第30話 家を借りてみない?
《賢者の塔》十四階
「私たちで、一緒に家を借りてみない?」
「……家を?」
ユークは思わず聞き返す。
「えぇ!? アウリンちゃん、それどういうこと!?」
ヴィヴィアンも驚いた様子で声を上げる。どうやら彼女も初耳らしい。
「詳しい話しはギルドでするわ。まずはいったん戻りましょう?」
彼女の提案に、ユークたちはうなずく。ここで立ち話をするには、あまりにも大きな話題だったからだ。
ギルドに戻った一行は、いつものように一室を借り、それぞれ思い思いの場所に腰を下ろした。
「それで、さっきの話だけど——みんなで家を借りてみない?」
アウリンがにっこりと微笑みながら言う。
「すっごくいい家が今売りに出されててね、うまく交渉すれば安く借りられそうなのよ!」
「う〜ん……」
ユークは腕を組む。確かに面白そうな話ではあるが、現状、特に宿に困っているわけではない。
「でも、宿の方が気楽じゃないの? 家なんて借りたら、色々と大変そうだし……」
ユークが率直な意見を述べる。
「でも自分たちの家って憧れないかしら? もちろん持ち家って訳じゃないけど宿だと色々と気を使わなきゃいけないでしょ?」
アウリンが片目をつぶって、軽く肩をすくめる。確かに、宿では他の宿泊客もいるため、色々と気を使わなくてはいけないのは確かだった。
「まあ、それは分かるけど……ちなみに、家賃はいくらなんだ?」
ユークはアウリンの話に気持ちが傾きかけていたが、現実的な問題を確認する。
「月に6,000ルーンよ」
「たっか! 無理だろそれは!」
ユークは即座に叫んだ。
「そうでもないわよ? 月6,000ルーンってことは、一日200ルーン。それを四人で割れば、一人50ルーンで済むのよ!」
「今の宿代が一日30ルーンだから……20ルーンしか増えないのか……」
ユークは顎に手を当て、考え込む。
「セリス!」
「んあ?」
セリスは興味なさそうに返事をする。考えごとの途中だったのか、どこかぼんやりした表情だった。
「家にはなんとお風呂があるわよ」
アウリンが囁くように言った途端、セリスの表情が一変した。
「!!」
目を輝かせ、ぴくりと反応する。今使っている大衆浴場は遠いし、清潔とは言い難い。何より、ゆっくりくつろげる環境ではなかった。自宅で好きなだけ風呂に入れる環境は、彼女にとってかなり魅力的だった。
「ヴィヴィアン!」
「なぁに〜?」
ヴィヴィアンはのほほんとした口調で返事をする。
「お願い……」
アウリンは上目遣いで、しおらしく頼み込む。
「仕方ないわね〜」
ヴィヴィアンは目を閉じ、小さくため息をついた。
「で、どう?」
アウリンがユークの方を向き、期待のこもった視線を送る。
「……まずは現物を見てからじゃないと」
ユークは慎重に答えた。あまりにも話がうますぎる。実際に見て判断しないことには――
「わかったわ! じゃあ、すぐに見に行きましょう!」
アウリンは勢いよく拳を握る。
「え? 今!?」
ユークは思わず聞き返す。
「今よ! さあ、行くわよっ!!」
妙にテンションの高いアウリンに引っ張られ、ユークたちは目的の家へと向かうことになった。
案内された家は、思っていた以上に立派だった。
「……けっこう広いな」
ユークは驚きの声を漏らす。
「《賢者の塔》に近いのは便利ね~」
ヴィヴィアンがのんびりとした調子で言う。
「おお~」
セリスは庭を見渡し、感嘆の声を上げた。
敷地は広く、庭までついている。四人で住むには十分すぎるほどの大きさだった。
「こっちよ!」
先頭を歩くアウリンが、勢いよく扉を開く。すでに合鍵まで用意していたあたり、元々準備していたのだろう。
「ここが広間よ! ここで食事をしたり、くつろいだりできるの。家具は前の人が残していったのがそのまま使えるし、寒くなっても暖炉があるから安心ね!」
リビングの中央には、八人ほどが座れる大きなテーブルと椅子が並んでいる。そのすぐ近くには立派な暖炉が備え付けられており、冬場でも暖かく過ごせそうだった。
「こっちがキッチンね! ちゃんと料理もできるわよ!」
アウリンが指さす方向には、広々とした調理場が広がっていた。炭火のコンロや大きな水がめが揃い十分な設備が整っている。
「で、ここはトイレ」
何の躊躇もなく開けられた扉の向こうには、スライムが処理をしてくれる汲み取り式のトイレがあった。衛生的で、手間もかからない。
「こっちがお風呂ね!」
扉を開けると、思った以上に広々とした浴室が目に飛び込んできた。脱衣所までついており、浴槽は女子三人が一緒に入っても余裕のある広さだ。
「それでね! こっちがすごいのよ!!」
アウリンは興奮を隠せない様子で、リビングの右側にある扉を勢いよく開けた。
「なんと! ここは魔法の研究ができる工房になってるのよ!!!」
そこには魔法の実験器具が並べられた広々とした部屋が広がっていた。
アウリンは満面の笑みを浮かべ、興奮した様子で部屋の説明を続けている。
ユークたちはそんな彼女を一歩引いて眺めていた。
(……なるほど)
(これが目的だったのね……)
(お腹すいた……)
この瞬間、三人の心は一つになった。
「で、どうする?」
興奮気味に部屋を紹介し続けるアウリンを横目に、ユークはセリスとヴィヴィアンに尋ねた。
「私は良いと思うわ。これを抜きにしても、一日五十ルーンで借りられるなら破格だし。ただ……」
(まだ何か隠してる気がするのよね……)
「……? セリスはどう?」
ヴィヴィアンの反応に違和感を感じつつも、セリスにも問いかける。
「私はユークが良いならいいよ」
セリスはそう言いながらも、興味深そうに部屋の隅々《すみずみ》まで視線を走らせていた。
「そっか……まだ全部は見てないけど、俺もここを借りても良いと思う」
二人の反応を見て、ユークの心はほぼ固まりつつあった。
「それはアウリンちゃんも喜ぶと思うわ~」
ヴィヴィアンはおっとりとした口調で微笑み、アウリンは一人嬉しそうに部屋の説明を続けていた。
──それからしばらくして。
「……ごめん」
アウリンが申し訳なさそうに視線を落とした。どうやら彼女自身も、少しはしゃぎすぎたと反省しているらしい。
ユークたちは、そんな彼女に連れられて二階へと足を踏み入れた。
「ここが寝室よ。個室になっていて、全部で六部屋あるわ」
二階の廊下はそれなりに広く、両脇に三つずつ部屋が並んでいる。宿の一室と比べると少し狭いが、個室としては十分な空間が確保されていた。ベッドや机も備え付けられており、快適に過ごせそうだ。
アウリンは期待に満ちた表情で、もじもじしながらこちらを見つめてくる。
「で、どうかしら?」
ユークは仲間たちと視線を交わし、小さくうなずくと、代表して答えた。
「さっきみんなで話したんだけど、良いと思うよ」
「ほんと!? ありがとう!」
彼女は嬉しそうに飛び跳ねながら、無邪気な笑顔を見せる。その姿を見て、ユークたちも自然と笑みをこぼした。
新しい拠点となるこの場所が、きっと快適なものになるだろうと、ユークは確信していた。
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ユーク(LV.16)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:こんな立派な家に住めるなんて。
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セリス(LV.16)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:お風呂は楽しみ。
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アウリン(LV.17)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:これで魔法の研究が始められるわ。
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ヴィヴィアン(LV.17)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:何を隠してるのかしら……
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