第70話 見えない壁
「ここがダンジョンになってるなら、わざわざ魔力を温存する必要もないか……」
ユークは小さくため息をついた。
「《リーンフォース》」
彼の声と同時に、蒼い魔法陣が足元から広がった。波紋のように魔力の光が走り、仲間たちの身体を淡く包み込んでいく。
「よし、行こう」
ユークが声をかけると、アウリン、セリス、ヴィヴィアンの三人が迷いなく頷いた。
彼らが壁を通り抜けると、そこには窓のない長い廊下が続いていた。幸いにも燭台が一定の間隔で設置されており、魔法で照らす必要はなさそうだ。
「やっぱり、迷路みたいになってるのか……」
ユークがうんざりしたように呟く。
「でも大丈夫よ。ちゃんと地図を描いてるから」
アウリンが笑顔でそう言いながら、手にした紙をひらひらと振って見せた。
彼らは慎重に歩を進めていった。しかし、そのとき——
「っ! 前方、敵!」
先頭を行くセリスが、急に足を止めて警戒の声を上げる。
ユークたちはすぐさま構えを取った。奥の暗がりから現れたのは、岩のような装甲に覆われた狼の群れだった。
「アウリン!」
「アーマーウルフね。15階層クラス……まあ、大したことはないわ」
即座に敵を識別し、アウリンが自信満々に答える。
ユークとアウリンはほぼ同時に詠唱を開始した。
「《フレイムボルト》!」
真下から放たれた魔法がアーマーウルフの頭を吹き飛ばし、瞬く間に一体が消滅する。
「!?」
突然の攻撃に、残りのアーマーウルフたちはうろたえて動きを止めた。
その隙を逃さず、ユークとアウリンが魔法を打ち込む。
「《フレイムボルト》!」
「《フレイムアロー》!」
次々に放たれる魔法がモンスターたちを直撃し、数を減らしていく。
残った数体が反撃に転じようと踏み出したその時——
「やぁああああっ!!」
鋭い叫びとともに、すでに接近していたセリスが槍を振るう。岩のような装甲の継ぎ目を正確に突き、敵を切り刻んだ。
「ガルッ!?」
悲鳴のような唸り声を最後に、狼たちは力尽き、光になって消滅する。
「先に進もう」
ユークたちは、床に転がる魔石には目もくれず、先を急いだ。
しばらく進んだ先、再びセリスが足を止める。
「……あそこ、角に何かいる」
彼女の警告に、仲間たちは慎重に進んだ。
しかし、角を曲がった先にいたのは——
「……うさぎ?」
ユークがぽつりと呟く。そこにいたのは小さな白いウサギだった。ふわふわと毛を揺らしながら、きょとんとこちらを見つめている。
「っ! こいつは!」
アウリンが目を見開いて叫ぶ。
「スモールラビットよ。階層で言えば1階程度の弱い魔物……むしろ、家畜として飼われてることもあるわ」
その場に、妙な沈黙が流れる。
「……弱くない?」
ユークが気まずそうに聞いた。
「たぶん、この屋敷の元の主がペットとして飼っていたものなんでしょうね……」
「《フレイムアロー》」
アウリンが冷たく詠唱を唱えると、魔法がうさぎの群れの中心を直撃した。小さな身体たちが一斉に逃げ出したが、爆発に巻き込まれて淡い光とともに消滅する。
「……進もう」
「そうね」
気まずい空気を振り払いながら、一行は再び歩を進めた。
やがて、先頭のセリスが再び立ち止まった。
「……何か、進めなくなった」
彼女が不思議そうに前を槍で突いている。
「え? あ、本当だ。なんだこれ……透明な壁?」
ユークが前に出て手を伸ばすと、そこには見えない何かが確かに存在していた。まるで透明なガラスが張られているかのように、それ以上進めなくなっている。
「空間の繋がりが途切れてるわね。ここからは進めないわ。別のルートを探しましょう」
アウリンがさらりと言う。
「でも、ここまで一本道だったはずじゃ……?」
ユークが疑問を口にする。
「仕方ないわね。とりあえず……壁を調べてみましょうか」
アウリンがため息をつきながら、壁に手を触れた。
その様子を見ていたセリスが、ふと何かに気づいたように前へ出る。
「あっ! あそこ、行けそうだけど!」
セリスが走っていき、槍の先で壁をチョンと突くと、そのまま槍が壁に沈んでいった。
「……なんで触ってもいないのに分かるのよ……」
アウリンが呆れたように目を細め、ぽつりとつぶやく。
「とりあえず、行ってみようか……」
ユークの提案に、皆がうなずいた。
壁の向こうには、思いのほか広い部屋が広がっている。
「わあっ、果物がある!」
セリスがテーブルの上に目を留め、籠に盛られた瑞々しい果実を指さした。
「食べちゃだめよ、セリス。それもダンジョンの魔力で再現されたものだから」
アウリンがセリスに釘を刺す。
「分かった」
素直にうなずくセリス。
その様子を見ながら、ユークがふと気になったことを口にした。
「ねえ、こういう魔力でできてる食べ物を食べて、消化した後に魔力が消えたら……どうなるんだ?」
アウリンは少し考えたあと、静かに語り出す。
「昔聞いた話だけど、ある魔法使いの男が、とあるダンジョンで遭難したの。一年も行方不明になって、ようやく救助されたんだけど……その間、ダンジョン内の果物なんかを食べて生き延びていたらしいわ」
皆の視線が彼女に集まった。
「その男は街に戻ったあと、心配をかけたお詫びに珍しい魔法を披露しようとしたんだけど……いざ魔法を発動した瞬間、彼の体が崩れて、骨と肉片になって死んでしまったそうよ」
「ひぇっ……」
ユークが顔をひきつらせてドン引きしていた。
「たぶん、ダンジョンから出たあとは、自分の魔力で体を維持してたのよ。でも魔法を使って魔力が減ったせいで、維持できなくなった体の一部が消えてしまったんだと思うわ」
「私、絶対に食べない……」
「俺も……」
セリスとユークが青ざめた顔で果物を睨みつける。
「ふふ……」
そんな二人を見て、アウリンがくすりと笑った。
「アウリンちゃん、二人をあんまり驚かさないの!」
ヴィヴィアンが微笑みながらアウリンの頭を軽く叩く。
「いったぁっ!?」
アウリンが思わず悲鳴を上げる。
「ちょっと、ヴィヴィアン! あんた今、鎧着てるんだから加減しなさいよ!」
頭を押さえて抗議するアウリン。
「はぁ……とりあえず、この部屋は行き止まり……かな?」
そんな二人を見て、気を取り直したユークが部屋を見回す。
「みたいね。別のルートを探しましょう」
アウリンが答えた。
「……また壁を調べるのかしら〜?」
ヴィヴィアンがため息をつきながら、ほほに手を当てて首を傾げる。
「任せて! 私、だんだん分かるようになってきたから!」
セリスが自信満々に手を上げてみせた。
「それが一番不思議なのよね……本当にどうして分かるのかしら」
アウリンが遠い目をして首を振る。
「いいじゃん、便利なんだから。さあ、次に行こう!」
ユークが笑いかける。
彼らのダンジョン探索は、まだまだ続いていくのだった。
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ユーク(LV.25)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:ほんとに迷いやすいな……
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セリス(LV.25)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:食べちゃダメなのか、後で捨てておこう……
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アウリン(LV.26)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:地図を書くのも一苦労ね……
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ヴィヴィアン(LV.26)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:いつもと違ってものが多いから、戦うのに邪魔だわ~
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