第59話 倉庫街
「反応した?」
「ダメだっ! 次はあっちに行ってみよう!」
ユークたちはマナトレーサーを手に、街中を走り回っていた。大まかな方向はわかるとはいえ、街は広く、探すのにも時間がかかってしまう。
さらには――
「おい、そこの探索者たち! 止まれ! 一体何をしている!」
鋭い声が飛んだ。街を巡回するギルドガードが彼らに声をかけたのだ。
完全武装のまま街中を全力疾走していれば、職務質問されるのも当然だった。そのたびに足を止め、事情を説明する羽目になる。
「今まであまり気にしてなかったけど……ギルドガードって、こんなに多かったんだな……」
ユークが顔をしかめてぼやいた。
「ほんとよね……これじゃ、まともに動けないわ」
アウリンも不満そうに首を振る。
「……わたし、目立ちすぎてるのかしら。ごめんなさい、足を引っぱっちゃって……」
ヴィヴィアンがしゅんと肩を落とした。重装の鎧と高い身長が、否応なしに目を引いているのは確かだからだ。
「大丈夫! わたしも目立ってるし! だから気にしないで!」
槍を抱えたセリスが笑って、ヴィヴィアンを励ます。
その時、ユークがマナトレーサーを見つめ、声を上げた。
「……近い! 反応が大きくなってる!」
「この先って、たしか……」
アウリンが眉をひそめる。思い出す間もなく、街並みが途切れ、整然とした白壁の建物群が見えてきた。
「このあたり……倉庫街かしら〜?」
ヴィヴィアンが周囲を見渡しながら呟く。
「この中の、どこかに子供たちがいるの?」
セリスがユークに問いかける。
だが――
「……分からない」
ユークが大粒の汗をかきながら呟く。
「はぁ!? どういうことよ!」
アウリンが困惑した様子でユークを見た。
「だから……感知はできるんだけど、位置が特定できないんだ。濁ってるっていうか……」
ユークも困惑したまま首を振った。
「それじゃあ……どうすればいいの?」
セリスが真剣な目で問いかける。
「一つずつ、倉庫を調べていくしかないと思う」
ユークは眉間にしわを寄せながら、苦渋の決断を口にする。
「うう……それは、なかなか骨が折れそうね……」
ヴィヴィアンも険しい顔で呟いた。
そして、そんな時に限って――またしても面倒がやってくる。
「そこの探索者たち。ここで何をしている?」
巡回していたのだろうギルドガードが近づいてきた。
「ああ〜もうっ!」
アウリンが苛立ちを隠さず口を開きかけたその瞬間、ユークが手を上げて制す。
「待って。ちょうどいい、説明しよう」
ユークはギルドガードに向き直り、事情を話し始めた。
「なるほど。誘拐された子供たちがこの辺りにいる可能性があると?」
「そうなんです! だから探すのを手伝って――」
言い終える前に、男は呆れたようにため息を吐いた。
「あのねぇ。ここは俺たちも真っ先に調べてるんだよ」
ギルドガードの男は鼻で笑いながら続けた。
「ここの倉庫街はね。一つ一つ、隅々まで探し回って、何も見つからなかった場所だ」
「でっ、でも! 今ならいるかもしれないでしょ!」
セリスが食い下がる。
だが、男は嘲るように肩をすくめた。
「俺たちもここを巡回してるんだぜ? 一人や二人ならともかく、ここ1週間で誘拐された子供たちはかなりの数だよ? そんな数の子供を見逃すわけないだろう」
馬鹿にするような口調で男が言う。
「俺たちは、ギルドを通じてギルドガードのアズリアさんから正式に依頼を受けてます! それに、ここが怪しいって証拠もあるんです!」
ユークが真っ直ぐな目で訴える。
だが――
「あーはいはい、わかったわかった。見つけたら教えてくれ、俺たちもヒマじゃないんでね」
その言葉を残し、ギルドガードはあっさりと背を向けた。
「なんなのよ、あの態度! 私達を馬鹿にして!」
アウリンが怒りを爆発させた。
ユークは拳を握りしめながら、深く息を吐いた。
「……ごめん、ダメだった。説得は無理そうだ。もう……地道にやっていくしかない」
うなだれる彼に、優しい声が届く。
「ユーク君が謝ることなんて、何もないわ」
ヴィヴィアンが静かに微笑む。
「そうだよ! 私たちが先に見つけてさ、『どうだ!』って言ってやろうよ!」
セリスが元気よく拳を振り上げた。
「……ありがとう、みんな」
ユークは小さく呟いた。そして顔を上げる。
「よし、やろう。全部の倉庫を、この目で確かめてやる!」
ユークたちは、倉庫エリアでの捜索を開始した。
この街のどこか――。
薄暗い部屋の奥で、仮面をつけたローブの人物がひっそりと佇んでいた。
気配を殺すように、まるで最初からそこに存在していたかのような静けさだった。
やがて、重たい足取りとともに、もう一人、同じような装いの大柄な人物が現れる。
「よう、ガーネット。どうやら……俺たちのことを探してる奴がいるらしいぜ?」
乱暴な口調――しかし、その声色は明らかに女のものだった。
「……そうか」
名を呼ばれた仮面の女――ガーネットが、短く返す。
感情のこもらない静かな声だった。
「……そうか、じゃねえよ」
大柄な女が呆れたように肩をすくめ、しかしそれ以上は何も言わずに口をつぐむ。
「夜の九時にリーダーが来る。それまでに見つからなければいい」
「まあ、そうなんだけどよ……」
大柄な女性はため息を吐き、頭をかいた。
「ラルド、実験材料共を見張っておけ。万が一にも逃げられないようにな」
ガーネットが大柄な女性――ラルドに命じる。
「あいよ、任せときな」
ニヤリと笑い、ラルドはのっしのっしと歩き去っていった。
「あと三時間か……」
ガーネットが呟くと、再び静寂が戻った。
「……ここもダメだった。次の倉庫に行くぞ!」
ユークが振り返りながら叫んだ。
額には汗が浮かび、焦りがそのまま声に滲んでいる。
「次はあっち! この辺はまだ見てないわ!」
アウリンが先を行き、身軽な動きで倉庫の方へと駆け出す。
だが、どれだけ調べても、子供たちの痕跡は見つからなかった。
倉庫の数は想像以上に多く、そのうえ内部は物資でごった返している。
マナトレーサーも何度か反応を示したが、それが偽物か本物かの判別すら困難だった。
「おかしい……絶対、この辺りにいるはずなのに……!」
苛立ちと不安が入り混じり、ユークは自分でも驚くほどの声を上げていた。
「ねえ、ユーク。魔石を保管してる倉庫も多かったでしょ? それがトレーサーの誤反応だった、なんてこともあり得るんじゃないの?」
アウリンがふと立ち止まり、真剣なまなざしで言った。
彼女の声には責めるような響きはなく、ただ冷静な推察があるだけだった。
「そうかな……そうかも……」
ユークの自信が、静かに崩れていく。
「もう七時よ? 一旦戻って、明日また探せばいいじゃない」
アウリンの声は優しかったが、彼女もまた少しだけ疲れを滲ませていた。
そのとき、別行動を取っていた仲間たちが戻ってくる。
「こっちはダメだった! 手がかりゼロ!」
「疲れたわ〜……脚が棒みたいよ~」
セリスとヴィヴィアンが合流し、成果が無かったことを報告する。
「ねえ、みんな……今日はもう、終わりにしようか」
ユークがつぶやいた声は、小さく、弱々しかった。
「えっ……でも……」
セリスが言いかけたが、すぐに言葉を飲み込む。
「私は賛成よ。ここまでやってダメだったなら、一度仕切り直したほうがいいわ」
アウリンが静かに肯定する。
「私も〜……もう疲れちゃったわ~」
ヴィヴィアンがため息まじりに言った。
「むぅ……」
セリスが唇を尖らせ、小さく唸る。
「仕方がない。今日は一旦帰ろう」
ユークがそう告げると、仲間たちは黙ってうなずいた。
この日の捜索は、こうして静かに幕を閉じることになった。
夜の帳が、街をじわじわと包み込み始めていた。
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ユーク(LV.22)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:明日には、明日にはきっと必ず。
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セリス(LV.22)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:子供たちが心配……
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アウリン(LV.23)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:もう一度アズリアさんの家を調べなおした方が……
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ヴィヴィアン(LV.22)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:明日は鎧を脱いでいこうかしら。
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