第73話 分断
セリスは荒い息を吐きながら、巨大な猿のモンスターへと変身した女性――パーオベスと対峙していた。
「やっ……! はぁっ!」
パーオベスの鋭く振るわれる斬撃を、セリスは一歩ごとに見切り、跳ねるように回避する。
冷静さと反射神経、そして積み重ねた経験が、彼女をぎりぎりの均衡に留めていた。
『ふふふ……避けてばかりでは、わたくしを倒すことなどできませんわよ?』
嗜虐的な微笑を浮かべながら、パーオベスが嗤う。
「やぁっ!」
斬撃の合間の僅かな隙を突き、セリスが鋭く踏み込んで渾身の一撃を繰り出す。
だが――
『効きませんわ。その程度の攻撃、わたくしには!!』
セリスの一撃はパーオベスの肩をかすめ、薄く血を滲ませる。しかし、それは致命打には程遠かった。
『あははははっ!』
パーオベスは攻撃を受けながらも、逆に反撃に転じた。手に持った大剣が空気を裂き、セリスの死角を狙って振り下ろされる。
「うわっ……! あぶなっ!」
だが、完全に不意を突いたはずの攻撃を、セリスは身をひねって間一髪でかわす。その反応速度は、常人の枠を明らかに超えていた。
『くっ! 今のを避けるとは……。なるほど、これが本当の天才というものなのね……』
パーオベスの猿の顔が、歪んだ笑みから次第に苦々しさを帯びていく。
『認めて……差し上げますわ。貴女は、確かにわたくしよりも才能があるのかもしれない……』
「な、なにをっ!」
予想外の言葉に、セリスが思わず声を上げた。
『ですが……! 仮に貴女が、才能や技術でわたくしを上回っていたとしても――』
パーオベスの目が見開かれ、興奮と狂気がないまぜになった光が宿る。
『レベルの差は、絶対に覆せませんわ!!』
「くっ……!」
セリスが槍を振るい、再び攻撃を仕掛ける。だが、攻撃はパーオベスの分厚い筋肉に阻まれ、深くは食い込まなかった。
『このわたくしに与えられたモンスター――マーダーエイプの肉体は! 人間のレベルで言えば三十五レベル相当。つまり今のわたくしは、実質的にレベル三十五の探索者と同等ということ!』
パーオベスの斬撃が、疲れを見せぬ鋭さで振るわれる。
「このっ……!」
『貴女のレベルは二十? それとも三十かしら? エクストラスキルを使っていないところを見ると、三十には届いていないようですわねぇ!』
余裕の笑みを崩すことなく、パーオベスは容赦なく連撃を叩き込んでくる。
『どれだけ才能があろうとも、圧倒的な肉体性能の前では無力! わたくしはただ、貴女の体力が尽きるのを待っていればいいだけ!!』
そう言いながらも、パーオベスはセリスに息もつかせぬ猛攻を浴びせ続ける。
「ふっ! やっ!」
だが、そのすべてを、セリスはかろうじて回避していた。
『本来のわたくしでは倒せないような相手を圧倒し、蹂躙して、最後には首を跳ね飛ばす――その瞬間こそが、わたくしの悦び!!』
「……っ!」
セリスが反撃に転じるが、攻撃は浅く、決定打にはなりえなかった。
『貴女が無様にひれ伏し、自ら首を差し出すその瞬間……想像するだけでゾクゾクしてきますわ!』
パーオベスの表情が、狂気の快楽に染まっていく。
「しまっ……!」
攻撃の合間、回避動作の一瞬。セリスの足元がわずかに乱れる。それはこの戦闘では命取りの隙となってしまう。
『隙ありいいいっ!!』
パーオベスの斬撃が、セリスの身体を捉えた。
「きゃあああああっ!!」
鋭い悲鳴が響き、彼女の身体が地面を転がる。
『あっははははははっ! いい声ですわぁ!』
自分より才能のある女を地に転がしたことで、暗い喜びを得たパーオベスは、猿のモンスターの顔を醜く歪め、戦場に哄笑を響かせたのだった。
『はいっ! ドーン☆』
耳に残る陽気な掛け声とともに、体を猿のモンスターへと変じた少女、ルビーのハンマーが地面を叩きつけた。
砕けた床石が四方に飛び散り、わずかに遅れて空気が震える。
ユークとアウリンは、その一撃を紙一重で回避していた。
「くっ……!」
「このっ!」
二人がそれぞれに声を上げる。だが、相手はそれを見て無邪気に拍手をしてくる。
『おお〜、すごいすごい! ちゃんと避けられたね〜☆』
(……なんとかして魔法を撃つ隙を見つけなきゃ)
アウリンが焦りながら隙を探す。そして詠唱に入ろうとした――そのとき。
『それは、させないよ〜☆』
ルビーが地面の瓦礫をハンマーで弾いた。
鋭く砕けた破片が空を裂き、アウリンを狙って飛んでくる。
「きゃっ……ああああっ!」
破片が肩をかすめ、肉を裂いた。アウリンはよろめき、詠唱は中断される。空中に浮かんだ魔法陣が儚く霧散した。
「《フレイムボルト》!」
その隙にユークが詠唱を行い、即座に魔法を放つ。
炎の矢が一直線に、モンスターと化している彼女の巨体を撃ち抜いた。
――だが。
『ん〜? 何かした〜?』
ルビーは肩をすくめ、にやけたまま微動だにしない。
(……効いてない!?)
ユークの奥歯がきしむ。焦燥が胸を焼いた。
(やっぱり、もっと詠唱の長い魔法じゃないと、まともなダメージにならない……!)
だが、諦めるわけにはいかなかった。
ルビーの攻撃を避けながら、ユークは素早く詠唱できるよう、精神を集中していく。
(……こうなったら、“アレ”を使うしかない!)
ルビーの武器である巨大なハンマーは、彼女が変身した猿のモンスターの巨体と比べても非常に大きかった。
『え~いっ☆』
「うわっ!」
振り下ろされたそれをユークは全力で避ける。
だからこそ、徒手空拳のラルドどころか、大剣を使うパーオベスと比べてもなお、その重量により、ルビーの攻撃は遅くなってしまっていた。
『それ〜☆』
「ひいっ!」
アウリンが攻撃をギリギリで回避する。
攻撃動作の隙の多さ。それだけが、今の二人に残された数少ない希望だった。
ユークはアウリンと視線を交わす。そして、わずかな頷き。
(今だ!)
一息に詠唱を終え、ルビーの死角に魔法陣を構築する。
「《フラッシュボルト》!」
まばゆい閃光が辺りを包み込む。
ユークとアウリンは瞬時に目を閉じ、光から目を守った。
だが――
『ん〜☆ 終わったかな〜?』
恐る恐る目を開けたユークの視界に映ったのは、手で目元を覆いながら、余裕の表情を浮かべるルビーだった。
「な……んで……」
『ふふっ、リーダーから聞いてたんだよね〜☆』
『君、そういう魔法得意だって。だからさ、目つぶったタイミングでピンと来ちゃった〜!』
ルビーが笑うと同時に、ハンマーを大きく振りかぶる。
『それっ!』
「っ、しまっ——」
魔法を防がれたことに動揺し、わずかに避けるのが遅れた。
「ぐっ……ああああああぁぁっ!!」
ユークの脇腹をかすめた一撃は、それだけで軽々と彼の身体を吹き飛ばす。
「ユークッ!!」
アウリンの悲鳴。だが、返事の暇もなくルビーが再び動く。
『はい、ドーン☆』
「きゃああああっ!!」
横薙ぎに振られたハンマーがアウリンの足に引っかかる。
それだけで彼女の体が宙を舞い、床へと叩きつけられた。
「ぐっ……あ、うっ……!」
何とか上体を起こすが、右足が折れたのか、膝が地面についたまま動けない。
ユークもまた、腹を押さえながら這うように身を引きずっていた。
そんな二人を見下ろしながら、ルビーは楽しげに指を立てる。
『さ〜て☆ ど・ち・ら・に・し・よ・お・か・な〜☆』
左右に視線を振り、わざとらしく首をかしげる。
まるで、遊び道具を選ぶ子供のように。
――もはや、ユークたちに勝ち目がないことは、誰の目にも明らかだった。
ラルドの拳が、矢継ぎ早にヴィヴィアンへと打ち込まれる。
鋭い連撃は、容赦など一切なく、まるで彼女の意志をへし折ろうとしているかのようだった。
「くっ……! はっ! このっ……!」
ヴィヴィアンは盾を構え、咄嗟に全ての攻撃を受け止める。しかし、防戦一方の彼女に、余裕と呼べるものは微塵もなかった。
『そらぁっ!』
叫びとともに振るわれたラルドの一撃が、鎧の肩口をかすめる。金属が歪み、表面が凹んでいく。
『まだまだいくぜ!!』
「はぁぁああああっ!」
ヴィヴィアンは懸命に防ぎ続けるが、少しずつ鎧に傷や凹みが増え、ダメージは着実に蓄積していく。
『すげぇなその盾、俺がこれだけ殴っても傷ひとつ付かねぇじゃねぇか!』
皮肉とも賞賛とも取れる口調で、ラルドが口元を歪める。
「はっ……はっ……うぅ……!」
ヴィヴィアンの呼吸は荒く、足元もふらつき始めていた。
(私が……ここで耐えれば……それだけみんなの助けになるはず……)
崩れそうになる意識を必死に繋ぎ止めながら、彼女は前を睨み続ける。
『テメェをぶっ殺したら、その盾は俺がもらってやるよ!』
怒鳴るように吐き捨てて、ラルドが再び拳を振り上げる。勢いそのままに、拳が唸りを上げて振り下ろされる。
「このぉぉおおおおっ!」
ヴィヴィアンも応戦するが、その動きには陰りが見え始めていた。
「ぐっ……!」
長い攻防の果てに、ヴィヴィアンの反応が一瞬遅れた。兜の留め具が壊れ、頭部を守っていたそれが宙を舞う。
頭からは血が流れ、美しかったピンクの髪が乱れる。
それでも――
ヴィヴィアンの瞳から、まだ光は消えていなかった。
『気に入らねぇ……気に入らねぇなあ!! もっと命乞いしてみやがれっ!!』
ラルドの手が、ヴィヴィアンをつかもうとゆっくりと伸びてくる。
(もう……足に力が入らないわ……ごめんなさい、みんな……)
彼女の意識が沈みかけた、そのときだった。
突如、周囲を白く染め上げる閃光が炸裂した。
「きゃっ……!」
『がっああああっ!? 目がッ、目がぁッ!!』
ラルドが苦悶の声をあげる。両手で顔を覆い、後ずさる。
ヴィヴィアンは俯いていたおかげで、直撃を免れていた。
眩しさの中で、信頼する仲間が得意とする魔法が彼女の脳裏に浮かぶ。
(これは……この魔法はっ……!)
驚きに息を呑むヴィヴィアンの唇から、ある名がこぼれ落ちた。
「ユーク君……?」
震える声に、確かな希望が宿っていた。
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ユーク(LV.25)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:何とかここを切り抜けないと……
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セリス(LV.25)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:どうしても上手くいかないっ!
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アウリン(LV.26)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:何とか立つことは出来そう。
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ヴィヴィアン(LV.26)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:全身が痛い、立てない。
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ラルド(LV.??)
性別:女
ジョブ:諡ウ螢ォ
スキル:諡ウ縺ョ謇(譬シ髣倥?蝓コ譛ャ謚?陦薙r鄙貞セ励@縲∵?シ髣倥?謇崎?繧偵o縺壹°縺ォ蜷台ク翫&縺帙k)
備考:別に盾は使わない、欲しいだけ。
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パーオベス(LV.??)
性別:女
ジョブ:荳顔エ壼、ァ蜑」螢ォ
スキル:螟ァ蜑」縺ョ謇(螟ァ蜑」縺ョ謇崎?繧貞、ァ蟷?↓蜷台ク翫&縺帙k)
備考:才能のあるやつなんて、みんな才能を活かしきれずに死んでしまえばいい!
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ルビー(LV.??)
性別:女
ジョブ:讒悟」ォ
スキル:讒後?謇(謌ヲ讒後?蝓コ譛ャ謚?陦薙r鄙貞セ励@縲∵姶讒後?謇崎?繧偵o縺壹°縺ォ蜷台ク翫&縺帙k)
備考:ちょこまかと動く人間を潰すのが好き。
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