第79話 地下
「それはね……私を置いていくかどうかって話よ。今の私は、足手まといになっちゃうから……」
「っ……!」
アウリンの言葉に、ユークが息を呑む。
ひやりとした空気が場を包んだ。
「そんなのっ……」
ヴィヴィアンが何か言いかけたが、アウリンは手を上げて制した。
「私は足をやられてしまって、もう走ることができないの。治療には地上へ戻る必要があるわ。だから、私を置いていくのが……一番いい選択なのよ」
悲しげに微笑むアウリン。その瞳には、確かな覚悟が宿っていた。誰もすぐには反論できない。
「置いていくって……どうするつもりなの?」
セリスが表情を変えずに問いかけた。
「セリス!」
ユークが声を荒げるが、アウリンは静かに首を横に振る。
「もし、ここが安全地帯なら……モンスターが現れる可能性も低いと思うの。だから、私はここでおとなしく待ってるわ」
その声音は穏やかだったが、決意の色が滲んでいた。
「俺は反対だ! ここが本当に安全だって、誰が保証できるんだ!」
ユークが声を張る。怒りと焦燥が、その瞳に揺れている。
「ユーク……」
アウリンは困ったように彼を見た。
「セリス、ヴィヴィアン。アウリンを守りながら戦えるか?」
ユークがふたりを見て問いかける。
「う〜ん……あいつらみたいなのが二体までなら、ギリギリ?」
セリスが首をかしげながら答えた。
「そうね……でも、今回みたいに三体同時に来られたら、守りきれる自信はないわ」
ヴィヴィアンも慎重に言葉を選びながら、セリスに同意する。
「そっか。なら……アウリンも一緒に行こう!」
ユークが決断の声を上げる。その瞳からは迷いが消えていた。
「ちょっと!」
アウリンが不満そうに声を上げる。
「正直言って、また三体に襲われたら、その時点でもう無理だと思う」
ユークは冷静な口調で続けた。
「それは……まぁ、そうかも」
セリスが頷き、ヴィヴィアンも神妙な表情で言葉を重ねる。
「そうね。もう一度あれと同じ状況になるのは……勘弁してほしいわ」
「だったら、アウリンと一緒にいたい。だから来てくれ、アウリン!」
ユークが正面から真っ直ぐに呼びかける。
「はぁ……しょうがないわね、アンタは……」
アウリンは呆れたように言いながらも、どこか嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を、セリスとヴィヴィアンは優しく見守っている。
「よし、じゃあ進もう!」
ユークが声を上げた。
「どっちに?」
セリスが問い返す。
ユークが部屋の中を見渡すと、複数のドアが、無言で彼らを待ち受けていた
自然と、全員の視線がアウリンへと向けられる。
「まったくもう……こっちよ」
アウリンが肩をすくめつつ、ある扉を指さす。
「どうしてそっちだってわかるの?」
ユークが首をかしげる。
「この部屋に入ったとき、あの三人が座ってたのがそこだったのよ」
彼女の指の先には、横倒しになった壊れたソファ。激しい戦闘の痕跡がそこに残っていた。
周囲には、食べ物が不自然に散らばっている。
セリスが干し肉をじっと見つめているのに気づき、アウリンがピシャリと言った。
「セリス、落ちてるものを拾って食べちゃダメよ?」
「え、えぇ……私もそこまでじゃないよ……?」
セリスは困惑した表情で、アウリンの言葉を否定した。
「あー……ごめん。悪かったわ……」
アウリンが前髪を手でくしゃっと押さえ、申し訳なさそうに謝る。
「アウリンにそう思われてたなんて、ちょっとショック……」
セリスがぽつりと呟き、しょんぼりと肩を落とした。
「ご、ごめんってば……!」
そんなセリスに、アウリンが慌てて手を合わせて謝る一幕もありつつ、ユークたちは歩みを進めていく。
やがて、一行は一枚の扉の前にたどり着いた。見た目は、どこにでもあるような平凡な扉だ。
「この先が、次のルートだと思うわ」
アウリンが振り返り、静かに言った。
「気をつけて。すぐ向こうが敵の拠点かもしれないから」
その一言で、全員の表情が引き締まる。
「じゃあ、私が開けるね」
セリスが一歩前へ出る。先ほどまでの落ち込みは、もう微塵も感じられない。
「開けるよ?」
そう言って、セリスがゆっくりと扉を押し開けた。
「……階段?」
ユークの声が漏れる。
そこには、下へと続く暗い階段が現れていた。
「行ってみましょう」
アウリンの言葉に、ユークたちは黙ってうなずき、ゆっくりと階段を降り始めた。
しかし途中で、ユークがふと足を止める。
「暗いな……あかりをつけるよ」
軽く詠唱を唱えると、彼の指先から淡い光が生まれ、周囲をやさしく照らし出した。
照らされた空間は、先ほどまでのダンジョンとはまるで様相が異なっていた。壁は所々崩れ、年季の入った石材がむき出しになっている。
「なんか……ジメジメしてる……」
先頭を歩いていたセリスが、眉をひそめてぼやいた。
「それに、カビ臭いわ……」
ヴィヴィアンも鼻を押さえ、顔をしかめる。
アウリンは周囲をぐるりと見回し、思案気味に口を開いた。
「全体的に、地下室っぽい雰囲気ね……もしかしたら、あの屋敷の地下がそのままダンジョンになってるのかもしれないわ」
階段を降りるごとに、壁の痛み具合はひどくなっていく。最初は気にも留めなかった床の石も、いまやひび割れが目立ち、油断すれば足を取られそうなほどだ。
やがて階段が終わり、ユークたちは広い通路へと足を踏み入れる。
そこは石のレンガで組まれた長い通路だった。天井からは水滴がぽたりぽたりと落ち続け、明かりは一切ない。ユークの魔法の光だけが、ほのかに周囲を照らしている。
「まさに地下道って感じの場所ね……」
ヴィヴィアンがぽつりとつぶやく。
「でもこれはちょっと……」
セリスは階段の上で立ち止まり、足を踏み出せずにいた。不満げな声が漏れる。
「うわぁ……湿ってるとかのレベルじゃない……完全に水びたしじゃん……」
ユークはげんなりとした表情で、濡れた石の床を見下ろした。
通路には濁った水がたまり、足首まで浸かっている。歩くたびに水面が揺れ、衣服のすそがじわじわと濡れていく。
「うぅ……気持ち悪い……」
セリスがうつむきながら、つぶやいた。
「ねえ、本当にこの道で合ってるのかしら?」
ヴィヴィアンが不安げな表情をアウリンに向ける。
「……たぶん」
返ってきた答えは、いつになく頼りなかった。
アウリンの足取りは重く、水を踏むたびにわずかに顔をしかめている。その足首には応急処置を施した包帯が巻かれている。
「アウリン、やっぱり無理してる。俺が背負うよ」
ユークがそっと声をかけると、アウリンは驚いたように目を見開いた。
「ええ!? 悪いわよ、そんなの……」
「任せてよ。それに、今の状況で動けなくなったら困るのはアウリンだけじゃない。俺たち全員だよ」
ユークの真剣な口調に、アウリンは言葉を失い、しばらく黙っていた。
やがて、彼女はふいに視線をそらしながら、ぽつりとつぶやく。
「……もう。勝手にすれば」
その言葉を合図のように、ユークはそっとアウリンの背に手を回す。
「ほら、しっかりつかまって」
「……ありがと」
わずかに照れたような声を背中越しに感じながら、ユークは濁った水の中を慎重に歩き出した。
その後ろ姿を見守るセリスとヴィヴィアンの表情にも、自然と笑みが浮かぶ。
そして、一行は不安を抱えたまま通路を進んでいく。やがて先頭を歩いていたセリスが、ぴたりと足を止めた。
「見て! 光がある!」
通路の先、わずかに開けた空間の向こうから、ぼんやりとした光が漏れている。
「気をつけて。明かりがあるってことは、誰かがいるはずよ!」
アウリンがユークの背中の上から緊張した声で告げ、警戒を促す。
「ライトの魔法、消した方がいい?」
ユークがそっと尋ねると、アウリンは首を横に振る。
「いいえ、つけておきましょう。今は暗くなって見えなくなるほうが危険だわ!」
その返答に、ユークは静かにうなずいた。
一歩ずつ慎重に進み、ついに通路の先の部屋へとたどり着く。中には小さな明かりに照らされた複数の人影が見える。
ユークはその中の顔を見た瞬間、思わず叫んだ。
「アズリアさん!? それに……ダイアスさんまで……!」
思いがけない再会に、ユークの胸がざわめくのだった。
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ユーク(LV.25)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:背中にアウリンの胸が当たってる……
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セリス(LV.25)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:暗いし臭いしジメジメしてるし最悪。
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アウリン(LV.26)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:ユークの背中ってこんなたくましかったっけ……
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ヴィヴィアン(LV.26)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:仲良くしている二人をみると何だかもやもやするわ……
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