第4話 カルミアという男
カルミアは裕福な商家の次男として生まれ、何不自由のない生活を送ってきた。
使用人は何でも言うことを聞き、兄は家業を継ぐための教育に忙しく、家の中では好きなことをして過ごせた。
そんな彼が退屈しのぎに夢中になったのは、吟遊詩人が語る英雄譚だった。
剣を振るい、魔物を倒し、名声と富を手に入れる
――まるで絵物語のような冒険者の生き様は、退屈な日常とは正反対で、カルミアの胸を熱くさせた。
「なあ、俺たちで探索者にならないか?」
ある日、カルミアは幼馴染のセリスと、商家で奉公しているユークに声をかけた。
セリスは商家の用心棒の娘で、槍の腕も立つ。ユークは強化術士の適性を持っていて、カルミアが目指す《賢者の塔》の攻略には欠かせないジョブだった。
仲間として申し分ない二人だ。だが、反応は意外なものだった。
「俺は行かないです。危ないし、そもそも戦うのなんて無理なので」
ユークは即答で拒否した。臆病なところがあるとは思っていたが、まさか即座に逃げ腰になるとは。
カルミアは苛立ちを覚えた。だが、それ以上に驚かされたのは、セリスの態度だった。
「ユークが行かないなら、私も行かない」
あっさりと言い放つ。カルミアは思わず言葉を失った。
「は? なんでだよ?」
カルミアは呆気に取られた。
セリスがユークに対して世話を焼いているのは知っていたが、ここまでとは思わなかった。まるで、ユークがいなければ何もする気がないと言わんばかりだ。
(面倒なことになったな)
カルミアは内心で舌打ちする。
しかし、ここで引き下がるつもりはなかった。
──ユークの父親も商家で奉公している。
もしユークが探索者にならないのなら、父親をクビにする。そうちらつかせれば、嫌でもついてくるだろう。
「……いいのか? ユーク。お前が行かないなら、お前の親父も──」
カルミアは、セリスのいないところで静かに言った。
ユークの顔が引きつる。沈黙のあと、苦々しげに答えた。
「……わかりました。行きます」
それを聞いたカルミアは、満足げに頷いた。
「ユークが心配だから」
セリスも結局、ついてくることになった。こうして三人の探索者としての道が始まった。
◆ ◆ ◆
それからしばらくして、新たに二人の仲間が加わる。盾剣士のベリルと大剣士のジルだ。五人パーティーとなったことで攻略は順調に進み、カルミアはますます自分の才能を確信するようになった。
だが、ひとつだけ思い通りにいかないことがあった。
セリスが、カルミアを好きにならないのだ。
カルミアは剣の才能にも恵まれ、戦場では常に華々しい活躍を見せている。普通なら憧れの目を向けられて当然のはずだ。なのに、セリスはカルミアではなく、いつもユークにばかり気を配っていた。
(なんでだ……?)
俺が剣を振るい、敵を倒し、パーティーを引っ張っているというのに。なぜユークばかりに構う?
昔、一度だけ聞いたことがある。
「ユークのことが好きなのか?」
そのとき、セリスは笑って首を振った。
「違うよ。ただ、ユークは弟みたいで放っておけないだけ」
その言葉を思い出すたびに、カルミアの胸はざわついた。
(……なら、ユークがいなくなればいい)
彼はだんだんと、そう思うようになっていった。
◆ ◆ ◆
カルミアたちは、ついに賢者の塔の九階へ到達した。この時点で、同期の探索者たちよりも一歩先を進んでいる。
(やはり俺は特別な存在なんだ)
次はいよいよ十階のボス戦。これに勝てば、正式に一人前の探索者として認められる。
だが、カルミアにはどうしても納得できないことがあった。
それはユークの存在だ。
戦闘中にする事といえばせいぜい石を投げる程度、強化魔法もわずか十%しか向上しない。
そんな役立たずが、ただパーティーにいるというだけでカルミアと同じ【一人前の探索者】として認められるなど、到底許しがたいことだった。
(こいつを切る時がきたな)
十階のボス戦を前に、パーティーの強化を名目にして、もっと優秀な強化術士を雇うことに決めた。
それに、ユークがいなくなれば、セリスもいい加減自分を意識するはずだ。
将来が約束されたカルミアのパーティーと、何の才能もないユーク――比べるまでもない。
カルミアはセリスがユークと共に出ていくなど、微塵も考えていなかった。
幸い、ボス戦に向けて九階でレベル上げをする予定だった。新たな強化術士を探す時間は、十分にある。
(すべては俺の計画通りに進むはずだ。これまでも、これからもな)
カルミアは冷たく笑った。
◆ ◆ ◆
カルミアがLV.13に到達した頃、ようやく念願の強化術士を見つけた。それも、なんと【強化率30%】という優秀な術士だ。レベルも高く、申し分ない。
しかも、その術士がカルミアのパーティーに入ることを承諾したのだから、これ以上ないほど完璧なタイミングだった。九階でのレベル上げはLV.14が限界。まさに、すべてが計画通りだった。
一方、ユークは何を思ったのか、自分の金を使って、弱くて使い物にならない魔法を覚えてきたらしい。
(は? そんな無駄金があるなら、取り分をもっと減らしてもいいよな?)
そう思ったカルミアは、ユークの報酬をさらに削った。
◆ ◆ ◆
いつものように宿屋の一階で宴を開き、楽しい雰囲気が広がる中、カルミアはついにユークの追放を発表することにした。
「……みんな、聞いてくれ」
注目が集まる。カルミアは肩をすくめ、できるだけ軽い口調で告げた。
「ユーク、お前をこのパーティーから追放する」
その瞬間、ユークは呆然とした表情になった。カルミアは笑いを堪えるのに必死だった。今までの鬱憤が、ようやく晴れる。
しかし、予想外だったのは、セリスだけでなく、ベリルやジルまでユークの追放に難色を示したことだった。
「さすがにちょっと冷たすぎねぇか?」
「ユークだって頑張ってるのに……」
彼らの反応に一瞬面食らったが、カルミアは余裕の笑みを浮かべた。
「少し前から交渉してた相手から返事が来たんだ。強化率30%の《強化術士》が、俺たちのパーティーに入ってくれるってな」
そう言うと、ベリルとジルは黙った。やはり、合理的な判断には逆らえないらしい。
一方、ユークは未練がましく食い下がった。
「だっ、だとしても俺はこのパーティーで……!」
「30%だぞ!? こんなチャンス、二度とねぇんだよ! 俺たちはもっと上に行く! だから……お前は出ていってくれ。俺たちのためにな!!」
冷たく言い放つと、ユークはしぶしぶ立ち上がり、パーティーを去っていった。
(ふん、これでやっとスッキリした)
そう思った直後――
「待って! ユークを追い出すなら、私も出ていく!」
セリスの叫びが、宴のざわめきを凍らせた。
「……はあ!? なんでだよ!?」
「ユークがいないパーティーなんて、もういたくない!」
「ばっか、お前! 俺たちは、これからもっと上へ行くんだぞ!? そんな時に抜けるヤツがあるか!」
黙って荷物を持つ彼女の姿にカルミアは焦った。セリスが本気だと気づいたからだ。
「ああ、いいさ。もう知らねぇ!」
ついにキレたカルミアは、苛立ちをぶつけるように叫んだ。
「いいか! 後になって『もう一度パーティーに入れてくれ』って言っても、遅いからな!」
だが、セリスは一切振り返らず、ユークの後を追って宿を出ていった。
カルミアは、それをただ呆然と見送るしかなかった。
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カルミア(LV.13)
性別:男
ジョブ:上級剣士
スキル:剣の才(剣の基本技術を習得し、剣の才能を向上させる)
備考:ユークの入っていたPTのリーダーで、ユークを追放した張本人。
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ベリル(LV.12)
性別:男
ジョブ:盾剣士
スキル:盾の才(盾の基本技術を習得し、盾の才能をわずかに向上させる)
備考:ユークの入っていたPTのメンバー。
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ジル(LV.12)
性別:男
ジョブ:大剣士
スキル:大剣の才(大剣の基本技術を習得し、大剣の才能をわずかに向上させる)
備考:ユークの入っていたPTのメンバー。
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