第40話 何をそんなに焦ってるの?
《賢者の塔》第十六階層。
「やあっ!」
セリスの鋭い叫びとともに、槍がヘルハウンドの首筋を正確に貫いた。
魔物の身体は淡い光を残して霧散し、床に残されたのは僅かな魔石のみ。
「はぁ、はぁっ……!」
肩で息をしながら、セリスは槍を杖のように突いて汗を滴らせた。
「お疲れ、セリス。はい、水」
ユークが水筒を差し出すと、セリスは素直に受け取り、勢いよく喉を鳴らして飲み干してゆく。
「ん……ありがとう、ユーク」
ヴィヴィアンにも、アウリンが水筒を手渡した。
「はい、ヴィヴィアン。こっちもどうぞ」
「ありがとう、アウリン。ふぅ……沁みるわぁ」
水を口に含みながら、ヴィヴィアンがほっと息を漏らす。
「もう、持ってきた水はこれで全部か……」
セリスから返された水筒を傾けてみると、底に残っていたのはわずかな水滴だけだった。
「ここまで暑いとは予想してなかったから、水をそこまで持ってこなかったのよね」
アウリンが肩をすくめながら言った。
「このままじゃ無理はできないね。今日はここまでにしようか」
ユークの言葉に、アウリンはすぐに頷いた。
「うん、賛成」
「みんなー、撤収するよー!」
ユークの声に、前衛のふたり――セリスとヴィヴィアンが、それぞれ力なくも手を上げて応えた。
一行はポータルへと向かい、《賢者の塔》の外へと転移した。
「はぁ~……涼しい……!」
塔の外に出た瞬間、セリスは両手を広げて大きく深呼吸した。火照った体が風に撫でられ、顔に浮かんでいた汗が少しずつ引いていく。
「ほんと、生き返るわ~」
ヴィヴィアンも兜を外して小脇に抱え、手で顔を扇ぎながら微笑んだ。
「二人は先に帰ってて。今日はアウリンと一緒に夕飯の買い出ししてくるから」
ユークが声をかけると、セリスは少し唇を尖らせながらも頷いた。
「……うぅ、わかった。じゃあ、家で待ってるから」
「ふふ、お言葉に甘えさせてもらうわね。じゃあ、またあとで」
二人はユークたちに軽く手を振って、それぞれの帰路についた。
夕暮れ時の街は、どこか柔らかな空気に包まれていた。石畳を踏む足音と、行き交う人々のざわめきが心地よいリズムとなって響く。
人通りの多い大通りを、ユークとアウリンは肩を並べて歩いていた。
「こうして二人っきりで歩くのって、もしかして……初めてかもしれないわね」
ぽつりと呟いたアウリンの声は、周囲の喧騒に溶け込みそうなほど小さかった。
「言われてみれば、そうかも。いつもセリスが一緒だったから」
ユークも同じように静かに応える。
アウリンは少し笑って、横目でユークを見た。
「あの子、ユークのこと好きすぎじゃない?」
「まぁ、そうかも。前に……セリスがいない時に、俺がカルミアに襲われたことがあってさ」
ユークの目が一瞬だけ遠くを見る。
「それ以来、あの子、ずっと自分を責めてるんだ。『自分がいれば守れたのに』って。だから、俺のそばを離れないようにしてるんだと思う」
「そっか……セリスにとって、ユークはそれだけ大事な存在なのね……」
アウリンは小さく微笑みながら、少しだけ足を止めて空を見上げると、橙色に染まった雲が広がっていた。
「うん。俺にとっても、セリスは……姉みたいなものだから」
「姉、ね……。ねえ、ユークってさ。私のこと、どう思ってるの?」
アウリンが唐突にそんなことを言いながら、勢いよく顔を近づけてきた。
「わ、わわっ!? な、仲間だと思ってるよっ!」
ユークは後ろに仰け反りながら、慌てて言葉を返した。
「ふーん? それだけ〜? 私は結構ユークのこと、いいな〜って思ってるんだけど?」
アウリンはいたずらっぽく笑いながら、さらに一歩踏み込んでくる。そして、無防備に胸を押し付けてきた。
「わ、わあっ!? アウリンって、けっこう……胸、大きいよね!」
ユークの口から言わなくても良い言葉が飛び出してしまう。
自分でも、言った直後に頭を抱えたくなるほどの失言だ。
「ふふっ、もう。女の子に向かって言うセリフじゃないでしょ、それ。私だから笑って済ませるけど、普通なら引かれてるわよ?」
そう言いながらも、アウリンはまったく離れる気配がない。むしろさらに密着してくる。
「っていうか、セリスでこういうの慣れてると思ってたんだけど?」
意外そうに首を傾げながら、アウリンが小声で囁いた。
「セリスは……家族みたいなもんだから!」
顔を真っ赤にして、ユークは叫ぶように否定した。
「ふふっ。今日はこれくらいで勘弁してあげるわ」
アウリンはようやく離れ、数歩後ろへ下がった。
ユークはというと、腕に残る柔らかい感触が気になって仕方ない様子で、何度も袖を引っぱったり、そわそわと落ち着かない様子を見せていた。
「ねえ、ユーク」
アウリンの声が、ふいに真面目な色を帯びる。
「な、なに!?」
からかいモードだったアウリンの急な真剣さに、ユークは動揺しつつも目を向けた。
「最近、私たちってさ。お金にはもうあんまり困ってないじゃない?」
「……うん。まあ、そうだね」
ユークも少し落ち着きを取り戻しながら、ゆっくりと頷いた。
「だからさ……そろそろ、塔の攻略ペースを少し緩めてもいいんじゃないかなって思ってるの」
アウリンは言葉を選びながら、慎重にユークを見つめた。
「それって、どういう意味?」
ユークの表情が真剣になる。
「休みが欲しいの。せっかく工房も手に入ったんだから、研究に集中できる時間をちゃんと作りたいの」
「……休み、か」
ユークは難しい顔をして、しばらく考え込んだ。
「ねえ、ユーク。あなた……そんなに、何を焦ってるの?」
アウリンの瞳が、どこか心配そうに揺れる。
「俺が……焦ってる?」
自分では気づいていなかったことを指摘され、ユークは目を見開いた。
「私たち、最初は本当に毎日登らなきゃ生活できなかった。だけど今は違うわ。私たちと同じランクの探索者で、こんなに毎日塔に入ってるパーティーなんて、そうそういないのよ?」
アウリンは諭すように、優しい声で語りかける。
「……俺、焦ってたのかな」
ぽつりと漏らしたユークの声は、どこか気が抜けていた。
「焦ってたんじゃない? 何にかは分からないけどね」
アウリンはやわらかく微笑みながら、静かに返した。
「そっか……」
ユークは目を伏せ、しばしの間、何かを噛みしめるように黙り込む。
(……そういえば、カルミアに追放されてからずっと走り続けてた気がする。あいつらより上に行って、追放したのを後悔させてやるって……ずっと、その気持ちに突き動かされてたんだ)
自分の胸の奥にあった焦りの正体に、ようやく思い当たる。
「……そっかあ。焦ってたかぁ……」
力が抜けたように、ユークは大きく伸びをした。
その様子を、アウリンは何も言わず、ただ静かに見守っていた。
やがて二人は、大通りを並んで歩き始めた。特に話すわけでも、特別なことをするわけでもない。ただ肩を並べて、ぶらぶらと歩いていく。
けれど――確かに、ほんの少しだけ。二人の距離が縮まった、そんな気がしていた。
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ユーク(LV.20)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:自分では気づけないものなんだな……
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セリス(LV.20)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:やっぱり、無理してでもついて行ったほうがよかった気がする!
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アウリン(LV.20)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:今、二人が居なくて本当に良かった!
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ヴィヴィアン(LV.20)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:何か面白そうなイベントを見逃した気がする!
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