第46話 『呪われた子』
家の中に足を踏み入れたユークとアウリンは、リビングを無言で通り過ぎ、階段を上がっていった。
二階の廊下には、左右に三つずつ、計六つの扉が整然と並んでいる。
廊下の突き当たりまで歩いたところで、そこにぽつりと一つ、目立たぬ扉があった。
その扉の向こうは、静かに広がるテラスにつながっている。
ユークとアウリンがそこへ足を踏み出すと、やわらかな風がふたりの髪を優しく揺らした。空は茜色に染まり、夕日が静かにその身を照らしてくる。
テラスから見下ろせば、庭が一望できた。
下ではセリスとヴィヴィアン、そしてジルバが何かをしているようだった。
「え〜っと……あ、ヴィヴィアンたちがいるわね。呼んでみようかしら……お〜い?」
どこか誤魔化すような調子で、いつものように明るく振る舞うアウリン。
けれど、その声の調子は、どこかぎこちなかった。
ユークはそんな彼女の横顔をじっと見つめる。
何も言わず、ただアウリンが話てくれるのをずっと待っていた。
アウリンはしばらく視線をそらし、無理に明るさを装っていたが――
やがて、肩がそっと沈み、静かに口を開いた。
「……私ね、十歳のときに……殺されるはずだったのよ……」
その一言に、ユークは思わず目を見開いた。けれど、口を挟むことはしなかった。ただ、彼女の声を受け止めるように、黙って耳を傾ける。
「私の母はね、ゴルド王国のお城でメイドをしていたの」
「メイド……?」
ユークの脳裏に浮かんだのは、ジオードの仲間であるシリカの姿だった。
「そのメイドは……ある日、ひとりの男性と恋に落ちる。──それが、今のゴルド王国の国王陛下よ」
静かな声だった。
「ふたりは愛し合っていた。そんな二人にはやがて、一人の子供が生まれたわ」
(子供……。じゃあやっぱり、アウリンは……)
「だけど、そんな二人に──悲劇が訪れたの……」
アウリンが目を伏せる。
「子供を産んだあと。彼女は体調を崩して、そのまま亡くなってしまったのよ……」
「っ……!」
ユークは息をのんだ。
「国王陛下は、とても悲しんでいたそうよ……。それに、母を犠牲にして生まれてきた私のことを、『お前のせいで彼女は死んだ』って――そう思ってしまったらしいわ」
「そんな……」
(子供が、一体何をしたっていうんだ……!)
ユークの胸に怒りがこみ上げる
「それでも、陛下は私を愛そうと努力はしてくれた。けれど、私が一歳を過ぎたころに──さらなる悲劇が訪れたの……」
「……悲劇?」
(まだ何かあるのか……?)
「ゴルド王家には、代々赤い髪が受け継がれているの。特に直系の子供には必ずって言われてるくらいに。それに、血族の者は必ず剣士系のジョブに目覚めるとも言われてるわ。でも……私の髪は、青だったの」
ユークの心にひとつの記憶が蘇る。ジルバが言っていた、王家の赤髪の話。そして、アウリンの鮮やかな青髪。
「直系の王族として生まれたはずなのに、髪の色が違った──本来なら、絶対に赤い髪で生まれてくるはずなのに。だから私は、『呪われた子』って呼ばれたのよ……」
「……呪われた、子……」
「王家に災いをもたらす存在だって、そう言われていた。私を殺すべきだっていう声が……たくさんあったそうよ」
声に感情はなかった。ただ、事実を淡々と語るように。しかし、そこには幼い頃に刻まれた傷の深さが滲んでいた。
「そんな私に救いの手を差し伸べてくれたのが、ヴォルフ師だった」
ヴォルフ。アウリンの魔法の師匠だ。
「師匠は王に直訴したの。『せめて、この子が十歳になり、ジョブを得るまでは待ってほしい』って……」
「……なんで、その人は……助けてくれたんだろう?」
ユークがぽつりと疑問を口にした。王に直訴するなんて、とんでもなく勇気が必要だったからだ。
「それはね……ヴォルフ師が私の母の父親――つまり、私の祖父に当たる人物だったからよ」
「えっ……!」
ユークは目を見開いた。
「ってことは……アウリンって、ヴィヴィアンの従姉妹ってこと!?」
「そういうことになるわね。……たぶん、ヴィヴィアンの方は知らないと思うけど」
アウリンはさらりと言った。
「――話を続けるわね」
そして彼女は、語り始める。
「私はね、師匠が祖父だなんて知らずに育てられたの。というのも、王との間に交わされた、ある“約束”があったから」
ユークは息をのんだ。
「私が十歳になった時に、もしも“剣士系のジョブ”に目覚めなければ、殺さなければならないっていう約束よ……」
「……っ!?」
衝撃のあまり、ユークは言葉を失った。
「そんな運命を背負った子どもを“孫”として育てていたら、殺す時に耐えられないと思ったんだって。だから師匠は、ずっと“弟子”として私を育てたの。……それを知ったのは、ずっと後のことよ」
アウリンの言葉は、淡々としていた。だがその奥には、深い悲しみがにじんでいた。
ユークには、その日々がどれほど孤独で、どれほど辛かったのか、想像することすらできなかった。
「ジョブって、十歳になるまでに経験を積めば、ある程度は望んだものに目覚めるって……前にも言ったでしょう?」
彼女はふっと笑みを浮かべた。それは、自嘲にも似た、どこか哀しげな笑みだった。
「剣の才能なんて、私にはまるでなかった。ヴォルフ師は気づいちゃったのよ――“この子には剣の才がない”って」
「……」
「それどころか、教えてもいないのに見よう見まねで魔法を使い始めてね……。“もうどうしようもない”って、そう思われてたみたい」
――そして、彼女の運命が変わったのは、九歳のときだった。
「ある日、ジオード様が家にやってきたの。“妹がいるらしい”って話を聞いて、私の存在を確かめに来たんだって」
「ジオード様が……?」
「ええ。そして彼は、私の境遇に疑問を抱いて、師匠からすべてを聞き出したの」
その時のことを思い出すように、アウリンはわずかに目を伏せた。
「そのあと、師匠は私にもすべてを打ち明けた。ジオード様は――とても怒ったわ。あの人は、家族に対する思いがとても強い人だから」
「……」
「そして彼はすぐさま王城に戻って、“十歳になった時に、“剣士系のジョブ”に目覚めなければ、殺さなければならない”という約束を、破棄させたの」
「……そんなことができたの!?」
ユークの問いに、アウリンは静かに頷いた。
「ゴルド王国の初代国王は、“剣聖”という伝説のジョブを持っていたと言われているわ……」
「えっ……“剣聖”って……」
ユークは思わず口にした。記憶の中で、ひとつの名前が鮮明に浮かび上がる。
――たしか、ジオードのジョブは“剣聖”だったはずだ。
「そう。ジオード様が“剣聖”に目覚めたとき、国中が大騒ぎになったの。私も覚えてる。街中がまるで祝祭のようで、大人たちが喜びに沸いてた」
「ジオード様は“神祖”以来の、“剣聖”のジョブを得た人物だったの。だからこそ、その言葉は王国にとって絶対に近い力を持っていたわ」
「……」
「もちろん、反対する人もいた。でも、ジオード様に逆らうよりは――って、誰もが判断したの」
そしてアウリンは、そっと目を伏せた。
「そして――十歳になった私は、“炎術師”に目覚めた。……もし、ジオード様が来てくれなかったら、私はあの時、本当に……殺されていたのよ……」
その言葉の重さに、ユークは息を飲んだ。
「ジオード様は言ってくれたの。“家族なんだから一緒に暮らそう”って」
「でも……私には“家族”がわからなかったの。知らなかったし、それに――私は呪われてるから……」
ユークは、彼女の苦しみに触れた気がした。痛みを、重さを、そして深い孤独を。
「だから、その申し出を断って……私はそのまま、師匠のもとで生きることを選んだの……」
彼女はゆっくりと目を上げる。そして、微笑んだ。
「でも、ある日“賢者の塔”に行けって言われて……それで、ヴィヴィアンと一緒にここに来た。……その先のことは、もう知ってるでしょう?」
ユークは静かに頷いた。
――知らなかった彼女の過去。
その全てを聞いた今、彼の胸の中には、言いようのない感情が渦巻いていた。
夕日が空を染め上げ、世界がゆっくりと夜へ向かっていく中で、ふたりの距離は静かに、確かに、近づいていた。
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ユーク(LV.20)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:なんて声をかけたらいいのか……
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アウリン(LV.20)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:ようやく言うことができた。
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