カルミアは驚きと怒りをこめた声を発したが、すぐに困惑した様子に変わり、慎重にユークとアウリンを両手で掴む。力を込めすぎぬよう、細心の注意を払っている様子だった。
博士は静かに一歩を踏み出し、迷いのない足取りで部屋の中央へ向かう。
「まず自己紹介から始めようか。僕の名前はヘリオ。皆からは博士と呼ばれている」
博士は穏やかな笑みを浮かべながら口を開く。
「ユークです……」
「アウリンよ」
ふたりも少し緊張した面持ちで名を告げた。
「さて、何か質問でもあるかい?」
博士はにこやかに問いかけた。
カルミアの巨大な手に体を捕らえられながら、ユークが声を上げた。
「……どうして子供たちをさらったんですか……」
「ユーク!?」
アウリンは心臓が凍りつく思いだった。とっさにユークのほうを向く。
だが博士は立ち止まることなく、少しだけ考えるような仕草を見せると、静かに答えた。
「いい質問だ。だがその疑問に答えるには、まず“前提”を理解してもらう必要がある」
そこから、博士の講義が始まった。
「君たちは、ジョブによって与えられる“スキル”というものをどう捉えている?」
アウリンとユークは顔を見合わせるが、答えは出ず、首をかしげる。
博士はその様子に構わず、続けた。
「僕はね。昔、スキルというものは“魔道具”に非常によく似ていると考えたんだ……」
「魔道具……に?」
「そうだ。魔道具は、魔力を注げば自動的に内部の魔法陣が反応して、定められた魔法が発動する。使用者の意思ではなく、装置としての仕組みで動く」
「……!」
その説明に、ユークとアウリンの表情が変わった。思い当たる節があったのだろう。
「スキルも同じだろう? 本来なら詠唱が必要なはずの魔法が、《《魔力を消費するだけで》》、《《魔法名を口にし、使用する意思を示すだけで》》、発動する。それは仕組みとして魔道具と非常によく似ている」
博士は満足げに微笑んだ。自身の考えを語れる相手が現れたことが、心から嬉しく思っている表情だった
「そこで僕は考えたんだ。スキルを使える者の体のどこかに、魔道具のように《《何らかの魔法陣》》が存在するのではないかと。そして、それを確かめるために、さまざまな実験を行ってきた」
博士は、淡々とした口調に笑みを乗せながら、自身が行ってきた実験の数々を語っていく。
実験の内容が語られていくにつれ、ユークの顔色が目に見えて悪くなっていった。
アウリンもまた、罵倒の言葉が喉元まで込み上げていたが、彼女はそれを呑み込み、黙っている。
やがて一行は部屋の中央にたどり着く。
そこには台座が据えられており、その上には、ほんのりと緑がかった髪の少女が横たわっていた。
意識はないようだったが、かすかに胸が上下している。
「……話が少しそれてしまったね。続きは施術を進めながら話すとしよう」
そう言って博士は、そばに設置された魔道具の調整を始める。
カルミアの手の中に捕らえられたままのユークとアウリンには、それをただ見守ることしかできなかった。
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ユーク(LV.25)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:“人でなし”ってこんな奴の事を言うんだろうな……
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アウリン(LV.26)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:気分が悪い、吐きそう。
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カルミア(LV.13)
性別:男
ジョブ:荳顔エ壼殴螢ォ
スキル:蜑」縺ョ謇(蜑」縺ョ蝓コ譛ャ謚?陦薙r鄙貞セ励@縲∝殴縺ョ謇崎?繧貞髄荳翫&縺帙k)
備考:ユークを握りつぶしてやりたいが出来なくてイライラしている。
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ヘリオ(LV.??)
性別:男
ジョブ:??
スキル:??
備考:二十代後半ほどの男。博士と呼ばれている。色白の肌に、肩まで伸びた金髪を無造作に垂らしている。白衣を羽織ってはいるが、その下にはくすんだ長袖とズボンを着込み、白衣も使い古されたようにくたびれていた。
笑みを浮かべた口元とは裏腹に、その目には一切の感情が宿っていない。不健康そうなその風貌といい、どこか狂気を孕んだ佇まいは、まさにマッドサイエンティストと呼ぶにふさわしい。
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