第7話 カルミアの憂鬱
探索者ギルドの一室。そこには四人の男たちが向かい合って座っていた。
カルミア、ベリル、ジル、そして新たに加わる予定の男――ペリド。
ペリドは自信に満ちた笑みを浮かべ、腕を組んで見下ろすように言った。
「やあ、君たちがカルミア君のパーティーだね。噂は聞いているよ。たった10%しか強化できない足手まといを抱えながらも、同期のルーキーの中で最速で9階まで到達した将来有望なパーティーだってね」
その言葉に、カルミアたちは露骨に機嫌を良くした。確かにユークの強化術は微々たるものだったが、彼らはそれを補うだけの実力を持っていた。そして、何よりも「最速で9階に到達した」という評価が彼らの自尊心をくすぐったのだ。
「僕が来たからには、これからはもっと上を目指せるよ。まあ、期待していてくれたまえ」
ペリドは肩をすくめて続けると、ふと周囲を見回した。
「……ところで、聞いていた話だと君たちのパーティーは四人だったはずだけど、一人足りないようだね?」
カルミアは一瞬、言葉に詰まった。視線を逸らし、わずかに表情を曇らせる。
「実は、一人抜けてしまいまして……でも、大丈夫です。ペリドさんが入るなら、すぐに補充できますから。ただ、昨日抜けたばかりで代わりを探す時間がなくて、今日はこの四人で挑もうと思っているんです」
淡々と説明するカルミアだったが、どこか気まずそうな雰囲気が漂う。その様子を見て、ペリドは大げさに肩を落とし、わざとらしくため息をついた。
「まったく、仕方ないな。せっかく僕が入ってやるというのに、抜けるなんて見る目がない奴だね」
カルミアは苦笑いを浮かべ、「いやー、そうっすね」と相槌を打つ。しかし、その横でベリルとジルは明らかに不快そうな顔をしていた。
「……なんだこいつ」
二人は小声でぼそりと漏らす。ペリドの自信過剰な態度が鼻についたのだ。だが、カルミアはすかさず彼らに目配せし、ペリドに気取られぬよう静かにたしなめる。
「ん? 何か言ったかい?」
ペリドが怪訝そうに尋ねる。
「い、いえ! 何でもないです!」
不思議そうに眉をひそめるペリドに、カルミアは即座に笑顔を作り、慌てて誤魔化した。
「ふむ……まあいい。じゃあ、早速9階へ行こうか」
「え? いきなりですか?」
驚くカルミアに、ペリドは当然のように肩をすくめてみせた。
「本当は10階に行きたいんだけどね。でも前衛が三人しかいないなら仕方ない。……まあ、9階なら余裕だろう?」
その態度に、ベリルとジルはまたしても顔を見合わせ、小声で「本当に大丈夫か……?」と囁き合うのだった。
◆ ◆ ◆
賢者の塔の第九階層に剣撃の音が響く。
カルミアの剣が的確にゴーレムの装甲を削ぎ、ベリルが堅実に仲間を守る。そして、ジルの大剣がうなりを上げながら、狙い澄ました一撃を振り下ろした。
対するは巨大なゴーレム。
一撃ごとにダメージは確実に与えているはずだが、なかなか決着がつかない。思ったよりも時間がかかっていた。
その様子を少し離れた場所から眺めている男がいた。
ペリド。
彼は戦闘には一切加わらず、ただ悠然と立っている。しかし、彼の周囲には淡い赤色の魔法陣が広がり、仲間たちを包み込んでいる。
彼のスキル、ブーストアップ――範囲内の仲間の物理攻撃を30%向上させる強化魔法が発動している証だった。
そしてついに、ジルの大剣がゴーレムの首元へと叩き込まれる。砕けた石片が四方へ飛び散り、巨体が崩れ落ちた。
「……やっぱりジルの一撃はすげえな」
カルミアが感嘆の声を漏らし、大剣の持ち主であるジルが無言で肩をすくめる。
確かに攻撃の威力は上がっている。ユークがいた頃と比べても、単発の火力だけならペリドのスキルのおかげで強化されているはずだった。
だが——。
「……おかしいな」
ベリルが眉をひそめた。
「一体倒すのに、やけに時間がかかった気がする……前衛が一人いないとはいえ、それだけの違いか?」
確かに手ごたえは良くなった。だが、それ以上に戦闘のテンポが悪い。
「まあ、一撃の威力は前より上がってるし、今回は運が悪かっただけだろう」
カルミアが違和感を覚えつつも、自分に言い聞かせるように言った。
すると、後ろで腕を組んでいたペリドが口を開く。
「君たち、時間かかりすぎじゃないか? 僕がパーティーに入ってるんだから、こんなザコもっとさっさと片付けてくれよ」
その言葉に、ベリルは思わず怒鳴りそうになった。
「戦闘中、何もしてなかったくせに……!」
だが、カルミアがすかさず肩を押さえる。
「すみません、前衛が一人少ないもので……」
カルミアは愛想笑いを浮かべ、頭を下げる。
「まったく、しょうがないなあ。今日は見逃してやるけど、明日からはちゃんとしてくれよ?」
偉そうに言い放つと、ペリドは面倒くさそうに欠伸を噛み殺した。
ジルも何か言いかけたが、カルミアの視線がそれを制する。
こうして、どこかギスギスした空気を引きずったまま——
朝から夜まで、彼らの狩りは続くこととなった。
◆ ◆ ◆
夜の探索者ギルドは、昼間とは違った空気を纏っていた。
賢者の塔での探索を終えた冒険者たちが、戦利品を換金し、酒場で仲間と騒ぐ。時には、新たな依頼の相談をしたり、情報を交換したりする姿も見られる。
カルミアたちのパーティーも、モンスターが落とした魔石を換金し終え、カウンターで報酬を受け取っていた。
「239ルーンか……まあ、一人減ったし、こんなもんだろうな」
受け取った金額を見て、ベリルが呟く。ジルも軽く頷き、特に異論はないようだった。
だが、そこへペリドが悠然と歩み寄り、無造作に手を差し出す。
「さて、終わったようだな。僕の分の分け前をもらおうか」
その態度に、ベリルは露骨に不機嫌な顔をする。
「うちはいつも、ダンジョン探索の後の飲み会で報酬を分けてるんだがな」
「そんな習慣、僕は知らないね。安っぽい酒場で時間を潰すつもりはない。今すぐ分け前をよこしてくれ」
ペリドの言葉に、カルミアは無言で報酬の一部を差し出した。
ペリドはそれを受け取り、ざっと金額を確認すると、眉をひそめる。
「……ちょっと待ってくれ。少なすぎるだろう? 僕の取り分は、他のメンバーより多いはずだ」
「……なんだと?」
ベリルの表情が険しくなる。
「待て、それは初耳だぞ」
ジルも目を細め、カルミアに視線を向けた。
カルミアは、二人の剣呑な空気を感じつつも、静かに説明する。
「俺たちは一人53ルーン、ペリドさんは80ルーン。ちゃんと多くしてるだろ?」
「ふん……じゃあ、君たちが無能なだけか」
ペリドはつまらなそうに肩をすくめる。
「まったく、しっかりしてくれよ。この僕が入ってやってるんだからな!」
それだけ言い残し、ペリドはさっさとギルドを後にした。
静寂。
残された三人の間には、なんとも言えない沈黙が流れる。
「……すまん」
カルミアが搾り出すように呟く。
「チッ……」
ジルが舌打ちをし、ベリルは無言で肩をすくめた。
そのまま二人は探索者ギルドから出て行く。
カルミアは、彼らの背中をただ見送ることしかできなかった。
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カルミア(LV.13)
性別:男
ジョブ:上級剣士
スキル:剣の才(剣の基本技術を習得し、剣の才能を向上させる)
備考:ユークの入っていたPTのリーダーで、ユークを追放した張本人。
PTでの役割は司令塔。
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ベリル(LV.12)
性別:男
ジョブ:盾剣士
スキル:盾の才(盾の基本技術を習得し、盾の才能をわずかに向上させる)
備考:ユークの入っていたPTのメンバー。
PTでの役割はタンク。
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ジル(LV.12)
性別:男
ジョブ:大剣士
スキル:大剣の才(大剣の基本技術を習得し、大剣の才能をわずかに向上させる)
備考:ユークの入っていたPTのメンバー。
PTでの役割はメイン火力。
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ペリド(LV.30)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:ブーストアップ(パーティーメンバー全員の物理攻撃の威力を30%アップ)
備考:カルミアのPTに新たに入った強化術士。
PTでの役割はバッファー。
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