第37話 一週間。この家の中では語尾に“にゃ〜”をつけて生活してもらうわ
◆アウリンの隠し事◆
セラフィが帰った後のことだった。
「う〜ん。これだけあれば、意外といけるんじゃないか?」
金貨を数えながら、ユークがつぶやいた。
「どうしたの、ユーク?」
隣にいたセリスが首をかしげながら声をかける。
ユークは顔を上げ、柔らかく笑って答えた。
「いやさ、これだけあれば、この家……借りるんじゃなくて、買い取れるんじゃないかって思ってさ」
その一言に、セリスは目を丸くする。
「え? 買っちゃうの?」
「いつまでも家賃を払い続けるよりは、いっそ買った方が安上がりかもって思ったんだよ。みんなはどう思う?」
ユークは周囲を見渡しながら問いかける。その視線の先には、パーティーメンバーたちが思い思いの反応を見せていた。
「私は別にいいよ。ここ、けっこう気に入ってるし」
セリスはあっさりと同意の意を示した。
「そうね……でも値段にもよるんじゃないかしら?」
ヴィヴィアンは頬に手を添え、少し考え込むように言った。
だが、こんな時にいつも口を挟んでくるはずのアウリンが、なぜか黙り込んでいた。彼女の額には、妙に多くの汗が浮かんでいる。
「わっ、アウリン、大丈夫? 顔、真っ赤だよ……なんか、すごい汗なんだけど……」
心配そうにセリスが駆け寄る。
ヴィヴィアンも微笑みを浮かべながら一歩、また一歩と距離を詰めていく。
「ねえ、アウリンちゃん。この家を借りたときも思ったけど……何か、私たちに隠してないかしら?」
アウリンは、まるで背中に冷たい風を感じたようにぴくりと肩を揺らした。そして、無理やり明るい調子で言い放つ。
「……その、実は。もう買っちゃってたりするのよ…ね」
場の空気が一瞬で凍りついた。
「……買ったって、まさか」
ユークがゆっくりと表情を引き締めて尋ねる。
ヴィヴィアンは、ただ無言でアウリンを見つめていた。
セリスはぽかんとした顔で、状況が掴めていないようだ。
「そのね……魔法使いの工房って、たまにあるのよ。価値を知らない家族が、備品ごと家を売っちゃうっていうケースが」
アウリンはガックリと肩を落としながらも、ようやく語り始める。
「で、ここもその典型。中には魔導具とか、高価な器具がゴロゴロ残っててさ。それならって……」
「つまり、借りたって言っておきながらアウリンちゃんが買ったのね――この家を。でも、どうやってそんなお金を?」
ヴィヴィアンの声には、呆れと驚きが入り混じっていた。
「えっと……実は、探索者ギルドでローンを組んだの」
「ローン!? 何考えてるのよっ!」
ヴィヴィアンが思わず声を荒げる。
ユークも驚いてアウリンを見た。
「……ってことは、借金? アウリン、それって――」
「う、うん! でもね、迷惑をかけるつもりはなかったの! ローンも、私自身を担保にしてるし!」
「アウリンちゃん……」
ヴィヴィアンは呆れたようにため息をつき、ゆっくりと首を振った。
ユークは黙って金貨の山を見下ろすと、肩をすくめた。
「仕方ない、まずは借金返済を最優先にしよう」
「……ごめんなさい」
アウリンが俯きながら、ぽつりと謝る。
「良いよ、気にしないで! 仲間なんだし……」
だが、ユークが場をなごませようと軽い調子で言ったその時だった。
「ダメよ!」
普段は穏やかなヴィヴィアンが、びしりと鋭い声を放つ。全員の視線が彼女に集中する。
「悪いことをしたら、ちゃんと罰を受けなきゃいけないの。それくらい、小さい子でも分かることよ?」
アウリンの瞳が揺れる。その視線の圧に耐えきれず、彼女は叫ぶように言った。
「……分かったわよ! どんな罰でも受けてやるわ!」
するとヴィヴィアンは、にこりと笑って宣言する。
「じゃあ、一週間。この家の中では語尾に“にゃ〜”をつけて生活してもらうわ」
「はあっ!? な、何言ってんのよっ!」
アウリンが飛び上がる勢いで抗議する。
「アウリンちゃん、語尾!」
ヴィヴィアンの一言に、アウリンは目をそらしながら小声でつぶやいた。
「な、何を言ってるんだニャ〜……」
セリスがぱあっと笑顔になり、身を乗り出す。
「アウリン、可愛い〜!」
「ふふっ、あとね、ちょっぴり恥ずかしい服も着てもらうから、覚悟しておいてね?」
「なっ!? まだ罰を追加するの!? ……するのニャ〜?」
ヴィヴィアンの鋭い視線に、しぶしぶ語尾を修正するアウリン。
「当然でしょ? それだけのことをしたんだから! ね?」
ヴィヴィアンはぷんすかしながら、ユークの同意を求めた。
「まあ……仕方ないんじゃないかな……」
ユークは若干引き気味に笑う。
「……はぁ、分かったニャ〜……」
アウリンは天を仰ぎつつ、これは自分の蒔いた種だと、しぶしぶ受け入れるのだった。
◆魔道具って?◆
「ちょ、ちょっと待って! この服、胸元開きすぎだし、スカートもすごく短いんだけど……にゃ〜……」
アウリンは頬を真っ赤に染め、視線を泳がせながら身体をくねらせた。
胸元の大胆なカットからは谷間が覗き、スカートは脚の付け根まで露出している。見るからに挑発的なデザインだった。
恥ずかしさのあまり、両腕で胸元を隠す仕草が、かえって視線を誘ってしまう。
「恥じらうアウリンちゃん……最高に可愛いわ〜」
ヴィヴィアンは頬に手を添え、うっとりとした表情でアウリンを見つめる。
「うう……っ」
さらに顔を赤らめ、アウリンは視線を下に落とした。
「まあまあ、あと六日だけの辛抱だから……」
ユークが困ったように微笑み、なだめるように言葉をかけた。
「でも最近は、こういう服、流行ってるらしいよ?」
セリスがアウリンの格好を見て口を開く。
「え、セリスちゃんがそういうの気にするなんて意外〜」
ヴィヴィアンが目を丸くする。
「ほんとに。セリスって、そっち系の話題には無関心かと思ってた」
ユークも驚いたようにセリスに視線を向ける。
「えぇ……? 流石に私も興味くらいはあるよ? 自分で着ようとは思わないけど」
二人の意外そうな反応に、セリスはやや気まずそうに肩をすくめた。
しばしの沈黙の後、セリスがふと何かを思い出したように口を開いた。
「そういえば……お金って足りたの?」
「うん。これで、この家は正式に俺たちの物になったよ」
ユークは軽くうなずきながら答えた。もともとアウリンが家を所有する権利をパーティー全員に分けていたため、ローンの手続きもスムーズに進んだのだ。
「ま、報酬の大半がそれに消えちゃったから。残りはヴィヴィアンの新しい鎧くらいしか買えそうに無いけどね」
「ごめんなさいね……私のために……」
ヴィヴィアンは申し訳なさそうに視線を落とした。
「気にしないで。ギルドから貰った鎧のお金じゃ、前の鎧と同じランクのしか買えなかったからね」
ユークは微笑んで彼女に言う。
「前の鎧だと20階から上のモンスターには足りないって分かっちゃったからね〜」
セリスも頷きながら、真剣な表情を浮かべる。
「お金に余裕があれば、生活用の魔道具とか、探索向けの便利な道具も買えたかもだけど……」
ユークがため息混じりに呟いた。
「魔道具って、ほんとに高いのよね〜」
ヴィヴィアンも同じくため息をつく。
「そういえばさ、魔道具ってどうしてあんなに高いの?」
セリスが疑問を投げかけた。
「えっ? 知らなかったの?」
ユークが少し意外そうに眉を上げる。
「それはね〜」
ヴィヴィアンが説明を始めようとしたその時。
「ま、魔道具が高い理由を知りたいんだニャ!?」
ずっと黙っていたアウリンが、突然飛び込むように話に割って入った。
「う、うん……まあ、できれば……」
セリスは思わず引き気味に応じる。
「おっけー! じゃあ、まず“魔道具とは何か”から説明するニャ!」
アウリンは胸元が大きく開いた服を気にする様子もなく、誇らしげに胸を張った。谷間がさらに強調され、ユークは思わず視線を逸らす。
「魔道具っていうのは、私たちにはとっても身近なものなのニャ! もちろんセリスも、よく使っているニャ」
アウリンは妙に堂々と、そして語尾に「ニャ」をつけながら話し続ける。説明のテンションと服装のギャップに、視線のやり場に困るユーク。
「……えぇ? 私、そんなの使った覚えないけど……」
セリスは首をかしげながら答えた。
「実は《賢者の塔》の転移ポータルも、魔道具なんだニャ!」
アウリンが胸を張って答えると、セリスは目を見開いた。
「ええっ!? あれも魔道具だったの!?」
信じられないというように、セリスは驚きの声を上げた。
「ポータルを使うとき、足元に魔法陣が浮かぶニャ? あれって、私やユークが魔法を使うときに出す魔法陣と基本は同じ仕組みなのニャー!」
「えっと……つまり、ポータルを使うたびに、どこかで誰かが魔法を使ってるってこと?」
セリスは首をかしげながら、慎重に言葉を選んで尋ねる。
「ううん、ちょっと違うニャ!」
アウリンは笑みを浮かべながら、指を立てて訂正する。
「魔法にはね、私たちが普段使ってる“詠唱魔法”と、もうひとつ“儀式魔法”っていうのがあるのニャ!。儀式魔法は、壁とか床に魔法陣を描いて、そこに魔力を流し込むことで発動するニャ!」
そう言いながら、アウリンは小さなチョークを取り出し、近くのテーブルに魔法陣の一部を描いてみせた。
「へぇ〜……」
セリスは感心したように声を漏らす。
「この儀式魔法をあらかじめ刻んでおいて、魔力を流すと自動で魔法が発動するようになっている道具――それが“魔道具”って呼ばれるものなのニャ!」
「なるほど……」
セリスは頷き、納得した様子だった。
しかし、ふと疑問が浮かぶ。
「あれ? でも魔法陣を描くだけなら、魔法使いの人なら誰でもできるんじゃないの? どうして魔道具って、あんなに高いの?」
率直な問いかけに、アウリンの瞳がきらりと光る。
「いい質問ニャ!!」
アウリンは嬉しそうに両手を腰に当て、少し誇らしげに説明を続けた。
「まず、人によって使える魔法と使えない魔法があるニャ!。それは詠唱魔法だけじゃなくて、儀式魔法でも同じニャ!。だから、レアな魔法を発動できる魔道具は、それだけで価値が高くなるのニャー!」
「おお〜、そういうことか!」
セリスが素直に感嘆の声を上げた。
「それにもう一つ、儀式魔法陣を描くには、希少な宝石を使わなきゃいけないのニャ!」
アウリンは片目をウインクさせながら、指を立ててピッと上に向けた。
「ほ、宝石!?」
思わずセリスの声が裏返る。
「ニャ!。魔道具に使われてる魔法陣には、砕いた宝石の粉と、魔石の粉を混ぜた特殊な素材が使われてるのニャ!。そのせいで製作コストがすごく高くなるのニャ」
「た、高そう……」
「しかもニャ、使ってる宝石や魔石の質によって、何回使えるかが決まるのニャ。ひどいのだと、新品なのに一回使っただけで魔法陣が焼き切れて、二度と使えなくなるのもあるのニャ!」
「えぇ……」
セリスは少し怯えたように呟く。
「じゃあ、《賢者の塔》のポータルも、何回もつかうと使えなくなるの?」
そう尋ねると、アウリンは首を横に振った。
「あれはまた特別なのニャ。ああいう大規模な儀式魔法陣には、粉じゃなくて宝石そのものを直接埋め込んでるのニャ。だから、半永久的に使えるようになってるニャ。ただし……当然、お金はものすごくかかるけどニャー」
「うう〜ん……魔道具って、お金持ちじゃないと持てなさそう……」
セリスは唇を尖らせながら、もにょもにょと呟いた。
「まあニャー……でも、魔道具に使う触媒くらいなら、私でも作れるから。工夫すれば、自作でコストを抑えることもできるのニャ」
アウリンはそう言って、にこっと笑った。
「えっ、ほんとに!?」
今度はユークが目を見開いた。
「とはいえ、それでもやっぱり魔道具は高いわよ?……ニャ」
アウリンの言葉に、ユークはがっくりと肩を落とす。
「やっぱりか……」
魔道具を買うのは、もうしばらく先の話になりそうだった。
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ユーク(LV.20)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:お金が一気に入って一気に無くなった。
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セリス(LV.20)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:他人のオシャレはやっぱ気になる。
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アウリン(LV.20)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:隠し事がとうとうバレてしまった。
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ヴィヴィアン(LV.20)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:コレならだいぶ良い鎧が買えそう。
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