第60話 異様な敵
倉庫街からの帰り道。
薄暗くなり始めた路地の一角で、彼らは再び、昼間に出会ったギルドガードと出くわした。
「よぉ。何か見つかったかい?」
ニヤニヤと笑いながら声をかけてくるギルドガードの男。
ユークは一瞬だけ彼を見やり、すぐに視線をそらした。
「……いえ。特に何も」
静かな声で、短く答える。
「ほらな? だから最初から言ってただろ、無駄足だって」
ギルドガードは声を張り上げて笑う。まるで自分の言葉が当たったことに、誇らしげで仕方ないとでも言いたげだった。
セリスが苛立ちを隠そうともせず、足を止めて言い返す。
「……ああもう、ムカつくー!」
セリスが鼻を鳴らし、不満げに睨みつける。
「まあまあ、セリスちゃん、落ち着いて……」
ヴィヴィアンが穏やかに微笑み、なだめるように声をかけた。
「……行きましょう」
アウリンがぽつりと呟くように言い、ユークの肩に手を添えた。
ユークは小さくうなずく。
「……うん。行こう」
空気の悪さを断ち切るように、ユークたちはその場を離れようとした――そのときだった。
「っ! ねえ、ユーク、それ……なんか動いてない?」
セリスが急に立ち止まり、ユークの腰にぶら下げられた装置を指さした。
それはマナトレーサー。
倉庫街に入ってからというもの、まったく役に立たなくなっていたはずの魔道具だった。
ユークが慌てて確認すると、確かに微かに魔力の反応が表示されている。
「……えっ!? ほんとだ……! こっちの方向に何かある!」
瞳が輝きを取り戻す。
ユークはそのまま、反応のある方へと駆け出した。
「ユーク、待って!」
セリスが叫びながら彼の後を追い、アウリンとヴィヴィアンもすぐに続いた。
「……頼む、頼む……頼む、頼む……!」
心の中で何度も願いを繰り返しながら、ユークは倉庫の間を走る。
そしてたどり着いたのは、他と変わらぬ、ただの古びた倉庫だった。
しかし――マナトレーサーは確かに、ここを指している。
「……ここだ」
低く絞り出すような声で、ユークが呟く。
直後に駆けつけた仲間たち。そして、ちゃっかりついてきていたギルドガードも、彼の背後から顔を出した。
「え? ここって……いや、ここも俺たちがチェック済みだぞ? 何もなかったはずだろ、こんなとこに……」
そう言いかけた瞬間――
倉庫の中から、金属が破断したようなバキィンッ!という音が響き渡った。
ユークは反射的に叫んだ。
「行くぞ、みんな!!」
彼の号令と同時に、仲間たちは迷いなく倉庫へと駆け出した。
――倉庫内。三十分前。
ペクトとリマは、倉庫の隅に雑に置かれた檻のひとつに、ふたりで押し込まれていた。
暗く、湿った空気の中。
リマは兄の膝に頭を預け、小さな寝息を立てている。
「……むにゃ……」
泣き疲れたのだろう。ぐっすりと眠るその顔を、ペクトはそっと見つめていた。
その瞳には、妹への深い思いやりと、どうしようもない無力感が滲んでいた。
やがて、リマが瞼をゆっくり持ち上げる。
「……ん?」
彼女はぼんやりと目をこすりながら、周囲を見回す。
そして、すぐに現実を思い出したのか、たちまち顔が曇った。
「おはよう、リマ」
ペクトが静かに声をかける。
「……うん」
リマはうなずきながらも、表情は晴れなかった。
けれど、少しは落ち着いたのか、小さな足音を立てて、檻の中を歩き出す。
「お腹すいた……」
「俺も……」
リマが歩きながら呟くとペクトもそれに同意する。
ふと、彼女の足が止まった。
そして、檻の中から壁の方をじっと見上げる。
「どうしたんだ、リマ?」
ペクトが首をかしげながら尋ねる。
「あれ……」
リマが小さな指を上に向けた。
ペクトが視線を追うと、暗がりの上部、壁にぽっかりと開いた小さな窓が見えた。
「……あの窓か? たしかに、外と繋がってるかもしれないな」
だが高さがありすぎる。子どもの背丈では到底届きそうになかった。
それに、そもそもこの檻を抜け出せなければ意味がない。
そんな現実を前に、ペクトがため息をつこうとしたとき――
「ユークお兄さんから教えてもらった魔法……! あれで窓を光らせたら、きっと誰かが気づいてくれるかも!」
リマが輝く目で、兄を見た。
「えっ、そんなことできるのか……?」
ペクトは驚いたように目を丸くする。
「ペクト! 肩車してっ!」
即座にリマが頼み込んだ。
ペクトは戸惑いながらも、リマを肩に乗せ、できるだけ高く持ち上げる。
「くっ……重くないけど、届かないな……!」
「うーん……! でも、もうちょっとだけ!」
そう言って、リマは檻の鉄棒を手がかりに、ペクトの肩の上でそっと立ち上がった。
「危ないってば、リマ!」
ペクトが焦って叫ぶ。
「あと少し……もうちょっとなの……!」
リマは必死だった。
バランスを崩しそうになりながらも、窓に向かって小さな手を伸ばす。
「……っ! 《光れ》!」
魔力を指先に込め、リマが呪文を唱えた。
その瞬間、窓の向こうがかすかに光に包まれる。
「やった……!」
だが――
「わっ……!」
「きゃあっ!」
バランスを失い、ふたりは檻の中に倒れ込んだ。
「いてて……」
「うう……ごめん、ペクト……」
幸い、大きな怪我はなかった。
だが、ペクトが起き上がった瞬間、息を呑む。
「ペクト、どうし――」
リマが振り返る。
そこにいたのは、灰色のローブを着て、顔を仮面で隠した女――ラルドだった。
彼女の肩が、不気味に小刻みに震えている。
「……てめぇら……そこで何してやがる……?」
低く、静かな声。だが、その声音に込められた怒気は、凍えるほどに冷たかった。
リマは思わず身をすくめ、ゴクリと唾を飲み込む。
「な、何もしてない! 本当だ!」
ペクトがとっさに妹の前に立ち、両手を広げるようにして庇う。
ラルドは冷笑を浮かべた。
「ガーネットの奴が言ってたんだよ。『あいつらは実験材料だから傷つけんな』ってな。だけどよ……」
檻の鉄棒を握るその手に、力がこもる。
「一匹や二匹、見せしめにぶっ殺しても構わねぇよなあ?」
バキィンッ!
金属の棒が破断し、甲高い音が響き渡る。
ラルドがその隙間に、ゆっくりと腕を差し入れてくる。
――そのとき。
「《フレイムボルト》!!」
倉庫の扉が吹き飛ぶように開き、轟く声が響いた。
ラルドが反射的に振り向く。
「なっ……!」
声の主は、駆け込んできたユークだった。
「いた! リマちゃん! ペクト君!」
ユークが檻の中のふたりを見つけ、叫ぶ。
「ユークお兄さん!?」
「ユーク兄ちゃん! なんで!?」
「そんな……馬鹿な……!」
後ろでは、ギルドガードの男が狼狽し、うろたえていた。
「セリスっ!」
ユークが叫ぶと同時に、金色の髪がなびいた。
セリスが、槍を構えて一直線にラルドへ突っ込んでいく。
「ちぃっ!」
ラルドがローブの中から、異様に太い腕を引き抜き、それを盾にして防御する。
「なっ……!」
セリスが目を見開く間もなく、ラルドのもう片方の腕が彼女を横薙ぎに払う。
「っ……!」
だが、セリスは巧みに受け身を取り、軽やかに着地した。
「大丈夫、セリス!」
ユークが駆け寄る。
「私は平気! でも、あいつ……攻撃が効いてない!」
セリスが歯を噛み締めて報告する。
「それって……! 《リーンフォース》!」
即座に理解したユークは、自らのスキルを発動。
青い魔法陣が広がり、それを見たラルドが忌々しげに舌打ちする。
「ちっ! 強化術師がいんのかよ、めんどくせーな!」
ラルドはその大柄な体に不釣り合いなほど、巨大な両腕を構えてファイティングポーズをとった。
「《ライトアップ》!」
ユークが倉庫全体を照らす魔法を放つと、そこに映し出されたラルドの姿に、皆が息を呑む。
「うそ……」
「なんだ、あれ……」
照らされたラルドの両腕は、毛むくじゃらで指の一本一本が異様に太い。
それはまるで――猿のモンスターの腕を、そのまま移植したかのような姿だった。
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ユーク(LV.22)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:そう言えばあの時戦ったブレイズベアも確か……
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セリス(LV.22)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:気持ち悪い……
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アウリン(LV.23)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:あの腕。継ぎ目ってどうなってるのかしら……
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ヴィヴィアン(LV.22)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:鎧を着てて本当に良かったわ
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