第71話 探索の終わり
ユークたちは、ダンジョンと化した古びた屋敷で探索を続けていた。
窓のない長い廊下は、かつて朽ち果てていたはずが、今は魔力の影響で鮮やかに蘇っている。
深紅の絨毯が床を彩り、壁には燭台が等間隔に並び、仄かな光を灯している。
「敵っ!」
先頭を歩いていたセリスが、瞬時に気配を察知して叫んだ。
「っ! どこ!?」
仲間たちが警戒しながら周囲を見渡す。しかし、見える限りの空間には、敵の姿はない。
「上だっ!」
ユークが咄嗟に叫び、全員が反射的に天井を見上げた。
その目に映ったのは、ぬるりとした黄色い粘体。天井に張りついたまま、じわじわと彼らの真上に移動している。
「イエロースライムよ! そこまで強くはないけど、顔に張り付かれたら窒息するわ!」
アウリンがすばやく説明した。
「了解! 下がって、俺がやる!」
ユークは杖を構えると、素早く詠唱を終える。
「《フレイムボルト》!」
杖先から放たれた炎の矢が、天井に張りついていたスライムたちを正確に撃ち抜き、爆発する。燃え上がる熱と共に、それらは一瞬にして蒸発するように消えていった。
「ふう……」
ユークが息を吐くと、セリスが先行して周囲の探索を行う。
「ドア、見つけたよー。開けるね」
彼女は慎重に扉の取っ手に手をかけ、ゆっくりと押し開けた――が。
「うわっ……!」
扉の隙間から中を覗いた瞬間、セリスは反射的に数歩後ずさった。
「セリス、どうかしたの?」
彼女のすぐ後ろで様子をうかがっていたユークが心配そうに声をかける。
「……穴。ドアを開けたら、いきなり穴が空いてた」
そう言いながら、セリスは胸の鼓動を抑えようと深く息を吐いた。
ユークはその言葉を聞いて眉をひそめると、恐る恐る扉の向こうを覗き込んだ。続いてアウリンとヴィヴィアンも顔を寄せる。
「……なるほど」
ユークがぽつりと呟いた。
扉の向こうには、確かに廊下が存在していた――ただし、縦に。
本来、床であるべき面が垂直に延びており、まるで通路そのものが九十度回転してしまったかのようだった。真っ直ぐな窓も扉も無い通路が、上下方向へと果てしなく続いている。
「下は……もう、何も見えない。どこまで続いてるんだ、これ……」
ユークは唾を飲み込みながら、縦に伸びる廊下の底を覗き込んだ。だが視界は闇に塗りつぶされ、底などまったく見えない。
「上も同じよ。延々と廊下が続いてるわ~」
ヴィヴィアンが見上げながら、小さくため息を漏らす。
「よし、ちょっと深さを確かめてみる」
ユークはポケットを開けて鉄球を取り出した。手のひらに乗せたそれは、明らかに重みがあり、落下すれば音を立てるはずだ。
「これを落とせば、音がするまでの時間で、ある程度の深さがわかるはずだ」
彼は慎重に手を伸ばすと、鉄球を真下へと放した。
沈黙が降りる。
一秒、二秒……十秒。
しかし、音は返ってこなかった。
「……おかしいな。いくら何でも、深すぎる」
ユークが眉をひそめる。
「ここは無理ね。こんな落とし穴みたいな廊下、進めるわけがないわ」
アウリンが肩をすくめると、彼女は手早く扉を閉めた。
「他のルートを探しましょう。……もう少しまともな道があるといいけど」
その言葉に誰もがうなずいた。
──それからしばらくして。
「……で、いろいろ探索したんだけど……」
アウリンが腕を組みながら、疲れたように言う。
「結局、先に進めそうな道は見つからなかったのよね〜」
ヴィヴィアンが苦笑を浮かべながら同意した。
「……残ってるのは、あの上下に続く通路だけか」
ユークが再び、先ほどの縦廊下の扉を開いた。先ほどと同じ景色が、そこに広がっている。
「……それで、どうやって行くの、これ?」
セリスが床に伏せ、顔だけ通路の端に出して下を覗き込みながら言った。
「どうしようか……」
ユークが唸るように言う。
「う〜ん……なんかいい案ないかしら」
アウリンも唇を尖らせて考え込む。
こうして一行は、重力を無視したかのような縦の廊下を前にして、再び立ち尽くすことになったのだった。
「よっ! ほっ!」
軽やかな声とともに、セリスが石壁を跳び移る。器用な身のこなしで、一段、また一段と、下へと降りていった。
「《ストーンウォール》」
ユークが静かに詠唱する。廊下の壁から新たな石の足場がせり出した。それはセリスの乗っている石壁の、少し下に重ならないように配置される。
「えいっ!」
ズシン、と音を立ててヴィヴィアンが上から飛び降りてきた。
「不安だわ〜……この足場って大丈夫かしら〜」
不安げに足を上げ下げして、ヴィヴィアンがぽつりと呟く。
「たぶん大丈夫……壊れたりはしない、はず……」
「そうね、大丈夫よ……たぶん……」
ユークとアウリンがが自信なさげに返した。
下からセリスの声が響いてくる。
「ねえ、みんなー! 来ないのー?」
「あ、ちょっと! あんまり先に行かないでってば!」
ユークが慌てて降りていく。
「はやくー!」
「ああもう……《ストーンウォール》!」
再びユークが魔法を発動し、新たな足場を確保する。
「やった!」
セリスの無邪気な歓声が響いた。
「行っちゃったわ……ねえ、これ本当に大丈夫??」
ヴィヴィアンが不安そうにアウリンに問いかける。
「これしか方法がないから、仕方がないでしょ?」
アウリンが肩をすくめ、一段降りていく。
「うぅ……もう、ええいっ!」
ヴィヴィアンも覚悟を決め、慎重にもう一段飛び降りた。
ようやく全員が穴の底に到達すると、ヴィヴィアンが声を上げる。
「もうっ、二人ともはしゃぎすぎよ!」
呆れた様子でユークとセリスに詰め寄る。
「……ごめん」
「ごめんなさい……」
素直に謝る二人に、ヴィヴィアンは溜息をついた。
見上げると、石の壁が螺旋を描きながら天井へと伸びている。
「まぁ、無事に降りられたんだし、いいじゃない」
アウリンが二人をフォローするように言う。
「……ふぅ、ほんとにもう!」
それで一区切りと判断したのか、ユークが話し出す。
「とりあえず、あの石壁は消しとこうか」
魔力の供給を止めると、石の足場が静かに崩れ落ち、元の平坦な廊下へと戻る。
「次は……こっちね」
アウリンが下を見る。そこには、何の変哲もない扉が一枚、ぽつんと床に取り付けられていた。
「いい? 開けるよ……」
ユークが慎重に扉を開く。中は広い空間のようだ。下まではかなり距離があり、床はまったく見えなかった。
「壁……?」
どうやらこのドアは壁際に設置されているようで、すぐ横に壁が広がっている。
「私、ちょっと見てみる!」
セリスが勢いよく顔を突き出す。
「んん……? なんか変……」
眉をひそめるセリスを見て、ユークが心配そうに声をかける。
「大丈夫? 無理しないで……」
「平気……けど、私ちょっと行ってみるね!」
「えっ、ちょ、待っ……!」
ユークの制止も聞かず、セリスは扉の向こうへ飛び込んだ。
「セリス!!」
ユークが慌てて駆け寄る。しかしセリスは落ちることなく――いや、落ちたはずなのに、するりと体をひねって、《《壁に垂直に着地した》》。
「は!?」
呆然とするユークの横で、アウリンが腕を組みながら説明する。
「どうやら、この部屋と通路……地面の向きが違ってるみたいね」
「え? どういう意味……?」
ユークがぽかんと口を開ける。
「行ってみればわかるわ!」
「うわああああああ!!」
アウリンに押し出されるようにして、どたばたしながら全員がドアから出ていく。
「いてて……」
ユークが出てきたドアを見ると、それは壁につけられた普通のドアだった。上から降りてきたはずの廊下が、横にずっと奥まで続いている。
「こ、ここは……?」
視線を巡らせたその先には、天井の高い、広大な空間が広がっていた。
「ここはダンスホールね。貴族やお金持ちがパーティーを開くための部屋よ」
アウリンが淡々と説明する。
「小さい頃、よく連れていかれたわ。何度もドレスを着替えなきゃならないのが嫌で、ぐずった覚えがあるの……」
ヴィヴィアンが懐かしそうに微笑んだ。彼女の育ちの良さを物語る一言だった。
「……誰か、いる!」
突然、セリスが鋭く声を張り上げる。
その一言に、全員が一気に緊張を高めた。警戒しながら視線を向けると、遠くに三つの人影が見えた。
「ふん……本当に来やがったか」
「ただの人間も侮れませんわね」
「え〜、めんどくさ〜い☆」
それは、三人の女だった。それぞれがただ者ではない気配を纏っている。
そして――
「……お前はっ!」
ユークの瞳が見開かれる。
「へぇ……よりによって、来たのがお前らだとはな……」
その女は仮面とローブで身を隠し、子供たちを攫った張本人。猿のようなモンスターに変身し、ユークたちを苦しめた巨躯の女。
「いいぜ、リベンジマッチだ!」
ユークたちが一度は倒し、そして逃げられた――誘拐の実行犯、ラルドだった。
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ユーク(LV.25)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:またアイツか……
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セリス(LV.25)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:大丈夫……やれる。
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アウリン(LV.26)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:対策は出来ているわ。
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ヴィヴィアン(LV.26)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:今度は吹き飛ばされないわよ!
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