第63話 絶望的な戦い
「ユーク!」
戦いが終わり、アウリンが駆け寄ってきた。顔には明らかな不安が浮かび、今にも泣き出しそうな様子だ。
「よかった……無事で……!」
そう言って彼女は勢いよくユークに抱きついてきた。
「痛い痛い痛い痛い!」
どこか骨でも折れてるのか、大げさに痛がるユーク。
「気を抜かないで!」
セリスが鋭い眼差しで、目の前の焼け焦げた死骸を睨みつける。その表情には、戦士としての緊張感が色濃く宿っていた。
「うう、ほんと……ひどい目にあったわ……」
ヴィヴィアンも遅れて合流してくる。鎧の肩を軽くさすりながら、彼女は呟く。
「アレで死なないわけが――」
アウリンがぽつりと口にしかけたが、ユークがその言葉を遮るように前に出た。
「違和感がある。あいつ……前に戦ったブレイズベアと同じ感じがするんだ。だとすれば……」
言葉を途中で切り、ユークはラルドの死骸をじっと見つめる。その表情に、ただの警戒ではなく、確信に近いものがあった。
すると、ラルドの黒く焦げた肉体が光を帯び、粒子となって宙へと舞い上がる。やがてその粒子は収束し――人の形へと変わっていった。
現れたのは、巨躯の女だった。
深緑の短髪が揺れ、焼けてなくなったローブの代わりに、薄いインナーだけの姿で地面にうつ伏せに倒れている。顔は伏せられていて、表情は分からない。
「とりあえず、拘束しておこう。倒れてるうちに――」
ユークが判断を口にした瞬間だった。
「伏せて!」
ヴィヴィアンが鋭く叫ぶ。それと同時に、全員が反射的に頭を下げた。
重たい金属の打ち合うような音が響き、ラルドのすぐ隣に、一人の女が降り立った。
全身をローブとフードで覆い、仮面で顔を隠している。
その体はラルドとは対照的に細くしなやかで、ローブの袖からは猿のモンスターのような腕が覗いていた。長大な大剣を軽々と片手で持ち、威圧的に構えている。
フードの隙間からは、鮮やかなオレンジ色の長髪が流れ出していた。
「もう一人……!」
ユークが息をのみ、思わずゴクリと喉を鳴らす。
仲間たちも一斉に武器を構えるが、女は微動だにせず、ただ冷ややかにこちらを見据えていた。
「……起きろ」
仮面の女が無機質な声でそう言うと、つま先でラルドを蹴った。
「う゛っ……!」
鈍い声を漏らしながら、ラルドがゆっくりと体を起こす。
「ガーネットか……すまねぇ、負けちまった」
ラルドはバツが悪そうに頭をかきながら、仲間らしきその女に視線を向けた。
「……実験材料に逃げられた」
ガーネットと呼ばれた女は、冷たい口調で告げる。
「はぁ!? 何やってんだよ、それ!」
ラルドが思わず怒鳴るように言い返すが――
「お前に言えたことか?」
仮面越しでも分かるほどの冷たい視線が、ラルドを貫いた。
「い、いや……それは……」
ラルドは言葉に詰まり、しゅんと肩を落とす。
「……まずはこいつらを片付ける。話はそれからだ」
ガーネットが視線をユークたちに向けた。氷のような目が、一人ひとりを静かに見定める。
(まずい……今の俺たちは、まともに戦える状態じゃない)
ユークの額に、冷たい汗が流れ落ちる。
セリスは先の戦闘で槍を手放しており、武器が無い。
ユーク自身も、体中が痛みで動かすのも辛い状態だ。
アウリンは魔力が残っているとはいえ、前衛はヴィヴィアン一人だけ。
この状況で勝てる相手ではない。
ガーネットはもう片方の腕からも猿のような異形の腕を伸ばし、大剣を両手で握った。彼女の足がわずかに開かれ、剣を構える。
それは明らかに、訓練を積んだ者の構えだった。
「……剣術を使うのね」
ヴィヴィアンが小さく呟く。
「その通りだ……」
不敵に笑いながら、仮面の女・ガーネットが答えた。その目には余裕と侮りが滲んでいる。
「私は、この女とは違う。正式な剣術を納めた、本物の剣士だ。モンスターの筋力と正統剣術――それが合わさった私は最強だ。はっきり言ってやる。私は、ラルドよりずっと強い」
その言葉に、ユークの心が暗く沈む。
自分たち全員でようやく倒した強敵。その上をいく相手など、どう戦えというのか。思考が止まりそうになる。
「……そう。じゃあ、私がお相手させてもらうわ」
ヴィヴィアンが静かに前に出た。凛とした気配を纏いながら、ゆっくりとガーネットへと歩を進めていく。
「な、なに言ってるんだよ! 無茶だ、ヴィヴィアン!」
ユークが慌てて叫ぶ。声は震え、表情には明らかな動揺が浮かんでいた。
だが、止められなかった。今の彼らには、他に選択肢など残されていなかったのだ。
「誰からだって関係ない。全員、切るだけだからな……」
ガーネットの口元が静かに動く。直後、その体が流れるように動き、洗練された剣の構えから鋭い斬撃が繰り出された。
ユークの目にも、素人とは思えないほどに美しい剣筋だった。
「避けたか……まぁ、その程度はやってもらわないと困る」
感情のこもらぬ声でつぶやいたガーネット。しかし、次の瞬間――
「……残念だわ」
ヴィヴィアンのため息とともに、ガーネットの仮面が音もなく斜めに裂ける。
仮面の下から現れたのは、褐色の肌を持つ精悍な美女。
遅れて、仮面と同じ角度で、顔に一筋の切り傷が走り、そこから血が溢れ出した。
「ぐっ……!」
ガーネットが顔を押さえる。痛みに耐えきれず、声が漏れる。
「今ので首を落とすつもりだったのに……」
ヴィヴィアンは心底残念そうな表情で小首を傾げる。まるで、少しだけ計算が狂ったことを悔しんでいるように。
その様子に、ユークは絶句した。信じられないという思いが喉の奥でつかえて言葉にならない。
「な……んで……?」
彼が知るヴィヴィアンは、いつも剣をうまく扱えず、盾でモンスターを押し潰してばかりだったはずだ。だが今、目の前にいる彼女は、まるで別人のように剣を振るっている。
「昔、私が剣士のジョブを得るために剣を習わされていたって話、したことあったでしょ?」
隣からアウリンが口を開いた。
「え? うん、でも……才能がなかったって……」
ユークは記憶をたどりながら頷く。
「その時に教えに来てくれてたのが、師匠の知り合いだったジルバ様だったの」
突然のカミングアウトにユークは目を見開く。ジルバといえば、王家の剣術指南役であり、「剣聖」のジョブを持つあのジオードをして、敵わないと言わしめた剣士だ。
「私は才能がなかったけれど、よく師匠のところに孫として遊びに来ていたヴィヴィアンも、一緒に剣術を習っていたのよ」
ユークは再びヴィヴィアンを見る。その構えは、確かに堂に入って見えた。
アウリンが続ける。
「ユーク、あのね? 騎士っていうのは……《《対人戦の専門家》》なのよ」
「何故当たらない! ただの人間に、私の強化された剣技が劣るはずがないというのに!!」
ガーネットが怒りを爆発させる。表情が歪み、激情のままに剣を振るう。
だが、ヴィヴィアンは一歩も引かない。どこに剣が来るのかを予知しているかのように、軽やかに身をかわし、そのたびにガーネットの身体に傷を刻んでいく。
「はぁ……私って本当に才能がないわ」
ヴィヴィアンは呟いた。戦いながらも、その声音にはどこか寂しげな響きがあった。
「体に染み付いた戦い方しか出来ない。ジルバ様や殿下みたいに、モンスターごとに戦い方を変えられたら、もっとみんなの役に立てたのに……」
「死ねぇぇえええええ!」
怒りに我を忘れたガーネットが、大剣を頭上に掲げ、渾身の力で振り下ろす。
「……でも。こんな形で役に立てて、本当によかったわ」
ヴィヴィアンの声とともに、その一撃は空を切る。
彼女は、風のようにすり抜け、ガーネットの背後へと移動していた。
長いオレンジ色の髪が宙を舞う。首元で、断ち切られたそれは、ゆっくりと地面に落ちる。
同時に、鋭く振られた剣の軌跡が、血のしぶきを地面に描いた。
「わ、私……は……」
ガーネットが震えるように呟き、後ろを振り返ろうとしたその瞬間。
首が地面へと落ち、体が遅れて崩れ落ちた。
倒れ伏した体からは、猿のような腕が光の粒子となって消え去り、元の人間の姿へと戻っていく。
「……剣の才能がない人間に、あのジルバ様がわざわざ剣術を教えると思う?」
アウリンの言葉が静かに響く。
ユークがヴィヴィアンの方を見ると、彼女は、いつもの柔らかな笑顔を浮かべて、無邪気に手を振っていた。
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ユーク(LV.22)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:……あまりヴィヴィアンを怒らせないようにしよう。
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セリス(LV.22)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:ジルバ師匠が家に来てからヴィヴィアンと摸擬戦するようになったけど、まだあんまり勝てない……
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アウリン(LV.23)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:正直、モンスターを盾で押しつぶしてるのを見ると申し訳なく思えてくるわ。
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ヴィヴィアン(LV.22)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:人型のモンスターが一番苦手よ、思わず体が動きそうになっちゃうから。
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ラルド(LV.??)
性別:女
ジョブ:諡ウ螢ォ
スキル:諡ウ縺ョ謇(譬シ髣倥?蝓コ譛ャ謚?陦薙r鄙貞セ励@縲∵?シ髣倥?謇崎?繧偵o縺壹°縺ォ蜷台ク翫&縺帙k)
備考:……冗談だろ?
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ガーネット(LV.??)
性別:女
ジョブ:蜑」螢ォ
スキル:蜑」縺ョ謇(蜑」縺ョ蝓コ譛ャ謚?陦薙r鄙貞セ励@縲∝殴縺ョ謇崎?繧偵o縺壹°縺ォ蜷台ク翫&縺帙k)
備考:「完全変化」が残っていたのに、抱え落ちしてしまう無能。
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