第34話 死闘の終わり
アウリンが右手で杖をを高く掲げると、そこに赤熱の槍が姿を現した。
「——《プロミネンス・ジャベリン》!」
燃え上がる炎を纏った魔槍が空を裂き、獣を狙って放たれる。
その熱は術者から離れた場所に出現させたにもかかわらず、アウリン自身にまで熱波を押し寄せるほどだ。
灼熱の槍は轟音と共にブレイズベアの胸を貫き、瞬く間に燃え広がる。
炎が渦を巻き、その場一帯を高温に包み込む。
地面の土は熱に焼かれて光沢を帯び、まるでガラスのように変質していく。
ブレイズベアは、苦悶の咆哮をあげた。
「ガアアアアアアアアッ!!」
猛炎の中でその巨体がのたうち回り、燃えさかる炎が全身を呑み込んでいく。その激しさに誰もが勝利を確信した。だが——
炎が収まり、煙が薄れたその時、そこにはまだ立っている影があった。
「……うそ、でしょ……」
アウリンの声が震える。
焼け爛れ、炭のように黒焦げた毛並み。肉が剥がれ、骨が露出しているにもかかわらず、ブレイズベアはまだ生きていた。
いや、生きているどころか、その瞳には今まで以上の殺気が宿っていた。
「ゴガアアアアアアアアッ!!」
再び咆哮をあげるブレイズベアに、アウリンの顔が青ざめる。
「そんな……レベル差があるとはいえ、あの魔法を耐えるなんて……!」
その場に膝をつきそうになるアウリン。
「……ブレイズベアは、非常に高い炎熱耐性を持つモンスターだ。普通の相手なら、あれで終わっていただろうな」
ユークの横に並んだアズリアが、静かに言う。
「アズリアさん! 大丈夫なんですか!?」
ユークが驚きに目を見開いた。
「万全には程遠いが……奴をこのまま放っておくわけにはいかん」
荒い息を吐きながら、彼女は脇腹を押さえる。その手には微かに血がにじんでおり、とても戦える状態には見えなかった。
「お待たせ~。鎧、脱ぐのにちょっと手間取っちゃったわ~」
ふわりとした声と共に現れたのはヴィヴィアン。
彼女は鎧を脱ぎ、身体のラインがはっきりと出る鎧下に鎖帷子を羽織っただけの姿で、盾を構えてユークの前に立つ。
「ヴィヴィアン!? その格好は……!」
「鎧がダメになっちゃったのよ。絶対勝って修理代をもらわなきゃ、破産しちゃうわ!」
そう言って笑う彼女の視線の先には、ボコボコになった金属の塊が転がっていた。
「ユーク! 無事!?」
駆け寄ってきたのはセリスだった。先ほどの戦いで吹き飛ばされたはずだが、外傷らしい傷は見られない。
まっすぐにユークの隣に立ち、その瞳には確固たる意志が宿っていた。
「アウリン、戦いはまだ終わってない。力を貸してくれ」
ユークの声に、アウリンは黙って頷き、その背中を見つめる。
「……しょうがないわね。あんたがそう言うなら、付き合ってあげる」
もはや彼女の目に、さっきまでの絶望の色はなかった。
その時だった。
「ガアアアアアアア!!」
再び咆哮をあげたブレイズベアが突進してくる。その迫力に、空気が震える。
「セリス! 嫌がらせでいい、隙を作れ!」
「了解!」
ユークの指示に即座に応えるセリスが、長槍を構えて前に出る。
「アズリアさん! 動けそうならお願いします!」
「任せろ」
傷を押さえながらも、アズリアが静かに頷いた。
「ヴィヴィアン! アウリン! 行くぞ!」
ユークの合図と共に、三人は一斉にブレイズベアへと駆け出す。
「はあっ! せやっ!」
セリスが舞うように動き、鋭い突きを繰り出す。その動きは、まさに翻弄という言葉がふさわしい。
怒りと痛みに狂乱するブレイズベアの意識を釘付けにする。
「《アイスボルト》!」
「《アイスアロー》!」
左右から放たれた冷気の魔法がブレイズベアに命中し、一瞬その動きを止める。
「おおおおおおおっ!!」
その隙を逃さず、セリスが槍を深々と突き立てた。肉を貫く感触と共に、絶叫が響き渡る。
「ゴオオオオオアアアアアアアッ!!」
怪物——ブレイズベアが、怒りに満ちた咆哮と共に反撃へと転じた。
その巨体から繰り出される猛攻は、まさに嵐のようだった。
しかし、ヴィヴィアンは一歩も退かない。
彼女の盾が、鋭い一撃を寸分違わず受け流す。
「さっきみたいにはいかないわよぉ!」
重々しい鎧を脱ぎ捨てたことで、その動きはより俊敏になっていた。鋼の意志を宿した瞳が、ブレイズベアの動きを正確に捉えていた。
そんな彼女に応えるように、左右から魔力の奔流が走った。
「《アイスボルト》!」
「《アイスアロー》!」
氷の魔法が、容赦なくブレイズベアの身体に命中する。
冷気を帯びた衝撃に、怪物の動きが一瞬鈍った。
その隙を、彼女は見逃さない。
「やああああっ!」
セリスが地を蹴り、一直線に間合いを詰める。
鋭く突き出された槍が、ブレイズベアの足元を切り裂いた。
「……ガッ……!?」
怪物が呻き、体勢を崩す。そこを狙って、最後の一手が放たれた。
「《ストーンウォール》!」
ユークが発動したのは、硬質な石壁を生み出す魔法。
突如現れた壁が、体勢を崩したブレイズベアにぶつかり、そのまま巨体を地へと叩き伏せた。
まるで罪を悔いるかのように、項垂れて動けなくなる怪物のすぐそばには、一人の女性の姿があった。
アズリアだ。鋼鉄の剣を手に、敵にとどめを刺すために立っていた。
「……≪ストライクエッジ≫!!!」
彼女の声と共に、剣が鋭く閃く。
処刑人のように振り下ろされた刃は、ブレイズベアの首を正確に切断した。
断末魔の叫びもなく、巨体が淡い光となって崩れ去っていく。
いつもなら魔石が残るはずだった。しかし、代わりに現れたのは——
一人の男だった。
後ろ手に縛られ、意識無く横たわるその男は、ブレイズベアに変貌する前の姿と酷似していた。
「……こいつは?」
アズリアが眉をひそめ、不審そうに問いかける。
「俺……見ました。こいつが、あの怪物に変わって……ジェットさんの腹を貫くのを」
ユークが、先ほど目撃した信じ難い光景を言葉にする。
今なお信じられないといった様子で、彼は男を睨んでいた。
アズリアが近づき、脈を確認する。
「……まだ、生きてるな」
その直後、セリスとヴィヴィアンが傷ついた仲間を運んできた。
「ジェットさんは……残念だけど……もう……」
セリスが震える声で言い、目を伏せた。
その手には、力なく冷たくなったジェットの身体。
「トルマさんは……息がある。でも、かなり危険な状態よ」
ヴィヴィアンが真剣な表情で傷の様子を確認しながら報告する。
「信号用の魔法を撃ったわ。もうすぐ医療院から救援が来るはずよ!」
アウリンの声が、かすかに希望を含んで響いた。
しかし、ユークは周囲の光景を見渡し、深く息を吐いた。
まるで戦争の爪痕のように、庭は荒れ果てていた。
「……ひどい光景だな。まさか、こんなことになるなんて……」
ユークが誰にともなく呟く。
「だが……お前たちが止めてくれなければ、この一帯全てがこうなってただろう。……本当に感謝している」
アズリアが優しくユークに微笑みかける。
やがて、救援の一団が現場へ到着した。
倒れた者たちは次々に担架に乗せられ、仲間たちも共に医療院へと運ばれていく。
こうして、ユークたちの"危険もなく、簡単で、報酬もいい仕事"は——
幕を閉じたのだった。
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ユーク(LV.18)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:軽傷だが傷だらけで全身が痛い。
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セリス(LV.18)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:受け身が上手いのか近接組で一番傷が浅い。
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アウリン(LV.18)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:目立った傷は無い。
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ヴィヴィアン(LV.18)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:肋骨が折れている、重症。
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アズリア(LV.30)
性別:女
ジョブ:剣士
スキル:剣の才(剣の才能をわずかに向上させる)
スキル2:≪ストライクエッジ≫
備考:気合で動いていた、死にかけ。
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トルマ(LV.26)
性別:男
ジョブ:剣士
スキル:剣の才(剣の基本技術を習得し、剣の才能を向上させる)
備考:意識不明の重体。
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