第8話 セリスとの思い出
ユークはゆっくりと目を開けた。
窓の外はまだ暗く、空には星が見える。東の地平線がかすかに青みを帯びていたが、朝日が昇るにはまだ時間がかかりそうだった。
「……もう朝か」
ぽつりと呟きながら、ユークは目をこする。商会で働いていた頃の名残か、彼の朝はいつも早い。
視線を横に向けると、静かに寝息を立てるセリスの姿があった。金色の髪が枕に広がり、規則正しく上下する胸元がかすかな動きを生んでいる。
まるで何の警戒心もない子供のような寝顔だった。
ユークはそっと身体を起こし、自分の胸元に揺れるペンダントを指でなぞる。
(……軽いな)
ペンダントの中にはかつて銀貨三枚が収められていた。
それは、ユークが《賢者の塔》へ向かうと決めたとき、母が持たせてくれた大事な銀貨だった。どんなに困窮しても決して手をつけるな、と念を押されていたものだ。
けれど——
カルミアに追放を言い渡されたあの日、ユークはこの銀貨を使って馬車に乗り、故郷へ帰るつもりだった。
だが、思いがけずセリスが追いかけてきて、結果的に宿代として消えた。
(……帰りそびれちゃったな)
ユークは苦笑する。
セリスには、昔から助けられていた。
強化術士として能力が低かったユークは、カルミアのパーティーでは常に冷遇され、取り分も他のメンバーより少なかった。
だからあまり自由に食べ物を買ったりは出来なかったのだがユークが飢えることは無かった。
「はい! これ、買ってきたからいっしょに食べよう」
そう言って、パンや果物を買ってきては金の無いユークに色々とさべさせてくれたからだ。
宿代が払えないときは、自分の部屋に泊めてくれた。
「じゃあ、私の部屋に泊まればいいよ」
「遠慮しないで?」
「いいよ、ベッドは一緒に使えばいいでしょ」
「そんな事言うなら、わたしが床で寝るから!」
「ほらやっぱり、いっしょに寝た方が温かいじゃない」
PTでカルミアから辛く当たられることもあったがそんなときもセリスはユークを庇ってくれた。
「そこまで言う事ないでしょ! え? 部屋? 何でユークと一緒じゃいけないの!?」
ユークはセリスの寝顔をちらりと見て、そっとペンダントを握りしめた。
(返さないとな……今度は、俺が)
ユークはそっと胸元のペンダントを握りしめた。冷たい金属の感触が、幼い日の記憶を呼び覚ます。
——ユークは幼い頃、人付き合いが苦手だった。
ユークは幼い頃から、人見知りで人と話すのが怖かった。できるだけ目を合わせないようにし、置物のように過ごしていた。
けれど、そんな彼の世界はある日、一変する。セリスとの出会いによって。
すべての始まりは、ユークの家族がカルミアの父の商会に住み込みで働くことになったことだった。
見知らぬ大人たちに囲まれ、不安と緊張で縮こまるばかりの毎日。何をすればいいのかも分からず、ただ怯えていた。
そんなときだった。
「ねえ、君の名前は?」
ユークが顔を上げると、そこには金色の髪をなびかせた少女が立っていた。まっすぐな瞳でユークを見つめ、にこりと笑う。
「……ユーク」
小さな声で答えると、少女は満足そうに頷いた。
「ふふっ、ユークね! 私はセリス。よろしくね!」
その日から、セリスはまるで家族のようにユークに接してくれた。
「ユーク! 私のこと、お姉ちゃんって呼んでくれてもいいのよ?」
「……お姉ちゃん?」
「そう! だって私のほうが背が高いんだから! あなたは弟よ!」
人見知りだったユークにとって、セリスの存在は救いだった。彼女はいつも嬉しそうに笑いながら、オモチャやお菓子を分けてくれた。
どれだけユークが遠慮しても、「いいのよ、私はお姉ちゃんだから!」と言って譲らなかった。
「ユークってば、本当にかわいいわね!」
セリスに頭をなでられるたび、こそばゆくて、でもどこか安心した。
そして、カルミアともその頃に出会った。
彼は昔から自信に満ちていて、行動力があって、ユークにとっては憧れのような存在だった。けれど――
「邪魔だっ!どけっ!」
幼いながらも、ユークはカルミアから嫌われていることに気づいていた。彼は、セリスと一緒にいるユークを面白く思っていなかったのだ。
それでも、日々は静かに流れていった。
ユークが成長するにつれ、父と同じように商会の仕事を手伝うようになった。その影響で、次第にセリスと会う機会も減っていく。
そんな中、思いもよらぬ出来事が起こった。
「ユーク、お前も探索者にならないか?」
カルミアから突然の誘いを受けたのだ。
「俺は行かないです。危ないし、そもそも戦うのなんて無理なので」
当然のように断った。探索者なんて、危険な仕事だ。ユークには縁のない話だと思っていた。
しかし、数日後――
「……いいのか? ユーク。お前が行かないなら、お前の親父も路頭に迷うことになるぞ?」
カルミアの態度は、もはや誘いというより脅迫だった。
(なんでそこまで……)
不可解な圧力をかけられ、ユークは決断を迫られる。そして、ついに探索者になる決意をした。
心配させると思い、探索者になることを母にだけ伝え、他には誰にも言わずに静かに旅立つつもりだった。
しかし――
「ユーク。商会を辞めて、探索者になるって本当?」
驚いて振り向くと、そこにはセリスがいた。どうやって知ったのか、彼女はまっすぐな目でユークを見つめている。
「どうして、それを……?」
「本当なのね。分かった」
それ以上、セリスは何も言わなかった。ただ、何かを決意したように頷いた。
そして、旅立ちの朝。
準備を整え、商会の皆に黙って馬車に乗り込むと――
「えっ……セリス!?」
そこには、当然のように馬車に乗るセリスの姿があった。
「何驚いてるの? 一緒に行くわよ、ユーク」
ユークの新しい人生は、思いもよらぬ形で幕を開けた。
(セリスが一緒に来てくれて、本当に良かった)
もし彼女がいなければ、とっくに心が折れて帰っていたか、あるいは——命を落としていたかもしれない。
ユークはペンダントを握る手に、そっと力を込めた。
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ユーク(LV.11)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:小さい頃は本当にかわいかった。
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セリス(LV.12)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:ユークに食べ物を与えるのが趣味。
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