第33話 燃える獣
縛られ、地面に座らされていたチンピラの男が、突如として体を震わせ始めた。
まるで発作のような痙攣する男。
次の瞬間――男の体から、生々しい実感を伴って鋭利な爪が突き出す。
それは人の爪ではない。猛獣のものとしか形容しようのない、異様な凶器。
「なっ……!?」
驚愕に目を見開いたのは、すぐ近くにいたジェットだった。
だが彼が次の動きを取るよりも先に、その爪が彼の腹部を容易く貫いていた。
「ジェットさん!!」
ユークの悲鳴が住宅街に響き渡る。
だが、事態はそれで終わらなかった。
男の肉体が、急速に――いや、不気味なほど滑らかに変異していく。
筋肉は膨れ上がり、骨格が軋みながら変形し、毛皮が肌を覆い尽くす。
地面が震えるほどの質量を得たその姿は、もはや人とは呼べなかった。
全長は優に七メートルを超え、赤黒い毛並みが風に揺れる。
腕ほどもある前脚、鋭く輝く牙、そして――空気さえも振動させるような咆哮が、夜の住宅街を引き裂いた。
「な、なに……あれ……?」
セリスが槍を構えたまま、身体を硬直させる。
金色の髪が風に揺れ、その瞳が怪物を見据える。
「モンスター……? でも、こんなのあり得ないわ……!」
アウリンが声を震わせながら呟いた。いつも快活な彼女の瞳が、驚愕に染まっていた。
そのとき、鋭い声が割って入る。
「全員、下がれ! あれは……“ブレイズベア”だッ!!」
叫んだのは、アズリアだった。
「ブレ……何だって……?」
ユークが思わず聞き返す。
「ブレイズベア! 別のダンジョンの、二十階層に出るクラスのモンスターだ! 今のお前たちじゃ相手にならない! 逃げろ!!」
アズリアはそう叫ぶと、すかさず剣を抜き放ち、怪物に向かって駆け出す。
その動きに呼応するように、部下の槍使い――トルマも横から走り出した。
二人の熟練の戦士が、左右から同時に急所を狙う――だが。
「ッ……!? 止まった……!?」
アズリアの剣が、ブレイズベアの毛皮の表面でまるで岩のように弾かれた。
トルマの槍も、寸分違わず同じ結果に終わる。
「なっ、効いてない……!?」
怪物が腕を大きく振るう。
その一撃で、アズリアの身体が宙に舞い、回避もできぬまま地面へと叩きつけられた。
「アズリアさん!」
ユークが駆け寄る。アズリアは頭を打ったのか、ふらつく体でなんとか立ち上がろうとするも、膝が力を失い、再び崩れ落ちた。
「立たな……ければ……っ……うぐっ……!」
その隙に、トルマがブレイズベアに追い詰められていた。
こちらの攻撃がまともに通じない相手に、防御する事すらままならず、一方的に痛めつけられていく。
「や、やめろ! 来るな……来るなあああああ!!」
追い詰められ、恐怖に叫ぶトルマ。
次の瞬間、彼の体が吹き飛ばされた。
血飛沫が舞い上がり、地面に槍が突き刺さる。
「トルマ!!」
アズリアの顔に、絶望の色が広がった。
倒れたトルマから流れ出た血が、地面に赤く染みを広げていく。
満身創痍のアズリアは、それでも必死に立ち上がろうとするが――ブレイズベアは周囲にいる縛られたチンピラで食事をし始める。
ここは住宅街。このまま放置すれば、一般市民の被害は避けられないだろう。
ユークは、ぽつりと呟いた。
「……このモンスター、≪賢者の塔≫と同じ……?」
「ありえない! このモンスターは、≪塔≫にはいないの!! 間違いないわ!」
アウリンが声を張り上げる。
だが、ユークは前を向いて叫んだ。
「やってみなきゃわからないだろ! ≪リーンフォース≫!」
彼の足元から淡く青白い魔法陣が広がっていく。光の波紋が地面を這い、仲間たちに力を与える。
「セリス!」
「うんっ!」
名を呼ぶだけで、意図が伝わる。セリスはすぐさま駆け出し、地面に突き刺さったトルマの槍を引き抜いた。
「はあああああっ!!」
全力の投擲――鋭く放たれた槍が、ブレイズベアの肩口に深く突き刺さる。
「ゴアアアアア!?」
怪物が苦悶の声を上げた。
「なっ……!? 効いてる……!」
アウリンが思わず息を呑む。
彼女の中の常識では、あり得ない出来事だった。
「ヴィヴィアン!」
「任せて~♪」
ユークの一声に応じて、ヴィヴィアンがセリスのもとへと駆け寄る。
セリスに傷を負わされたブレイズベアが、明確に敵意を向けて突進してきた。
だが――
「くっ……重っ……!」
ヴィヴィアンが盾を構え、正面から受け止めた。
そのまま後ろへ吹き飛ばされるが、セリスを守り抜く。
「アウリン! 一番強い魔法を準備して!」
走りながらユークは指示を出し、自身も魔法を放つ。
「≪アイスボルト≫!」
氷の矢がブレイズベアに炸裂し、わずかながらその動きを止める。ユークはヴィヴィアンの背後へと回り込んだ。
完全にユークたちを敵と認識したブレイズベアの巨体が、咆哮を上げて突進する。
土煙を巻き上げながら走るその姿は、まるで災厄そのものだった。
「来るぞッ!」
ユークが叫ぶと同時に、セリスが再び槍を構える。
その目には確かに覚悟が宿っていた。
「ユークのスキルがある。だから……行ける!」
セリスは跳躍した。鍛え抜かれた脚力で空を裂くように飛び、槍を突き出す。
「ええいっ!!」
だが、ブレイズベアは腕を振り上げ、槍を叩き落とすように迎撃した。
激しい金属音とともに、セリスの体が空中で回転し、地面に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
セリスの体が痛みに軋む。それでも、彼女は槍を手放さなかった。
「セリス、大丈夫か!?」
ユークがセリスを心配し、声を掛けた瞬間、ブレイズベアの巨腕が振るわれた。
「させないわよっ!」
ヴィヴィアンが割り込むように前に出た。盾を構え、その全身で攻撃を受け止める。
衝撃が走る。ヴィヴィアンの足元が割れ、地面にひびが入った。
「っく……! 力が、桁違いだわ!」
盾越しに感じる殺意と質量。だが、それでも彼女は後退しなかった。
「≪アイスボルト≫!」
ユークの魔法がブレイズベアの目に直撃しまぶたを凍り付かせる。
「ゴアアアアアアアア!!」
咆哮を上げ、苦悶に暴れまわるブレイズベア。その隙に、仲間たちがユークの元へ集まる。
ユークはちらりと横目で詠唱を続けるアウリンを見る。
「魔法は……まだダメみたいだな」
チラリと詠唱を行っているアウリンを見るとユークが呟く。
「二人とも、まだやれる?」
状況を冷静に見極めながらも、彼は仲間たちに声をかける。
「大丈夫!」
「まっかせて~!」
二人とも傷つき、息を荒げながらも笑顔で返事を返す。
怒り狂ったブレイズベアの攻撃を何とか対処し続けるユークたち。
ブレイズベアの嵐のような連撃を避け、避けられない一撃は盾で受けて、わずかな隙をついて反撃を放つ。
だが——
「きゃあああああっ!」
初めに脱落したのはヴィヴィアンだった。全身を覆う鎧が動きを鈍らせ、回避が遅れた彼女は、ブレイズベアの一撃をまともに受けてしまう。
「ヴィヴィアンっ!」
ユークが叫ぶが、一人減ったことで攻撃の密度は上昇しさらに苛烈になる。
「ユーク! 危ない!」
セリスが彼を庇うように飛び込んだ。だが、彼女もまた一撃を受け、遠くへ吹き飛ばされる。
「っ!」
叫ぶ余裕すらなくなる。それでもユークは、ひとりブレイズベアの攻撃をかわし続けた。
だが、足元が壁に当たる——これ以上は逃げ場がなかった。
追い詰められた、かに見えたその瞬間。
「《フラッシュボルト》」
閃光が、ブレイズベアの顔を襲った。ユークの改良した魔法が炸裂し、獣の視界を焼く。
「ッッッ!?」
混乱する咆哮が響く。ブレイズベアが目を押さえ、暴れまわる。
ユークは攻撃を避けながらも詠唱を続けていた。
あらかじめ壁際に『フラッシュボルト』の魔法陣を仕込んでおいたのだ。
そう——ユークは追い詰められていたのではなく、壁際に誘導されていたのはブレイズベアの方だった。
「《ストーンウォール》!」
詠唱を終えて石の壁が突如として出現し、ユークとブレイズベアの間を分かつ。息を整える暇もなく、彼は叫んだ。
「今だ、アウリン!!」
「——《プロミネンス・ジャベリン》!!」
灼熱の槍が空を裂く。詠唱を終えたアウリンの魔法が放たれ、直撃したそれはブレイズベアの体を灼熱に包み込んだ。
「ガアアアアアアアアッ!!」
苦悶の咆哮が天を突く。その体を炎が喰らい尽くさんと燃え広がっていく。
やがて、ブレイズベアは炎の中に沈み、その姿が見えなくなった。
◆◆◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ユーク(LV.18)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:割と動ける方の後衛職。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
セリス(LV.18)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:まだ槍を手放してはいない。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
アウリン(LV.18)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:今使える最強の魔法。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ヴィヴィアン(LV.18)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:鎧が大きくへこんでしまった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
アズリア(LV.30)
性別:女
ジョブ:剣士
スキル:剣の才(剣の才能をわずかに向上させる)
備考:重症。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ジェット(LV.28)
性別:男
ジョブ:双剣士
スキル:双剣の才(双剣の基本技術を習得し、双剣の才能をわずかに向上させる)
備考:生死不明。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
トルマ(LV.26)
性別:男
ジョブ:剣士
スキル:剣の才(剣の基本技術を習得し、剣の才能を向上させる)
備考:生死不明。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




