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第52話 ジオードと大人のお店


「……お前は、ユークか」


 ジオードは、ぶつかりかけた相手がユークだと気づくと、無表情だった顔をふっと緩めた。


「殿下……」

 ユークは反射的にそう口にしていた。


「殿下はやめてくれ。ジオードでいい」

 ジオードは親しげに笑いながら訂正を求めてくる。


「……分かりました。では、ジオード様で」

 ユークが少しだけ間を置いて、そう答えた。


「うーん、まだ固いな。まあ、いいか」

 ジオードは困ったように笑顔を浮かべると、どこか楽しげに言葉を続ける。


「で、どうしたんだ? 何か考え事でもしてたのか?」


 そう尋ねられたユークは、言葉に詰まってしまう。

「あ〜、えっと……その……」


 視線を泳がせ、言い淀むユークを見て、ジオードは苦笑しながら手を振った。

「おっと、悪いな。困らせるつもりじゃなかったんだ。……ん?」


 その時、ジオードの目線が鋭くなった。まるで、何かに気づいたように。

「ユーク、お前……女を経験したな?」


 突然の言葉に、ユークの顔が真っ赤になる。

「そっ、それは……!」


 目を見開き、狼狽するユークに対し、ジオードはニヤリと唇を吊り上げた。


「ふっ。立ち振る舞いに自信が感じられるようになったからな。男ってのは、女を通すことで初めて自分の価値ってやつを自覚できる生き物なんだよ」


 その言葉に、ユークは何も言い返せなかった。


「相手はアウリン……ではないな。あのセリスとかいう娘か……」

 ジオードはユークの反応を見て、相手がセリスだと見抜いた。


「な、なんで分かったんですか!?」

 ユークは目を見開いて問い返す。


「なに、お前の反応を見てれば分かるさ」

 ドヤ顔で笑みを浮かべるジオード。


 そして少し真面目な表情を浮かべると、ユークに優しく言葉を投げかけた。


「もし、セリスと先に関係を持ったことを気に病んでいるなら、気にすることはないぞ。どうせアウリンの方から譲ったんだろう。貸しを作るためにな」


 ユークを気遣いながら、ジオードは続ける。


「あの子は、ちょっと小賢しいところがあるからな……」

 ジオードは小さくため息をつき、肩を落とす仕草を見せる。


「ジオード様……」

 その言葉に、どこかユークの胸にあったわだかまりが少し和らぐのを感じた。


 少しの沈黙のあと、ふと思い出したように口を開く。

「そういえば、まだこの街にいらしたんですね」


「ん? ああ。《賢者の塔》に行ってきたんだ。一度くらい試しておこうと思ってな」

 何気ない口調で、ジオードはそう返した。


「えっ? 三人で、ですか?」

 まさかと思いつつも確認するユークに、ジオードは当然のように頷いた。


「ああ、軽く三十階まで、な」


「……軽く、って」

 ユークは目を見開いて絶句する。


「ふっ。俺をなめるなよ、ユーク。俺は近接最強ジョブ『剣聖』持ちだぞ? その程度、造作もないことだ」

 ドヤ顔を決めるジオードに、ユークは首を傾げて純粋に問いかけた。


「じゃあ、どうして前にセリスにボコボコにされてたんですか?」

 その一言に、ジオードの表情がピタリと止まる。


「うっ……あれは、まあ……なんだ」


 図星を突かれたとでも言わんばかりに言葉に詰まり、視線を泳がせる。


 格下に本気を出すのがダサいと思って手を抜いたら、思わぬ反撃を食らった――などとは、口が裂けても言えなかった。


 なにせ、いまだにシリカからその一件をネタにからかわれているのだ。


 なんとか誤魔化せないかと、ジオードは小さく(うな)った。


 ジオードは落ち着きなく視線をさまよわせながら、突然何かを思いついたように指を伸ばした。


「そ、そうだ! ……あそこに入ってみないか?」


 彼の指先が示すその先には、(あで)やかな光を放つ大人の店があった。

 接待用の店舗として名高く、派手な衣装をまとった女性たちが客をもてなす、いわゆる“そういう”場所である。


「あんなお店に……行くんですか」

 ユークは喉を鳴らしながら、呆然とその看板を見上げた。


「……うん。ま、まあ、ちょっとした息抜きってやつだ」

 自分でも言ってしまってから後悔したジオードだったが、もう引き返すことはできない空気になっていた。


 店内に一歩足を踏み入れると、視界いっぱいに金や赤を基調とした華美(かび)な装飾が広がった。

 そこにいたのは、布面積の少ない服を身にまとい、笑顔を浮かべた女性たち。どこか現実離れしたきらびやかな空間が、ふたりを包み込む。


「いらっしゃいませ〜、おふたりさまですね〜?」


 愛想よく声をかけてきた店員に案内されるまま、ユークとジオードはソファ席に腰を下ろす。


 そのすぐ隣には、やはり露出の多い格好をした女性が、それぞれに寄り添うように座ってきた。


「とりあえず、適当に酒を。つまみも二人分、何か頼む」

 ジオードが手慣れた様子で注文を済ませる。


「ジオード様って……こういうお店、よく来るんですか?」

 ユークがやや戸惑ったように尋ねる。


「ま、まあな……たまにはな」

 そう言いつつ、ジオードはごまかすように目を逸らした。額にじんわりと汗がにじんでいる。


(ジオードさん……大人って感じがする……)


 そんなことを考えていると、隣の女性がふわりと体を寄せてきた。


「お客様、お名前はなんておっしゃるのかしら〜?」

 甘えた声で、ユークに問いかける。


「あ、ユークっていいます」


「ユーク様、ですか〜。こんなお店に来られるなんて、お若いのに優秀なんですね〜」


 女性がほほえみながら褒めそやすと、ユークは顔をわずかに伏せた。


「そんな……俺なんて、まだまだです……」


 謙遜(けんそん)する彼だったが、《賢者の塔》の二十階に手が届くほどの実力を持つパーティーは、ギルド内でも中堅以上と見なされる。


 今まさに二十階を越えようとしているユークたちのパーティーは、文句なしに優秀と言える存在だった。


「すご〜い! カッコいいです〜」


「……俺、こういうお店に来たのって初めてで……どうすればいいんですか?」


 女性が胸元を押しつけてくるが、ユークは特に意識する様子もなくジオードに向き直って聞く。


 かつての彼であれば、顔を真っ赤にしてしどろもどろになっていたことだろう。

 しかし今のユークには、多少の接触では動じない耐性が備わっていた。


 それは──セリスとの関係が、彼を一歩大人にした証でもあった。


「気にせず、楽しめばいいさ……」


 ワインの注がれたグラスを光にかざし、透かして楽しんでいるジオードが言う。


「楽しめば、ですか……」


 あまり楽しそうではないユークの様子に、ジオードは不思議そうな顔をした。


「ふむ……そう言えば、さっき会ったときも何か考え込んでいたな。話してみろ。意外と、話すことで整理がつくかもしれんぞ?」


 ジオードの言葉に、ユークはしばらく考え込んだあと、重い口を開いた。



◆◆◆


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ユーク(LV.20)

性別:男

ジョブ:強化術士

スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)

備考:高そうなお店だけどお金大丈夫かな……

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ジオード(LV.??)

性別:男

ジョブ:剣聖

スキル:??

備考:また無駄遣いするなとシリカに怒られる……

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