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第76話 薄氷の勝利


「これは……!」


 アウリンに危機が迫る中、ユークがポケットの奥から取り出したのは、エウレから渡されていた試作品だった。


 それは丸く、黒い色をした魔道具で、ロックを外してスイッチを押すと、六秒後に爆発の魔法が発動する仕組みになっている。


 本来必要な制御系の呪文部分をすべて、爆発魔法の威力を上げる呪文に置き換えたことで、価格や大きさに対して破壊力を高めることに成功している――と、エウレは説明していた。


 ただしその代償として本体は使い捨てとなり、実用性に難があると、彼女は少し落ち込んだ様子で語っていたのを覚えている。


「アウリン! 目を閉じろ!!」


 それが唯一の手だった。ユークはそう確信し、爆発の魔道具を握りしめると、声を張り上げた。

 そして、間髪(かんぱつ)入れずに詠唱に入る。


 妨害される覚悟はあった。だが、敵は何の反応も見せない。まるでユークの存在を脅威とすら思っていないかのようだった。


 ――それでいい。


(妨害がないなら、それに()したことはない……)


 心中でそう(つぶや)き、ユークは魔力を一気に高めていく。

 そして、詠唱の最後の一節を言い放った。


「《フラッシュボルト》!」


 (まばゆ)い閃光が炸裂する。


 まるで真昼の太陽を凝縮したような白光が、周囲を覆い尽くす。強烈な光に包まれ、あらゆる影をかき消していく。


 ユークはすぐに目を閉じた。そして左手の魔道具に指をかけ、そのスイッチを押し込んだ。


(6、5、4……)


 心の中で数を刻む。爆発のタイミングを逃すわけにはいかなかった。


(3、2――今っ!)


 ユークは魔道具を振りかぶり、閃光の中へと投げ放った。


 視界を奪われていたのは、ユークだけではない。あのマーダーエイプもまた、閃光を避けるために目を閉じているはずだった。


 ユークがそっと目を開けたその瞬間、彼の投げた魔道具がモンスターの目前で炸裂する。


「よしっ!」

 思わず、ユークが声をあげた。


 爆風と熱がルビーの顔を包み込み、一気に焼き尽くすように襲いかかる。


『ぎゃあああああああああ!!』


 凄まじい咆哮があたりに響き渡った。


 ルビーは顔を両手で(おお)い、苦悶の声を上げながら暴れ回る。その姿を見届けながら、ユークは息を荒げ、声を張り上げた。


「アウリン! 沼の魔法を!」


 彼の意図を察したアウリンが、無言で頷き、すぐさま詠唱を始る。


(マーダーエイプ……あのモンスターはダメージを受けると、本能的に後方へ跳ぶ。以前戦った(ラルド)のときと同じなら、今回もそう動くはず……)


 これまでの戦闘経験、観察による推察(すいさつ)、そして知識。すべてを信じ、ユークは集中して呪文を(つむ)いでいく。


「《ストーンウォール》!」


 一枚目の石壁が、空中に狙い()ました位置に出現する。


「《ストーンウォール》!」


 二枚目は床から()え、分厚い壁となってそびえ立った。その位置は、一枚目の直下にあたる。


「《ストーンウォール》!」


 三枚目の壁が地面を突き破り、空間を囲うように構築(こうちく)されていく。


「《ストーンウォール》!」


 そして四枚目。ついに“石の(おり)”が完成し、落下する巨体を閉じ込める構造が姿を現した。


「アウリン!」

 ユークの声に呼応するように、アウリンの詠唱が締めくくられる。


「《|ヴォルカニックスワンプ《溶岩の沼》》!!」


 石の檻の中心に設置された魔法陣からあふれ出したのは、真紅と漆黒が入り混じる粘性の液体――灼熱のマグマだった。


 音もなく流れ出したそれは、石の箱の内部を静かに満たしていく。


「グ、ウウウ……ッ!」

 ルビーの足が、一歩、後退する。


 ユークは息を呑み、敵の脚に宿る力に目を凝らした。


(……来る!)


 心臓の鼓動さえ忘れるほどの緊張が全身を支配する。


(頼む……跳べ。そのまま、俺たちが張った罠の中へ――)


 ルビーの巨体が宙を舞った。ユークが思い描いたとおりの軌道を描き、空中を裂いて飛翔(ひしょう)する。


『っ……かはっ!』


 空中で背中が石壁に激突し、そのまま重力に引かれて真下――灼熱の地獄へと落下していった。


「ギィイイイアアアアアアアアアアアア!!!!」


 絶叫が空気を揺らし、戦場に響き渡る。


 ルビーの巨体が、煮えたぎるマグマの海に沈んでいく。

 足が、胴が、次第に焼けただれ、もがく腕が壁を掴もうと伸びるも、それはもう届かない。


 灼熱がすべてを呑み込み、もはや逃げ場などなかった。


「……終わった……のか……?」


 ルビーが沈んでから、しばしの静寂が場を支配する。


 やがて、赤く煮え立つマグマの中から光があふれ出し、まるで収束するようにして再び沈んでいった。


 それは、存在の終焉(しゅうえん)を告げる光だった。


「やった……これで……本当に……」


 拳を強く握りしめ、ユークが感情の波に飲まれそうな声でつぶやく。


「どうやら、うまくいったようね……」

 足を引きずりながら、アウリンが彼のもとへと歩み寄ってくる。


「アウリン! 大丈夫!?」


 ユークが駆け寄る。

 その瞳に映っていたのは、戦いの勝利よりも彼女の無事だった。


「ちょっと足を怪我しただけ。……それより、今は勝利を喜びなさいよ」


 痛みに耐える笑みを浮かべ、アウリンが静かに返す。

 その声には、戦い抜いた者だけが持つ静かな誇りが宿っていた。


 今回の戦いで、最大の難敵だったのは、彼女たちの異常な再生能力だった。

 どれほど致命的な一撃を加えても、人間の姿へ戻ればすべてが無かったことになる。

 完全に倒しきる手段がなければ、終わりなき戦いとなる。


 その再生を断ち切る唯一の策――それが、灼熱の中で焼かれ続けるという状況を作り出すことだった。


 焼け焦げた空気の中、肉の焦げる臭いが漂う。


 ユークとアウリンは黙って、ただその中心――マグマの海を見つめていた。


 ようやく、二人の心に勝利の実感が、ゆっくりと染み込んでいくのだった。


◆◆◆


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ユーク(LV.25)

性別:男

ジョブ:強化術士

スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)

備考:罠が完成する前に跳ばれてはダメ、予想とは別の方向に跳ばれてもダメ、上手く魔道具の爆発を当てないとダメ。だいぶギャンブルだったがそれ以外に勝ち筋を見つけられなかった。

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━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

アウリン(LV.26)

性別:女

ジョブ:炎術士

スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)

備考:足の痛みで呪文の詠唱を失敗したら全てが終わるため、ものすごく

緊張していた。

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