第61話 抗う者達
「行くぜっ!」
ラルドが不敵な笑みを浮かべながら突進してくる。
「セリス!」
ユークの声が飛ぶ。
「任せてっ!」
ユークの声に頷き、セリスは即座に駆け出した。鋭い動きで前へと飛び出し、迎撃の構えを取る。
「待って! 私が――」
「ヴィヴィアン! ちょっと……!」
同じように突撃しようとしたヴィヴィアンが、ユークに呼び止められる。
「やあああああっ!」
セリスが積極的に仕掛けるが、ラルドに与えるダメージはかすり傷ばかりで致命傷には程遠い。
「軽いなぁ! 攻撃がよぉ!」
バカにしたような口調で、タイミングよくセリスに殴りかかるラルド。
「きゃあああああっ!」
その一撃を受けてしまい、大きく吹き飛ばされるセリス。
「っしゃあっ! トドメぇ!」
ラルドは唸るように叫び、地を蹴って跳躍する。その拳は、完全に止めを狙ったものだった。
「させないわっ!」
ヴィヴィアンが盾を構えて飛び込んだ。ラルドの拳と鋼の盾が正面からぶつかり合う。
「へっ! 甘ぇよ!」
嘲るような声とともに、ローブの下から突き出された毛むくじゃらの猿のような足が盾で防御しているヴィヴィアンを下からすくうように蹴り上げる。
「っ! しまっ……!」
全身鎧を着て重量があるはずのヴィヴィアンが、ラルドの蹴りで宙に浮いてしまう。
「ぶっ飛びな!」
次の瞬間、振り抜かれたラルドの渾身の拳がヴィヴィアンの胸部を捉える。
「くっ……ああああっ!」
悲鳴を上げながら、ヴィヴィアンが吹き飛ばされた。彼女の身体が地面を滑り、土煙を舞い上げる。
「はっはぁ!」
ラルドが追撃の構えを取ったそのとき――
「このっ……!」
飛び込んできたセリスが、鋭く槍を振るいラルドの動きを止める。
「ちっ……邪魔が入りやがったか」
舌打ちをしながら、忌々しそうにラルドが間合いを取った。
「お姉ちゃん……」
「ユーク兄ちゃんたち、やばくないか……?」
閉じ込められている檻の中から覗くペクトとリマ。戦いの様子が、彼らには明らかに劣勢に映っていた。
「ペクト君! リマちゃん!」
すぐ近くから、聞いた声が飛んでくる。
「えっ?」
「兄ちゃん!? どうしてここに……!」
驚いて振り向いた二人の目の前に、ユークが駆け寄ってくる。
「よかった。これくらいの隙間があれば、十分に通れる!」
ユークは壊れた鉄柵を見やりながら、安堵の表情を浮かべた。
「二人とも、今のうちに出よう。逃げるよ」
ユークは両手を差し伸べ、慎重に金属の隙間を広げながら二人を導き出す。折れた鉄の棒が擦れて傷をつけないように、細心の注意を払って。
「えっと……」
ペクトは戸惑いながらも立ち上がる。
「ユークお兄さんっ!」
その瞬間、リマが彼に飛びついてきた。小さく震えながら、彼の腰に顔を埋める。
「よしよし、大丈夫。もう怖くないからね」
ユークは優しくリマの頭を撫でた。子供を安心させるように、落ち着いた声で語りかける。
「おいっ! こっちのほうは逃がし終えたぞ! そっちはどうだ!?」
そこにギルドガードの男が怒鳴りながら現れる。
「ひゃっ……!」
「きゃ……!」
大声に驚いたペクトとリマが反射的に身をすくめる。
「っと。すまねぇ」
ギルドガードの男はすぐに声を和らげた。
「大丈夫。この人は味方だよ。怖がらなくていい。二人とも、この人と一緒に行ってくれる?」
ユークは二人を軽く抱きしめてそう囁いた。
「え?」
「あの……」
ユークは二人の返事を待たず、すぐにその場を後にする。向かうのは、仲間が待つ戦場だ。
「二人はおじさんについてきてくれ。安全な場所に逃がす!」
ギルドガードの男が手を差し伸べ、二人はそのあとを追うように走り出した。
「急いで! こっちよ!」
しばらく走ると、アウリンが手を振っていた。その背後には五人ほどの子供たちが固まっている。
「これで全部だ!」
ギルドガードの男が声を張り上げる。
「ありがとう。あとはお願いします!」
アウリンは軽く礼を言い、すぐさま走り出した。目指すは、ユークたちの元。
「こっちだ!」
ギルドガードの男に導かれ、子供たちは倉庫を後にする。その先には、既に何人ものギルドガードが集まってきていた。
「先輩!」
駆け寄る若い隊員の声に、ギルドガードの男が大きく頷く。
「行くぞ! 子供たちを安全な所に逃がすんだ!」
ギルドガードの男が鋭く声を上げる。
だが、その声をかき消すように、冷え切った声が倉庫の方から響く。
「それは困るな……」
一瞬、空気が凍りつく。
ギルドガードの男が素早く振り向くと、そこにはラルドと同じように、ローブとフードで全身を覆い、仮面で顔を隠した細身の女──ガーネットが、倉庫の扉から姿を現していた。
「アレキサ! 子供たちを連れて逃げろ!」
ギルドガードの男が叫ぶ。
「せ、先輩……!?」
名前を呼ばれた女性隊員――アレキサが、戸惑いを隠せずに声を上げる。
「俺たちがこいつを足止めする。行けっ!」
それを見て、他のガードたちも無言で武器を構え、彼女の背を守るように立ちふさがる。
「……っ! みんな、こっちよ!」
アレキサは迷いを振り切り、子供たちを守るため走り出す。小さな手を引きながら、彼女の表情は強く決意に満ちていた。
「逃がすと思うか?」
低く抑えた声とともに、ガーネットが巨大な剣を抜き放つ。その鋭い刃が、一直線にアレキサへと振り下ろされた。
だが、その一撃を盾で受け止めた者がいた。
「させん!」
一人の若いガードが盾でその攻撃を受け止める。
金属が擦れる音とともに火花が散る。互いの力量の差は明白だったが、それでも彼は一歩も退かなかった。
「はぁ……。知っているぞ。ギルドガードに強化術士はいない。お前たちなど、足止めにもならない……」
つまらなそうにため息をつき、吐き捨てるように言うガーネット。
「俺たちが、いつまでも無策だと思っていたのか?」
ギルドガードの男が不敵に笑う。
「《ブーストアップ》、起動!」
その瞬間、赤い光を帯びた魔法陣が魔道具を中心に地面に展開される。隊員たちの体が魔力の光に包まれていく。
「な、に……?」
ガーネットが初めて、わずかに動揺の色を見せた。
──以前の事件を教訓に、ギルドガードは強化魔法を発動できる魔道具を、エウレに依頼していたのだ。
そしてエウレには、強化魔法をスキルではなく“魔法”として扱えるユークへの伝手があった。
すべては偶然だったが、その偶然が今、彼らにガーネットへ抗う術をもたらしていた。
「まさか、こんな任務で使うことになるとは思わなかったけどなぁ!」
ギルドガードたちが一斉に、武器を構えてガーネットに斬りかかる。
「まったく……忌々しい連中が!」
ついに、ガーネットが感情をあらわにし、怒声を上げた。
(注1) 第35話 莫大な報酬
◆
「……だいぶ時間を浪費してしまった」
ガーネットの声は、冷ややかだった。
彼女は立っていた。倒れ伏すガードたちの死体の中で、ただ一人、静かに。
その身体は血に濡れ、足元にはいくつもの命が転がっていた。
「もう“実験材料”どもを取り戻すのは無理か……」
つぶやきは、どこまでも無感情。
だが、次の瞬間、抑え込んでいた怒りが爆発した。
「クソがっ!」
叫びとともに、最後までしつこく抵抗してきたギルドガードの男の死体を睨みつける。
「弱いくせに、いちいち手間をかけさせやがって……!」
その言葉と同時に、ガーネットはギルドガードの男の頭を容赦なく踏み砕く。
「リーダーに、どう報告すればいい……っ!」
苛立ちのままに、何度も、何度も、音を立てるように蹴りつけた。
そして、突然その動きを止めると、まるで何事もなかったかのように静かな声に戻る。
「……仕方ない。ラルドの方へ向かうか。もう終わってるだろうがな……」
そう言って踵を返し、その場を立ち去った。
彼女が去った後の地面には、《《大柄な猿のような足跡が》》、血にまみれて何度も踏みつけた痕跡を残していた。
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ユーク(LV.22)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:セリスたちが強化魔法の範囲内から出ないように気を付けないと……
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セリス(LV.22)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:あの悲鳴、わざとらしく無かったかな……
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アウリン(LV.23)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:おかしい……聞いていた行方不明の子供の人数よりだいぶ少ないわね。
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ヴィヴィアン(LV.22)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:正面から受けてしまうなんて不覚だわ。
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ラルド(LV.??)
性別:女
ジョブ:諡ウ螢ォ
スキル:諡ウ縺ョ謇(譬シ髣倥?蝓コ譛ャ謚?陦薙r鄙貞セ励@縲∵?シ髣倥?謇崎?繧偵o縺壹°縺ォ蜷台ク翫&縺帙k)
備考:よえぇなあ! こんなもんかよ!
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ガーネット(LV.??)
性別:女
ジョブ:蜑」螢ォ
スキル:蜑」縺ョ謇(蜑」縺ョ蝓コ譛ャ謚?陦薙r鄙貞セ励@縲∝殴縺ョ謇崎?繧偵o縺壹°縺ォ蜷台ク翫&縺帙k)
備考:失敗してしまった。これではリーダーに褒めて貰えなくなってしまう。
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