第67話 転移魔法の対策
ユークはアウリンと共に、エウレの邸宅を訪れていた。
いつものように出迎えてくれたのは、もう顔なじみとなったメイドだ。
「こちらへどうぞ……」
案内された先は、彼らが想定していた作業部屋ではなく、まさかの私室だった。
「え、寝室……?」
困惑するユークの声に続いて、寝巻姿のエウレが姿を現した。いつもと違う、少しだけ気の抜けた表情だ。
「おい、客を通すなと――……ああ、君か」
ユークの顔を見て、エウレは肩の力を抜いたようにため息をつく。
「悪いな、今日は実験の気分じゃ……っと、どうやら今日も違う用件のようだな」
エウレの視線がアウリンへと向かう。その視線にはわずかに警戒心と、興味が混ざっていた。
「その前に……すみません、昨日お借りした魔道具なんですけど、ギルドガードの人に勝手に貸してしまって……」
ユークは素直に頭を下げる。
「ああ、その話はもう聞いてる。緊急事態だったんだろう? 別に構わんさ。で、用件は何かな?」
エウレの目つきが鋭くなる。やや不機嫌そうに椅子に腰掛けた彼女の顔には、確かな疲労の色がにじんでいた。
ユークが一歩引き、代わってアウリンが前に出る。
「誘拐犯の討伐に関することで来ました。実は私達も討伐に参加することに決めたんですけど……今回の誘拐犯は転移魔法を使うんです」
「ほう……転移魔法とは、また珍しいものを……」
エウレの目がかすかに輝きを取り戻した。興味がわいたのだろう。
「それで、転移を阻害できる魔道具を作れないかと思って……」
アウリンが言い終えると、エウレは鼻を鳴らして笑った。
「ふん、そんなもんが簡単に作れるなら、とっくに世の中に出回ってるさ」
「『マジックシールド』っていう魔法、ご存知ですよね?」
アウリンはひるまずに話を続ける。
「ああ、知ってるとも。触れた魔法を魔力に戻す効果を持った半透明の壁を生み出す、対魔法においては最強の防御魔法だ」
「それをドーム状に展開できる魔道具があれば、転移魔法の発動を防げるって聞いたことがあって……」
「ふむ……面白い。確かに理屈は通る。試してみる価値はあるな」
エウレが身を乗り出した。研究者の本能が疼いているのが、その表情から伝わってくる。
「それで……作れますか?」
「もちろん作れるとも。『マジックシールド』を使える術者がいればね。それで、君は使えるのかい?」
「……え?」
ぴたりと空気が止まった。
「私は使えませんけど……エウレ師は使えないんですか?」
「私も使えないが……」
沈黙が流れる。
「なら、外注するしかないな……」
エウレが静かに呟いた。
「外注……?」
「ちなみに外注となると、かなり金がかかる。最低でも100万ルーンはするな」
「「100万ルーン!?」」
ユークとアウリンの叫び声が見事に重なった。
「うわぁ……それはさすがに……」
アウリンの顔が曇る。悩ましい額だった。
「ねえ、別にそこまでしなくてもいいんじゃない?」
ユークが口にした言葉を、アウリンはため息をついてから、諭すように言う。
「いい? 今回の誘拐犯はとんでもなくヤバいやつよ。どうやったか分からないけど、明らかにモンスターと融合してる人間を見れば分かるでしょ?」
「ああ、あれは……確かに異常だった」
「で、そんな奴が転移魔法で人間を攫っていくのよ? 今回は子供が対象だったけど、次は誰が狙われるかわからない」
アウリンの言葉に、ユークは言葉を失った。
「特にユークなんか、希少なスキル持ちでしょ? 悪い研究者に目をつけられたら、実験材料にされる可能性だってあるのよ?」
「……っ」
ユークは唇を噛んだ。そんな発想すらなかった自分の甘さを痛感する。
「正直、そんなやつは『この街の住民全てを実験材料する!』なんて、物語に出てくるような“悪役”みたいな事を言ってもおかしくないと思ってるわ。だから、逃さず倒せる時に倒しておきたかったのよ」
アウリンの言葉の重さに、ユークは黙って頷いた。
「……分かった。100万ルーンくらいなら、前と同じくらいの報酬が貰えるなら何とかなる。エウレさん、お金のことなんですが……今は手持ちがないんです。立て替えてもらうことは……」
「ふむ……理屈としては理解できる。私もこの街の有名な研究者だし、誘拐犯に目をつけられてもおかしくない立場だからな。立て替えは構わんよ。なんなら半分は私が出してやってもいい」
「ほんとに!?」
アウリンの顔がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます、エウレさん!」
ユークも心からの礼を述べた。
「なに……。倫理観のない研究者が、20レベル級の探索者を手玉に取る手勢を持ってるなんて、悪夢そのものだ。討伐できる時にしてしまう方がいい。問題は――間に合うかどうかだな……」
エウレは言い淀んだ。
「ねえ、ジオードさんに頼ることってできないかな?」
ユークはためらうように、しかし確かな声でアウリンに問いかけた。
アウリンは眉をひそめ、明らかに嫌そうな表情を浮かべる。
「ああ……本当は、あの方に頼りたくないけど……今はそんなこと言ってられないわね」
アウリンは覚悟を決めたような表情でユークの方を向いた。
それを聞いていたエウレが、不思議そうに首をかしげる。
「ふむ。ジオードというのは、君たちの知り合いかね?」
「えっと……ゴルド王国の王子様で……」
ユークが説明しかけた瞬間、エウレの反応が爆発した。
「はあ!? ジオード王子と知り合いだって!? あの、“現代によみがえった英雄”であるジオード王子と!?」
ジオードにはどうやらとんでもない異名があるようだった。
「……ええ、まあ」
あまりの剣幕に、ユークはやや引き気味に答える。
「私の方で殿下には手紙を出すので。エウレ師は魔道具についての書簡をお願いできますか?」
「あ、ああ……わかった。そちらはすぐに用意しておこう……」
エウレはまだ驚きが抜けない様子で返事をした。
ユークがふと思いついたように口を開く。
「……でも、ギルドガードがその魔道具を用意してる可能性ってないのかな」
アウリンは即座に否定した。
「転移阻害の魔道具については、私の師匠から聞いたことがあるわ。でも、その情報は一般には出回ってないの。だから、ギルドでも用意していないはずよ」
「師匠……? そういえば君の師匠とは誰だ?」
アウリンは何でもないようにさらりと答える。
「元・宮廷魔術師のヴォルフ師です」
その名を聞いた瞬間、エウレの顔色が変わった。
「ゴルド王国のヴォルフ師だと!? 君たちの人脈はすごいな! やろうと思えば、その人脈だけで一財産築けるぞ!」
「そうなんですか……」
だが、ユークの反応は冷ややかだった。ジオードとのつながりを金銭に変える気のないユークにとって、まるで興味がなかったからだ。
「……ずいぶんと反応が薄いな。どれだけすごいコネを持っているのか分かっていないのではないか? まあいい、では手紙は書いてしまっていいんだね?」
「はい。後で取りに行きますので、よろしくお願いします」
アウリンが軽く頭を下げて答えると、二人はそのままエウレのもとを後にした。
道すがら、ユークがぽつりとつぶやく。
「もう、セリスたちは帰ってるかな?」
「帰ってるんじゃない? 家で合流したら、そのままギルドに向かうわよ」
「おかえり〜」
「おかえりなさい」
家に戻ると、セリスとヴィヴィアンが笑顔で迎えてくれた。
「それで……修理代金って、いくらだったの?」
ユークが問いかける。
「私の鎧が1万ルーン。セリスの槍が2000ルーンだったわ~」
「えっ、そんなにかかるのか……」
ユークは思わず声を漏らしてしまった。予想以上の出費に驚きを隠せない。
「はぁ……仕方ないわね。修理代は、みんなで負担しましょう」
アウリンがため息をつきながらも、静かに提案した。
「いいの? 私は助かるけど……」
ヴィヴィアンが心配そうに問い返す。
「仕方ないでしょ……私たちを守るためにやったことなんだし」
アウリンはユークに振り返る。
「いいでしょ? ユーク」
「もちろん。仲間なんだから、当たり前だよ」
「ありがとう……本当に助かるわ」
ヴィヴィアンの表情がほっと緩み、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、みんなでギルドに行きましょう」
ギルドでは、『誘拐犯のアジトの討伐依頼』を受けたそのついでに、レベルの確認も行う。
その結果は——
ユーク:LV.22 → LV.25
セリス:LV.22 → LV.25
アウリン:LV.23 → LV.26
ヴィヴィアン:LV.22 → LV.26
「だいぶ上がったな……」
ユークは自分のギルドカードを見て、目を細めた。
「もうレベル30も近いわね!」
アウリンが嬉しそうに微笑む。
「ユークとおそろいだね」
セリスはあまりレベルには興味がなさそうに呟いた。
「私だけちょっと高いのね。一対一で倒したから……かしら?」
ヴィヴィアンが不思議そうに首をかしげる。
「さて、依頼までの間、どうしようか? 《賢者の塔》に行ってみる?」
ユークが皆に提案する。
だが、アウリンはすぐに首を横に振った。
「今は意味がないわ。20階を超えないと、もうレベルは上がらないし。ヴィヴィアンは鎧がないし、セリスも予備の槍を使ってる。ボスと戦って万が一があったら危険すぎるわ」
「だったら私、試したいことがあるの。ヴィヴィアン、少し付き合ってもらってもいい?」
セリスが小首を傾げてヴィヴィアンの方を向く。
「いいわよ〜。私でよければ、いくらでも」
ヴィヴィアンが快く答えた。
「う〜ん。それじゃ私は、実戦用の複合属性魔法を完成させようかしら。ユーク、手伝ってくれる?」
アウリンがまっすぐにユークを見つめる。
「わかった。任せてくれ」
こうして、それぞれの行動方針が決まった。
それから三日後。
ギルドからの使者として、セラフィがユークたちのもとを訪れる。
「敵のアジトが判明しました。準備が整い次第、出発をお願いします」
その報せを聞いたユークはギュッと拳を握りしめた。
(……カルミア)
今、因縁の戦いが始まろうとしていた。
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ユーク(LV.25)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:ようやくあの仮面の男が本当にカルミアなのか確認できる……
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セリス(LV.25)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:ジルバ師匠から教わったアレを出来るようになればきっと役にたつはず!
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アウリン(LV.26)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:複合属性魔法をはやく完成させないと……
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ヴィヴィアン(LV.26)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:今度こそ、皆を必ず守って見せるわ!
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