第51話 一歩、踏み出したその先で
自宅。
1階のリビングには、椅子に腰かけたアウリンとヴィヴィアンの姿があった。
アウリンはそわそわと落ち着かない様子で、何度も階段の方をちらちらと見ている。
「ねえ、ちょっと遅くない? 本当に……大丈夫かしら……」
同じ台詞を口にするのは、もう何度目だろうか。
「ふふっ、心配しすぎよ。そろそろ降りてくる頃じゃない?」
ヴィヴィアンはにこやかに微笑みながら、普段とは少し違うアウリンの様子を見守っていた。けれどその眼差しには、いつもと違うアウリンを面白がるような光も宿っていた。
そのとき――階段の上から、扉の開く音が響いた。
「っ……今の音……!」
「来たわね!」
二人は同時に立ち上がり、反射的に階段へと目を向けた。
ギシギシと軋む階段を下りてきたのは――
満面の笑みをたたえたセリス。そして、彼女の背後にそっと隠れるようにして立つ、俯いたユークだった。
「うまく……いったのね!?」
アウリンの声が、緊張の糸がほどけたように高まる。
セリスは無言のまま、ぐっと親指を立てて見せた。
それだけで、全てが伝わる。
「やったじゃない!」
アウリンは満面の笑みでセリスに駆け寄る。
「うんっ。ありがとう、アウリン!」
セリスもまた、笑顔で応えた。
だがその隣――セリスの陰に隠れるようにしていたユークに、アウリンの視線が向かう。
「っていうか、ユークはどうしたの? なんでセリスの後ろに隠れてるのよ?」
不思議そうに首をかしげるアウリン。するとユークは、おずおずと彼女の影から姿を見せた。
「あ、あの……アウリン、怒ってない……?」
「はあ!? なんで私が怒るのよ?」
いきなり声を荒げるアウリンに、ユークはさらに縮こまる。
「その……セリスと……エッチ、しちゃったから……」
どこか申し訳なさそうに、しかし覚悟を決めた顔で口にしたユークの告白に――
「はぁっ!? ちょっと、それだけで私が怒るとでも思ってるの!?」
アウリンは怒鳴り声にも似た声で言い放つ。
「先にセリスに譲ったのは、私の方よ? 怒る理由なんてあるわけないじゃない!」
「アウリンちゃん。声がいつもよりちょっと……怖いわよ?」
ヴィヴィアンが、心配そうにしながらアウリンにそっと指摘する。
「……マジ?」
指摘されたアウリンは一度深く息を吐いて冷静になってから、全員の顔を見渡す。
「……ゴメン。割り切ったつもりだったんだけど、冷静になりきれてなかったみたい」
肩の力を抜いて、ため息混じりに笑う。
「ごめんなさい、アウリン……」
セリスがしゅんと肩を落とし、そっと視線を逸らした。
「アンタが謝ることじゃないわセリス。もちろんユークもよ!」
アウリンは片目をつぶって笑い、二人に対して何でもないふうに手をひらひらと振って見せた。
だがその直後、セリスの動きにふと違和感を覚えたのか、アウリンが眉をひそめる。
「ところでセリス……歩き方、ちょっと変じゃない?」
「……うん。ちょっと、その……痛くて……」
「えっ!? だ、大丈夫なのか?」
ユークがすぐさまセリスの顔を覗き込むようにしながら、心配そうに声をかけた。
「あー、なるほど……大丈夫よユーク。これはもう、今日の探索は無理そうね。私もそうなるとしたら、明日もちょっと厳しいかも……」
腕を組んで考え込むアウリンに、ヴィヴィアンが相槌を打つ。
「あー、そうね〜。これは仕方ないわね〜」
どうやら心当たりがあるようで、ヴィヴィアンも納得の様子でうなずいた。
「えっ……えーっと?」
一人、会話の流れに乗り切れないユークが、戸惑いながらも声を上げる。
そんな彼に、アウリンがくすっと笑って言った。
「気にしないで。大通りで朝食を買ってきたから、みんなで食べちゃいましょう」
そう言ってアウリンがパンの入ったかごをテーブルに置くと、パンの香ばしい匂いが部屋中に広がる。
張りつめていた空気が少しだけ和らいだ。
セリスがパンを手に取ったその瞬間——
「セリス! 昨日のこと、ぜーんぶ話してもらうわよっ!」
アウリンがセリスを連行する、ぐいっと腕を引っ張って自分の隣に座らせた。
「それでどうだったの、ユーク君とのエッチは!?」
ヴィヴィアンが興味津々でセリスに聞いている。
(……すごく居心地が悪い)
ユークはアウリンたちから少し離れた席に座っていたが、それでも会話の断片が耳に届いてしまう。
「えっ、あのユークが!?」
「あら〜」
自分のことを話題にされていると思うと、とてもいたたまれなくなって、ユークは朝食のパンを無理やり口に押し込むと、その場を離れることにした。
「俺、風呂を沸かしてくるよ」
一言だけ言い残し、風呂場へと逃げる。
(……まあ、体を洗いたかったのも本当だしな)
昨日の夜、セリスとの行為で体がベトベトになっていたが、部屋にあった水と手ぬぐいで簡単に体を拭いただけだった。
きちんと水で流してさっぱりしたかったのだ。
リビングから脱衣所を抜け、奥にある風呂場へと足を進める。
風呂場には庭につながる扉があり、庭の井戸から風呂釜へ水を汲んで貯めなければならない。
「これがめんどくさいんだよな……」
ぶつぶつ文句を言いながら、ユークは井戸から水を運び、何度も往復する。
レベルが上がった今となっては、水の重さなど苦にならない。
だが、単純作業を繰り返すというのは、やはり面倒なものだった。
風呂釜に十分な量の水が溜まり、炎の魔法で手っ取り早く温めてしまうと、ユークは風呂のお湯を浴びて体を洗った。
さっぱりとしたユークは、そのまま外に出ることにした。一人になって、いろいろと頭を整理したかったのだ。
「ちょっと外に出てくるよー。お風呂は沸かしてあるからね!」
アウリンたちに一言かけて、ユークは外へ出た。
まだ冷たい朝の空気が、火照った頬を撫でる。
歩きながら、自然と考えるのはセリスのことだった。
(セリスとは、昔からずっと一緒だった……。裸を見ても、くっつかれても、何とも思わなかった。でも……)
昨日の夜、彼女と身体を重ねてしまったあの瞬間から、ユークの中で何かが変わった。
セリスを見れば胸が高鳴り、触れたいという衝動に駆られる。
今までとは、まるで別人のように。
(……これが恋人、なのか……? 今夜、アウリンとも……同じことを……)
その未来を想像するだけで、顔が赤くなる。
慌てて頭を左右に振って、浮かんでくるピンク色の妄想を追い出そうとする。
「おっと……!」
考えごとに夢中になっていたせいで、前から来た人物にぶつかりそうになる。
「あっ すみません!」
顔を上げたユークの視線の先にいたのは——
「……お前は、ユークか」
昨日、別れたばかりの男。
ジオードが、無表情のままそこに立っていた。
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ユーク(LV.20)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:初めに恋人になったアウリンより先にセリスとエッチしてしまってちょっと後ろめたい。
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セリス(LV.20)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:全部言わされてしまって恥ずかしい……
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アウリン(LV.20)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:次は私の番ね!
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ヴィヴィアン(LV.20)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:ユーク君ったら、あら~
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