第82話 ドラゴンの咆哮
カルミアの身体が光に包まれ、肉体の輪郭が膨れ上がっていく。背骨がせり上がり、皮膚は鱗へと姿を変えていった。その変化は一瞬の出来事だった。
巨体。圧倒的な質量。全身を覆う漆黒の鱗はまるで闇そのもののように光を吸い込み、見る者の心を容赦なく凍らせる。
翼は大広間の天井すら届きそうなほどに広がり、地を薙ぐ尻尾は竜巻すら起こしかねない。頭部からは黄金の角が二本、螺旋を描いて伸び、眼窩から覗く瞳は、灼熱のマグマのように赤々と燃えていた。
その場にいた全員が、息を呑む。
ただの変身ではなかった。そこにあったのは威圧。そして絶対的な支配力。存在するだけで他を跪かせる、そんな“力”だった。
――だが気づけば、その場にいたはずの博士と信奉者の姿が消えていた。
『ははははは!! どうだユーク! これが俺が博士から与えられた力だ! 今の俺なら、テメェなんて一瞬で八つ裂きにできる! これが俺とお前の決定的な違いなんだよ!』
ドラゴンと化したカルミアが高らかに笑い、咆哮を上げる。その声は雷鳴のごとく空気を震わせ、周囲の耳を破らんばかりに響き渡る。
――けれど、ユークはその威容を、どこか冷めた目で見つめていた。
確かに、姿は変わった。間違いなく伝説級のモンスター、ドラゴン。力も威圧感も、桁違いに膨れ上がっている。
なのに。
その“目”だけが――妙に生々しかった。
恐るべき存在のはずが、その眼差しはあまりに人間的だった。嫉妬と見栄。そして、自分を誇示したいという未熟な欲望。
神のように崇めていた偶像が、実は中身のない虚像だった。そんな幻滅が、ユークの胸に広がっていた。
「……ダサっ」
静寂を裂くように、ひとつの声が空間に響く。誰かが小さく吐き捨てた、しかしはっきりと耳に届く言葉だった。
空気が――止まる。
『……誰だ今の言葉を言ったやつは!?』
カルミアが怒声を轟かせる。ギラリと視線が走り、周囲を舐め回すように睨みつけた。
「……あっ、やばっ!」
ぽつりと、ミモルが呟く。
その直後――
『テメェかあああああ!!』
咆哮とともに、カルミアの巨大な腕が振り下ろされた。その質量はまさに山を砕くかのよう。だが、ミモルは紙一重でそれを回避する。
「いやだって、人から与えられた力を、まるで自分の努力で手に入れたみたいに言うのって、クッソダサいじゃないっスか!」
避けながらも、ミモルは挑発の手を緩めなかった。その言葉に、カルミアの瞳が怒りに歪む。
『黙れえええええ!!!』
もっとも痛感していた事実を言い当てられたようで、内心を見透かされた彼は、理性を焼き切られたかのように激昂する。
そのとき。アズリア、ダイアス、ミモル、セリスの四人が、無言のまま目を交わした。
一瞬の静寂。そして、空気が変わる。
カルミアが振り返るより早く、四人の身体が風のように駆け出した。そして、同時に叫ぶ。
「≪ストライクエッジ≫!!」
「≪ブレイクスラッシュ≫!」
「≪クロスエッジ≫ッスよ!!」
「『スラストランス』!!」
剣が、斧が、双剣が、槍が、光の軌跡を描いてドラゴンの肉体に迫る。閃光のように、技の衝撃が空間を切り裂いた。
そして、全ての武器がカルミアの鱗に届く――だが。
傷はついた。攻撃は確かに通っている。
だが、それだけだった。
鱗は裂けても、肉には届かない。浅い。かすり傷にすぎない。これほどのEXスキルですら、効果がないに等しかった。
『――――虫ケラどもがあああああ!!!』
怒りを爆発させたカルミアが、大きく翼を広げた。次の瞬間、その体が風を巻き起こすように回転する。
渾身の力を込めたその一撃に、周囲の者たちは抗う間もなく弾き飛ばされた。
アズリアは壁に叩きつけられ、セリスは鉄の檻へと弾き飛ばされた。ダイアスとミモルも地面を滑り、そのまま壁にぶつかって動かなくなる。
誰ひとり、抵抗できなかった。あまりに苛烈で、一瞬のことだった。
その様子を、高所の足場から博士と信奉者の男が見下ろしている。
足場は天井付近に設けられた観察台で、実験体同士の戦闘を観察するために作られたものだ。
地上の音を増幅する魔道装置が組み込まれており、会話も叫び声も手に取るように届く。
「ふむ、カルミアくんは暴走してしまったか……調整が甘かったかな?」
博士は顎に指を添え、静かに呟いた。眉間に寄せた皺が、わずかな不満を物語っている。
「彼、強いですね。まるで勝負になっていませんよ」
信奉者の男が、ちらりと博士を見た。唇には笑みを浮かべている。
「ええ。なにしろ、あのブラックドラゴンのレベルは五十ですから。それに比べれば、吹き飛ばされたとはいえ、EXスキルで一矢報いた四人は健闘したほうでしょうね」
気絶したままのセリスたちを見下ろしながら、博士は満足げに頷いた。
「ふふふ。ここは居心地がいい。視界も音も申し分ない。地上の絶叫が、まるですぐ耳元で聞こえるようです」
信奉者は陶酔したような笑みを浮かべた。博士も同意するように小さく頷く。
だが、その表情がふと変わる。目を細め、耳を澄ませた。
地上で、アウリンが何かを叫んでいる。その必死の声を聞き取り、博士は小さく息を吐いて笑った。
「うわっ、あぶなっ!」
ユークが叫びながら跳ね退く。そのすぐ脇を、変貌したカルミア――黒き竜の爪が通り過ぎていった。
紙一重の回避。その背後では、ヴィヴィアンが吹き飛ばされ、鉄格子の檻に激突する。
「きゃああああ!!」
「ヴィヴィアンっ!」
叫ぶも応えはない。彼女は気絶していた。
周囲を見渡せば、ギルドガードの隊員たちもすでに倒れている。立っているのは、ユークひとりだけ。
その中で、一人後方にいたアウリンは震える拳を握りしめながら、必死に思考を巡らせていた。
(私の魔法じゃ通用しない……どうすれば、どうすればいいの……?)
恐怖。焦り。無力感。あらゆる感情がアウリンを押し潰そうとする。
けれど、それでも――
アウリンは顔を上げ、叫んだ。
「その功績が、世間に認められずに消えてしまってもいいの!? 偉業が、誰の記憶にも残らなくていいの!? それで、本当に満足なの!?」
黒竜の咆哮が、その声をかき消そうとする。それでも、アウリンは言葉を止めなかった。
「だったら見せてよ! 生き証人がここにいるうちに! 歴史に残したいなら、私たちを……生かして!」
一瞬の静寂が訪れる。
『ガアアアッ!』
黒竜の咆哮。それは絶望を形にしたような声だった。
ユークは歯を食いしばり、身構える。逃げ道など、どこにもない。
そのとき――
「カルミアくん、止まりたまえ!」
その一言に、カルミアの巨体がぴたりと静止する。
博士が、元いた場所へと戻ってきていた。
振りかざされていた爪は、ユークの鼻先わずか数センチでぴたっと止まっていた。息を呑むほどの至近距離。それでも、動きはもう一切なかった。
怒りに満ちていたカルミアの瞳が、虚ろな色に変わる。咆哮すら止まり、ただ茫然と何も無い場所を見つめている。
ユークは、現実感のないまま呟いた。
「……あれ? 生きてる……?」
胸を強く打つ鼓動が、自分がまだ無事であることを告げている。
それでも、困惑は簡単には拭えなかった。
アウリンは博士と信奉者を鋭く睨みつけていた。
その瞳には恐怖だけでなく、確かな決意が宿っている。
(さて……ここからが、本当の勝負ね……)
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ユーク(LV.25)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:何が何だか分からないけど、とりあえず何もせずに黙ってよう……
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セリス(LV.25)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:意識を失っている。
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アウリン(LV.26)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:舞台には引きずり出せた、あとは説得しないと……!
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ヴィヴィアン(LV.26)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:意識を失っている。
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アズリア(LV.30)
性別:女
ジョブ:剣士
スキル:剣の才(剣の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪ストライクエッジ≫
備考:意識を失っている。
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ダイアス(LV.33)
性別:男
ジョブ:斧士
スキル:斧の才(斧の基本技術を習得し、斧の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪ブレイクスラッシュ≫
備考:意識を失っている。
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ミモル(LV.30)
性別:女
ジョブ:双剣士
スキル:双剣の才(双剣の基本技術を習得し、双剣の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪クロスエッジ≫
備考:意識を失っている。
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カルミア(LV.13)
性別:男
ジョブ:荳顔エ壼殴螢ォ
スキル:蜑」縺ョ謇(蜑」縺ョ蝓コ譛ャ謚?陦薙r鄙貞セ励@縲∝殴縺ョ謇崎?繧貞髄荳翫&縺帙k)
備考:圧倒的なチート能力を得た男。ただ、ドラゴンの力でどんなにモンスターを倒しても一切レベルが上がらないのが不満。
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