第49話 三角関係
「……ねえ? どういうこと? 説明してくれる?」
それは今まで一度も聞いたことのない声だった。
低く、そして氷のように冷たい声音にユークは思わず背筋を震わせる。
「私は――ユークと、恋人になったわ」
アウリンが一歩、静かに前へ出た。
その瞳はまっすぐセリスを見据えていた。
「っ……!」
セリスの肩がピクリと震える。
奥歯をきつく噛み締め、アウリンを鋭く睨みつける。
その肩は怒りと悔しさで小刻みに震えていた。
ヴィヴィアンは困ったように視線を泳がせながらも、セリスの動きを拘束する腕だけは決して緩めない。
「あのっ……」
ユークが何か言いかけたが――アウリンがその目で制すると、彼は口を閉ざすしかなかった。
「セリス。私はあなたと敵対するつもりはないわ」
アウリンはセリスの敵意を受け流しながら、穏やかに語りかける。
「……なにそれ。私じゃ、相手にすらならないってこと?」
セリスの声はかすれていた。
怒り、悲しみ、諦め。さまざまな感情が彼女の言葉を濁らせる。
「ユークはね……あなたのことを、姉のように、家族のように思ってるって言ってたわよ?」
アウリンの言葉が、容赦ない刃となってセリスの胸に突き刺さる。
「……っ!」
セリスは唇を噛みしめた。
それは、自分でも、薄々感じていた現実だったのだ。
「で、でもっ……!」
必死に何かを言い返そうとするセリスの声に、アウリンの言葉が被さる。
「私は……あなたとユークをシェアする用意があるわ」
部屋に、しんとした沈黙が流れる。
その意味を誰もが理解するのに、少しだけ時間がかかった。
やがて、ヴィヴィアンが「もう大丈夫」と判断したのか、そっとセリスの手を放す。
最初に声を上げたのはユークだった。
「ちょっ! ま、待ってよ! 俺、そんな話聞いてな――むぐっ!?」
「は〜い! ユーク君は少しだけ黙ってようね〜」
声を上げた瞬間、背後からヴィヴィアンに拘束された。
彼女の柔らかい胸で頭を挟まれて、口まで手で塞がれる。
「むぐっ……むぐぐ~っ……!」
ジタバタと暴れはしたが、結局抜け出せないと悟り、諦めてその胸に沈んだ。
「……それって、どういう意味……?」
セリスが、アウリンに問いかける。
その声は低く、鋭く、どこか震えていた。
「そのままの意味よ。ユークを私たちの恋人にする。もしくは、私たちがユークの女になるってこと」
アウリンの言葉は静かだったが、その中には強い意思を感じさせた。
セリスは視線を床に落とし、何かを噛みしめるように黙り込む。
「……私は、ユークと二人っきりがよかったんだけど……」
やっと絞り出した声は、どこか拗ねたような響き含んでいた。
「奇遇ね。私もそうよ? でもね……仕方ないじゃない。あなたの方がずっと長く一緒にいたのに、それでもそういう関係にならなかったんだもの」
アウリンの口調に、これまで抑えてきた感情がにじみ出る。
そして、耐えきれないものを吐き出すように、大きくため息をついた。
「それはっ……!」
セリスが何かを返そうとしたが、言葉は続かなかった。
アウリンが、一歩前に出る。
そして、そっと右手を差し出した。
「――それで、どうするの?」
静かな問いかけだった。
セリスは視線を逸らし、きゅっと唇を噛みしめる。
肩が小さく震え、目元には迷いと葛藤がにじむ。長い沈黙ののち、観念したようにうなずいた。
「……うう……わかった……」
震える声でそう答えると、セリスはアウリンの手をそっと握る。
「……分かってくれて、嬉しいわ」
アウリンも微笑みながらセリスの手を握り返し、ホッとしたように小さくため息をはいた。
「……ヴィヴィアンは?」
セリスがちらりと視線を横に向けると。ユークを拘束したままのヴィヴィアンに問いかけた。
「ん〜、私は遠慮しておくわ〜。ユーク君のことは好きだけど……そういう好きじゃないと思うのよね〜」
ヴィヴィアンは相変わらずの調子で、ふんわりとした笑みを浮かべながら断る。
「……そう」
セリスはそれを聞くと、興味を失ったように視線を外した。
「じゃあ、夜の方は……私とセリスで交代制って感じね。休みがかぶったら相談して調整しましょう」
事務的な口調でアウリンが提案する。
「……わかった……」
セリスはしぶしぶながらも頷いた。
「今夜なんだけど……まずはセリスからでいいわよ」
「えっ!? いいの?」
驚いたようにセリスが目を見開く。
「よくはないけど……あなたの場合、まず“姉”って立場をどうにかしなきゃでしょ?」
アウリンはじっとセリスを見つめた。
「うっ……!」
図星を突かれて、セリスは胸のあたりを押さえる。
「それに、ずっと一緒にいたのはセリスの方だし。最初ぐらいは譲ってあげるわよ……まあ、気は進まないけど」
不満を隠そうともせず、アウリンは顔をしかめながらも言葉を続ける。
「……ありがと、アウリン。これからもよろしく」
セリスは彼女の気遣いを感じ取ったのか、ようやく張りつめていた表情を和らげて手を差し出す。
「ええ、こちらこそ。よろしくね」
二人はぎこちなくも強く手を握り合った。
こうして――
当の本人であるユークの意志など完全に無視されたまま、彼をシェアするという取り決めが、静かに結ばれたのだった。
「ちょっと待ってて」
そう言ってアウリンが階段を駆け上がっていく。
数分後、アウリンは小さな布袋を手に戻ってきた。
「はいっ! これっ」
そのまま袋をセリスに放る。
受け取ったセリスが中身を覗き込んだ瞬間、息をのんで顔を真っ赤に染めた。
「……あっ」
そして、ゆっくりとアウリンに顔を向ける。
「アウリンのスケベ……」
「ち、違うのよ! 万が一よ、万が一! ヤるときは絶対に付けなさいよ! 今、子供ができたら困るんだから!」
アウリンも顔を赤らめながら、力強く言い返す。
「……わかった。じゃあ、さっそく……」
セリスが袋をしまうと、ユークの方を向いたその時――。
「待った! まずはお夕飯を先にしちゃいましょう?」
タイミングよく割って入ったのはヴィヴィアンだった。
(……何の話をしてるんだろう)
すべての事情を知らぬまま、ただその場に立ち尽くす彼をよそに――
彼の運命が一方的に決められていくのだった。
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ユーク(LV.20)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:なんか恋人が二人になった。
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セリス(LV.20)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:納得はいかないけど仕方ない。
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アウリン(LV.20)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:大事にならなくて良かった……
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ヴィヴィアン(LV.20)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:外から見てる分には面白いわ。
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