第41話 襲来
夕方、ユークたちの家――
リビングのテーブルの上には、買ってきたばかりの夕食がずらりと並んでいた。
仲間たちはそれぞれ席について、賑やかに談笑しながら食事を楽しんでいる。
そんな和やかな雰囲気の中、ユークは少しだけ真剣な表情を浮かべた。
「みんな、ちょっと話したいことがあるんだ」
声のトーンに何かを感じ取ったのか、皆が食べる手を止めて、ユークに視線を向けた。
「今まで、塔に登れる日は毎日登ってたけど……これからは、六日に一日は休みにしようと思ってるんだけど。みんなはどう思う?」
「私は、どっちでもいいよ」
セリスが淡々と答える。
「私はそう言ってもらえると助かるわ〜」
ヴィヴィアンは、いつもと変わらぬ調子で微笑む。
「私はもちろん、OKよ」
アウリンはどこか嬉しそうな様子で答えた。
ユークは一人ひとりの反応を見つめた。
ヴィヴィアンの表情はどこか嬉しげで、セリスの口元もほんの少しだが緩んでいる。
アウリンに至っては、心からの喜びが全身からあふれていた。
(……気づかないうちに、俺のわがままでみんなに無理させてたんだな)
胸の奥が少しだけ痛んだ。
仲間たちが支えてくれていたことに、今さらのように気づかされた気がした。
「うん、じゃあ……さっそく明日は休みにしようか」
そう宣言すると、全員がそれぞれに頷く。誰も反対しないことが、何よりの答えだった。
こうしてユークたちのパーティーは、月に五日は休みを取るという新たな方針を決めた。
その晩の食卓は、いつもより少しだけ笑い声が多く、ほんのりと浮かれた空気が部屋を包んでいた。
翌朝――
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
ユークは肩に小さな袋をかけて、玄関に立った。
昨日の戦利品である魔石の精算のために、ギルドへ向かうところだ。
玄関先ではアウリンが見送りに来てくれていた。
彼女は軽装のまま、まだ少し眠たげな目をしている。
「うん、気をつけてね」
小さく手を振りながら、アウリンは笑顔を見せた。
「うん。行ってきます」
ユークは少し照れくさそうに笑い返し、玄関の扉を開けて外へ出た。
昨日のやり取りを思い出しながら、後ろからついてくるセリスと並んで歩き出す。
ちなみに、ヴィヴィアンはというと――
どうやら休みの日はしっかり寝だめするタイプのようで、まだ部屋から出てくる気配はなかった。
ギルド本部――
「ありがとうございました〜」
魔石の精算を終えたユークは、カウンターから離れ、ふと掲示板に目を向ける。
(うーん……今日は時間あるし、何かあるかな)
目に留まったのは、以前も見かけた“実験協力依頼”の紙。
これまでにも短時間だけ参加したことがあるが、丸一日使っての協力は初めてだ。
「たまには、朝から行ってみるか……」
そう言って、今日の予定が決まった。
エウレの邸宅――裕福層エリア
邸宅の門を抜けて、ユークが扉をノックすると、いつものメイドが丁寧に迎えてくれた。
屋敷の中は静かで、工房の扉を開けると、どこか香水のような香りと、薬品の匂いが混じった空気が広がっていた。
実験器具が所狭しと並ぶその中心にいるのは、紫色の髪を肩まで伸ばし、今日は真っ黒なレースのワンピースをまとったエウレだった。
「やあやあ、今日はやけに早く来てくれるじゃないか」
満面の笑顔でエウレが迎える。
「……はい。今日もよろしくお願いします」
ユークは苦笑しながらも、もうすっかり慣れた手つきで工房の中へ足を踏み入れた。
その日も、セリスの協力を得て様々なデータを取っていくことになった。
棒を振る実験や、走る実験、さらには何やらゲームめいたものまで。
実験は次から次へと続き、気がつけば昼の鐘が鳴っていた。
「エウレ様……お時間です」
メイドが静かに声をかけ、時計の針が十二時を指していることを告げる。
「ふむ、まあ仕方ないね。お昼にしようか」
実験を一区切りつけ、エウレとユークは並んで食堂へと向かった。
食事を取りながらの話題は、先日戦ったブレイズベアのことだった。
「そういえば、最近“エクストラスキル”ってやつを見たんですよ」
ユークが何気なく口にした瞬間――
「な、なんだって!? 本当に!? 誰の? どんな効果? その時の状況は!? 詳しく教えてくれないか!?」
エウレは椅子を軋ませる勢いで前のめりになり、目を爛々と輝かせた。
「あ、アズリアさんって人のスキルで『ストライクエッジ』って言うんですけど……見たのは一回だけで……」
あまりのテンションに、ユークは思わず椅子を少しだけ引いて距離を取った。
「なるほど、ギルドガードの隊長のスキルか! まあ、この街では彼女くらいしかエクストラスキルを持つ者はいないからな……」
話を聞いて、幾分か落ち着いた様子でエウレがつぶやく。
「えっ? アズリアさんをご存知なんですか?」
ユークが尋ねる。
「知っているさ。数少ないエクストラスキル持ちだからね。何度も調べさせてくれと頼んでいるんだが、まったく首を縦に振ってくれなくてね」
エウレは残念そうに首を振る。その仕草が可愛らしくて、ユークは思わず笑ってしまった。
「珍しいんですか? たまにいるって、アズリアさんは言ってましたけど」
ユークは、以前アズリアから聞いた言葉を思い出して口にする。
「たまにいる? ああ、たまにはいるだろうさ。彼女はゴルド王国から派遣された人間だからな」
エウレはため息をつき、やれやれといった様子で首を振った。
ゴルド王国は、この《賢者の塔》が政治的な空白地帯になっている原因の一つだ。
ゴルド王国を含む三つの国が《賢者の塔》を囲んでおり、その三国が破ることのできない“神の契約書”によって、この地は緩衝地帯として作られた。
にもかかわらず、その中心に《賢者の塔》が出現してしまったのである。
そのため、三国はこの街を正式には認めていない。正式な立場からすれば、この街は《賢者の塔》の周囲に勝手に人が住み着いているだけに過ぎないのだ。
だから、この街には名前がない。
外部からは《賢者の塔》、あるいは《賢者の塔の街》と呼ばれるだけだ。
「いいかい、ゴルド王国は大国だ。つまり、それだけ人材も多い。エクストラスキルを持つ人間も、そのぶん多いだろうさ。だが、はっきり言って、大半の人間はレベル30になっても、今持っているスキルの数値がほんの少し上昇するだけだ」
ユークはまだ聞きたいことがあったが、逆にエウレからの質問攻めに遭いってしまい、いつの間にか昼休みは終わりを迎えていた。
午後の時間も、午前と同じように地味な実験の繰り返しだった。
陽が傾き始めた頃、ユークがそっと口を開いた。
「そろそろ帰らないと」
「もう少し居てもいいじゃないか。夕飯も食べていきなよ。用意させるから」
エウレが引き止めるように夕飯に誘う。
「仲間が家で待っているので」
丁寧な口調ながら、ユークの返答にはきっぱりとした拒否の意思が込められていた。
「そうか……じゃあ、しょうがないな」
しょんぼりとしてしまうエウレに一瞬、罪悪感を覚えたが、家で待っているアウリンたちのために夕飯も買わなければならず、これ以上ここに留まるわけにはいかなかった。
「また来ますから」
そう言って微笑むと、ユークはセリスと共に研究室を後にした。
エウレは最後に、いくつかの魔道具を報酬のおまけとしてユークたちに渡してくれた。
街の商人から夕飯を買い、ようやく家のある通りに戻ってきたユークたち。だが、その家の前に、見慣れない男がひとり立っていた。
赤い髪が夕陽に照らされ、まるで燃えるように揺れている。整った顔立ち、気品をまとった佇まい。上質な布地の服からのぞく鍛え上げられた肉体は、只者ではないことを物語っていた。
一言で言えば――まさに貴公子。誰もが振り返るような、非現実的な美貌の持ち主だった。
「あの……どちら様ですか?」
ユークが警戒を込めて声をかける。
「君は?」
男は不思議そうに眉をひそめ、上品でどこか気障な口調で問い返してきた。
「ああ、俺はこの家の住人で……ユークって言います」
名乗ったその瞬間だった。
「貴様……貴様がっ!」
男の瞳が見開かれ、次の瞬間、ユークの襟首を力強く掴んだ。
「えっ? な、何?」
ユークは思わず身を引こうとしたが、まるで動けない。力の差は歴然で、体がまるで拘束されたかのように硬直していた。
「ユーク!」
セリスの悲鳴が空気を裂き、彼女が抱えていた魔道具が地面に落ちる音が、静かな通りに響き渡る。
その場の空気が、一気に緊迫感に包まれた――。
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ユーク(LV.20)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:何がなんだか分からない。
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セリス(LV.20)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:ユークを助けないと。
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エウレ(LV.??)
性別:女
ジョブ:??
スキル:??
備考:魔道具を上げる代わりに報酬を減額なんてケチなことはしない。
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