第68話 突入
【誘拐犯のアジトの襲撃当日】
「鎧の修繕、間に合ってよかったわ〜」
ヴィヴィアンが修繕された鎧を軽く撫でながら、安心したように微笑む。
修繕された部分は元の鎧とは色味がわずかに違っていたが、機能に問題はないようだった。
「セリスの槍も、戻ってきたみたいだけど、調子はどう?」
ユークが隣で槍を手にしているセリスに声をかける。
セリスは無言で槍をくるりと回転させると、素早く空中を数度突いてみせた。
「……うん、大丈夫!」
満足げに頷くセリス。
「そっか。よかった」
ユークは安心したように笑みを浮かべ、そっと胸を撫で下ろす。
そんな和やかな雰囲気の中、アウリンが肩を落としてぼやいた。
「転移阻害の魔道具、結局間に合わなかったわね……」
「うん、まあ急な話だったし。備えとして持っておくのも悪くないよ。立て替えてもらった分も、一年あれば十分返せるから」
ユークは彼女の落胆をやんわりと受け止め、前向きな言葉を返す。
「……そうね。うん、ありがとうユーク」
アウリンは少し照れくさそうに笑い、頬を掻いた。
「よしっ! 準備完了よ〜!」
兜をかぶり終えたヴィヴィアンが、元気いっぱいに両手を上げて宣言する。
「じゃあ、みんな準備も整ったし……ギルドへ向かおうか」
ユークがそう告げると、仲間たちは一斉に頷き、彼について歩き出した。
【探索者ギルド】
「来たか、ユーク」
探索者ギルドで待っていたのは、アズリアだった。彼女の後ろには、武装した部下たちが四人整列している。
アズリアは軽く手を上げると、自分の部隊のメンバーをユークたちに紹介した。それに応えるように、ユークたちも一人ずつ名乗りを上げ、互いの顔と名前を確かめ合った。
「では、現場へ向かう。ついてきてくれ」
簡潔な命令とともに、ユークたちはアズリアに続いて集合地点の建物へと歩を進めた。
【集合地点の建物内】
「うわぁ……」
ユークが思わず声を漏らした。
広い建物内には、ギルドガードの制服を着た者たちが所狭しと集まっている。その人数に圧倒されるのも無理はなかった。
「今回の作戦には、かなりの戦力を動員している。私もこれほどの部隊を一度に見るのは久しぶりだ」
アズリアがユークにだけ聞こえるような声で呟いた。
「すまないが、時間がない。彼らの紹介は省かせてもらう」
そう言うと、彼女は全員に向き直って声を上げた。
「この作戦ではスピードが命だ。我々の部隊が先に敵アジトに突入する。君たちはその後に続いてほしい」
続けて、彼女は声のトーンを落とした。
「最優先は敵の排除ではなく、子供たちの救出だ。発見次第、迷わず一度後方へ連れ戻し、安全を確保してから再度突入してくれ」
「了解しました」
ユークが静かに頷く。
「……ところで、アズリアさん。敵は転移魔法を使いますよね。その対策って……」
ユークが訊ねると、アズリアは少しばかり疲れたように目元を押さえ、短くため息を吐く。
「……残念ながら、対策はない」
彼女の声は悔しさを滲ませていた。
「だからこそ、今回は犯人の確保ではなく、救出を主目的にした作戦にしている」
「……その件なんですが、実は……」
ユークが口を開き、アウリンが作成を依頼していた転移阻害の魔道具について説明を始めた。
「なに……? そんなものが存在しているのか?」
アズリアの目が大きく見開かれる。
「確認するが、今回は間に合わないんだな?」
「はい……すみません」
うなだれながら答えるユークに、アズリアは静かに頷いた。
「そうか……分かった。もし次の作戦がある時には、エウレ師を通じてギルドガードに連絡してくれ。その魔道具については、ギルドガードが買い取れるよう話をつけておこう」
ユークの目がぱっと明るくなった。
「本当ですか!?」
「だが……すまない。次があるか分からない段階では、今は資金を出すことはできない」
アズリアが申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「いえ、それで十分です。ありがとうございます」
ユークは深く頭を下げた。
そんなやり取りの終わりに、壇上に立った年配のギルド幹部が、重々しい声で作戦の概要を語り始めた。
話の内容は、ほとんどアズリアから聞いていたものと同じだったが、ユークにはよく分からない専門的な話も含まれていた。ただ、アズリアが特に補足を入れないということは、ユークに関係のない情報なのだろう。
そして、彼の口から短く号令が飛ぶ。
「では、作戦開始!」
その一言を合図に、ギルドガードの隊員たちが一斉に声をあげた。建物の壁が震えるかのような気迫が、彼らの本気を物語っていた。
「行くぞ、ついてこい!」
アズリアが短く言い放ち、部下たちを率いて動き出す。部隊は各々に分かれ、目的地で合流するという段取りだ。
ユークたちがついていったアズリアの部隊が到着したのは、見た目はボロいが、規模も装飾も妙に立派な屋敷だった。
「こんな場所に……」
ユークがぼそりと呟く。
全員で敷地内に入り、屋敷の周囲を包囲するように散開。窓や扉に張り付いて、合図を待つ。
「フロゴ。やれ!」
合図がきて、アズリアが命令を飛ばすと、彼女の部下の一人、大柄な男がにやりと笑った。
「うっす!」
彼は手にした大槌を構え、大きく振りかぶると、全力で窓に叩きつけた。
窓ガラスが派手に砕け、破片が辺りに飛び散る。
「突入!」
アズリアの号令とともに、彼女の部隊が窓から屋敷へと一斉に突入していった。
周囲からも怒号と破壊音が響き渡り、他の部隊もそれぞれ突入を開始したのだとわかる。
ユークは後ろを振り返り、仲間たちに声をかけた。
「よしっ、俺たちも行こう!」
セリス、アウリン、ヴィヴィアンが真剣な表情で頷く。
「セリス!」
「はい!」
先頭を任されたセリスが、躊躇なく屋敷の中へと身を躍らせる。
それに続き、ユークたちも誘拐犯のアジトへと飛び込んだ。
屋敷の中は、思いのほか静かだった。
突入した先は、左右に長く伸びた廊下。古びてはいるが、豪奢な絨毯が敷かれており、壁には装飾的な燭台が並ぶ。
ユークは、ふと立ち止まった。
「……あれ?」
何かがおかしい。そんな違和感が胸の奥で膨らむ。
振り返ると、仲間たちは全員そろっていた。だが――
「先に入ったはずのアズリアさんたちは……?」
ユークは目を細め、あたりを見渡す。
確かにアズリアたちは先行していた。だが、どこにもその姿は見当たらなかった。
「ユーク! 見て!」
アウリンの切羽詰まった声に、ユークが反応する。
「……え?」
アウリンが指さしたのは、先ほど自分たちが突入した窓だった。
そこは――まるで最初から壊されていなかったかのように、元通りになっていたのだ。
「どうして……?」
ユークが呆然と呟く。
何が起きたのか、まったく理解できない。
「っ! セリス!」
すぐに気を取り直したユークが、セリスに指示を飛ばす。
「はいっ!」
セリスは迷わず槍の石突きを窓に向けて突き立てた。だが――
槍は固く閉ざされた窓に弾かれ、振動だけを残して跳ね返される。
「……やっぱり」
アウリンが、眉をひそめて考え込む。
「アウリン? 何かわかったの?」
ユークが問いかけると、アウリンはゆっくりと顔を上げた。
「みんな……おそらく、この屋敷そのものがダンジョンになってしまってるわ」
その言葉に、ユークたちは言葉を失った。
常識が音を立てて崩れていく中、彼らは互いの顔を見つめ合うしかなかった。
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ユーク(LV.25)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:≪賢者の塔≫以外のダンジョンか。入るのは初めてだけど大丈夫かな……
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セリス(LV.25)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:外の景色は見れるのに窓が開かない……変なの。
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アウリン(LV.26)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:脱出は出来そうにないわ、進むしかない。
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ヴィヴィアン(LV.26)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:これは困ったことになったわね~
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